8時半、起床。
チーズトースト、目玉焼き、ソーセージ、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。トーストが少し焦げた。二度焼きしたからである。「冷凍パン一枚」という設定でいつも焼いているのだが、冷凍庫から出してからの時間が短かったのか、あるいは気温が低かったからか、いつもよりキツネ色に焼きあがらなかったので少し延長したのだが・・・焼き過ぎた。
桂場は定年退職した後も甘味処に通って甘団子を食べつづけている。私もそうありたいと思う。
葛餅の蜜かけすぎし老紳士 たかじ
いまのところ血糖値に問題はない。
昨日のブログを書く。
1時からAさんのゼミ論相談(オンライン)。始める前に鳩サブレーを食べる。
2時半ごろ、ゼミ論相談を終え(1時間の予定で始めてもたいてい1時間半に及ぶ)、昼食を食べに出る。
舗道にアオスジアゲハがとまっている。そろそろ寿命が尽きるのだろう。普通は気づくが、スマホ歩きをしていると踏んでしまうのではなかろうか。安らかな最期を迎えられますように。
多摩川を渡って「ノチハレ珈琲店」に行こう。先日、墓参りで妹に会ったとき、「よくあの暑さの中を川を越えてカフェに行こうという気になるよね」と感心されたが、川崎は蒲田の隣ですからね。反対方向の大森に行くのと同じ。川を渡るかどうかは問題ではない。泳いで渡るわけではないから。車窓から広い景色を眺められていいですよ。「県境を越える」(東京→神奈川)というところにちょっとした旅行気分を味わえる(かもしれない)。
川崎で南武線に乗り換えて二つ目の矢向(やこう)で下車。
小さなたたずまいの駅である。
でも、乗り降りする人はそれなりにいる。川崎というターミナル駅から2つめですからね、大きな惑星の小さな衛星という感じかな。住むにはいい街だと思います。
住むにいい街かどうかの私なりの基準の1つは、いいカフェがあるかどうか。散歩圏内にいいカフェがあるかどうかは私のライフスタイルにとってはとても大切なこと。いいカフェとはどういうカフェか、それは人それぞれ、「お気に入りのカフェ」ということです。
「ノチハレ珈琲店」は、こじんまりとしていて、店主さん(ご夫婦)の人柄がよく、メニューが充実している。これが私にとってのよいカフェの条件。
店主さんが私の顔を見て、「梅ソーダはもう終わってしまいました」と申し訳なさそうに言った。その悲報についてはお店のインスタで知っていた。先週の水曜日、猛暑が何日か続いた頃である。予想より一週間早かった。始まりがあれば終わりがあるのは人の世の常である。
きのこのグラタントーストとジンジャエールを注文する。レモンの輪切りの入ったジンジャエールは梅ソーダに見えなくもない。亡くなった妻の面影のある女性と再婚した男のような気分である。
先客は一人だけだったが(平日の午後3時前後というのは一番空いている時間帯である)、途中で、お子さんを二人連れた女性が入って来て、「まだかき氷はありますか?」と聞いた。「すみません。もうかき氷は終わっちゃったんです。でも、まだ氷が残っていればお作りできます」と店主さんは言って奥の部屋に入っていった。そして、「一人分ならできます」と言った。女性は少し考えて、「じゃあ、けっこうです」と言って店を出たが、すぐには立ち去らず、入口の外で三人で何やら話している。ややあって、再び店に入ってきて、「やっぱりお願いします」と言って席に着いた。抹茶のかき氷とケーキとオレンジジュースなどを注文した。抹茶のかき氷は三人で分けて食べていた。「一杯のかけ蕎麦」のかき氷バージョンである。もっともお金がなくてそうしているわけではないけれど。
ハレブレンドを注文。『村上ラヂオ』の続きを読む。
世の中には永久運動は存在しない、というのは物理学の一般常識だけれど、半永久運動というか、「永久運動みたいなもの」は、けっこうある。たとえば柿ピーを食べること。
柿ピーのことは知ってますよね? ピリッと辛い柿の種と、ふっくらと甘い香りのあるピーナッツが混じっていて、それをうまく配分し、組み合わせながら食べていく。誰が考えたのか知らないけど、よく思いついたよね。ちょっと普通では考えつかないとりあわせだ。考えた人にノーベル平和賞をあげたいとまでは言わないけど(たとえ言っても相手にしてくれないとだろうけど)、卓越したアイデアだと思う。(「柿ピー問題の根は深い」より)
このエッセーが『アンアン』に載ったのは2000年の頃だと思うが、いまだとうっかり「ノーベル平和賞」なんて言葉を使えないですよね。なにしろ自身が毎年ノーベル文学賞の候補にあがっているのだから。
店には1時間ほど滞在した。
蒲田に戻って床屋に行く。今日は待つことなくやってもらえた。担当のスタッフは釣り好きの方なので夏場の釣りの話などをする。
電気店の店先には寿命を終えんとするアゲハ蝶のような扇風機が並んでいた。
ただいま。
夕食は鶏モモ肉と茄子の甘辛味噌炒め、椎茸のグラタンのせ焼き、味噌汁、ごはん。
ごはんのすすむ味付けである。
食事をしながら『家族だから愛したんじゃ久手、愛したのが家族だったんだ』第6話(録画)を見る。主人公は作家になった。普通はこれで最終回だが、でも、話はまだ続く。10回まであるみたいだ。
デザートは巨峰。
9時からオンラインで私が修論の副査をしている学生の模擬インタビュー。今度の日曜日にカフェの「常連客」にインタビューをするのでその練習である。1時間半ほど。「調査」感を出さないで「おしゃべり」という感じでね。
風呂から出て、今日の日記を付ける。
1時半、就寝。