フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月21日(月) 曇り

2008-01-22 03:36:29 | Weblog
  今日は雪が降るのだと思っていた。そうしたら「あとがき」の最後に「2008年1月 雪の降る日に」と記すつもりであった。風情がある。それなのに、だめじゃん、天気予報。
  遅い朝食(鶏のそぼろ、ごはん、味噌汁)を食べながら、録画してまだ観ていなかった『鹿男あをによし』の初回を観る。面白い。継続視聴決定。いまのところ(録画して未見のものが何本かあるのだが)、この他に継続視聴が決まったのは『薔薇のない花屋』『斉藤さん』。一方、打ち切りが決まったのは『あしたの、喜多善雄』『ボンビーメン』『佐々木夫妻の仁義なき戦い』。『あしたの、喜多善雄』は演出のテンポが悪い。『ボンビーメン』は主人公がお人よしというよりもただのお馬鹿なので。『佐々木夫妻の・・・』は小雪が出るので期待していたのだが、ああいう片づけのできない女性では百年の恋も一夜にして冷めるというものだ。ストーリーも単純すぎて欠伸が出る。一話完結でストーリーが単純でキャラクターが魅力的でないときてはどうしようもない。小雪、ごめん。
  昼食は外に食べに出る。福家書店でNHKのテキスト『スーパーバレエレッスン』と『知を知る楽しみ私のこだわり人物伝 チェ・ゲバラ 久世光彦』を購入してから、「和風ラーメン和鉄」で和鉄ラーメンを食べる。「Zoot」「くう快」と同系列の魚介スープをベースにして豚骨・鶏がらスープを加えてWスープである。半熟卵とトロトロ焼き豚も「Zoot」と同じである(というよりもいまは蒲田店がなくなってしまったが「青葉」と同じである)。美味しいのは間違いないのだが、予想された範囲内での美味しさなのである。この系統のラーメンはもう行き着くところまで行き着いたてしまったのだろうか。
  深夜、小学校の同級生だったMさんからメール。先日、茅ヶ崎の先生宅を訪問した報告と、クラス会の幹事のメンバーに加わってほしいとの依頼。了解のメールを返す。まずはみんなの消息の確認だ。

1月20日(日) 晴れのち曇り

2008-01-21 02:22:37 | Weblog
  10時半、起床。日曜日の朝寝坊を決め込んでいたわけではないのだが、目が覚めたらこんな時間だった。朝食はとらず、新聞に目を通し、メールの返信を書いてから、「鈴文」にランチ(とんかつ定食)を食べに出る。私が暖簾をくぐろうとするとちょうど8人ほどの客がまとまって店を出るところだった。それでもまだカウンター席はほぼ満席である。大変な繁盛である。しかし周辺の家屋は日本工学院の進めている地上げでほとんどが立ち退いてしまった。このとんかつの名店も遠からず移転を迫られるのであろう。代替地がこの近所であることを願わずにはいられない。

           

  先日、近隣住民に対して日本工学院が行った説明会に出た人の話によれば、日本工学院は20階建てのビル(校舎?)を建てる予定であるとのこと。蒲田駅周辺でいま一番背の高い建物は東口にあるアロマスクエアビル(18階建て)であるが、それをしのぐ高さである。周辺には高層ビルなどないから、完成すれば、摩天楼のごとき様相を呈することになるだろう。周辺の民家に日当たりや、ビル風、電波障害等の問題が発生するであろう。そもそも地盤のよい場所ではないから、20階のビルを建てて本当に大丈夫なのか。それにしてもいかにも唐突な計画である(建築中のビルが鉄筋の骨組みが出来た段階で建築中止になって取り壊されたケースもある)。もちろんこれだけの計画が行政と無関係に進められているはずはない。端的な事実を一つお見せしよう。下の写真は昨年2月に完成した医療カレッジ専用新校舎の玄関前の風景である。

        

  手前にあるのは日本工学院の敷地の一部(小道と花壇)・・・と誰でも思うであろうが、そうではないのである。これは「大田区立蒲田交差公園」という名前のれっきとして区立の「公園」なのである。

        

  この「公園」はつい最近作られたものである。以前はここに区が管理する駐輪場があった。それをつぶして「公園」にしたのである。しかしこの「公園」にはベンチもなければ、水のみ場もトイレもない。花壇の部分は立ち入り禁止であるから、立ち入ることが出来るのは短い曲がった小道だけで、しかもこの小道の両端には車止めが設けられてるから、道としては使いものにならない。広場でもない、道でもない、要するに、実質的に医療カレッジ専用新校舎の前庭以外の何ものでもない。それでも日本工学院がこの土地を区から買い上げたというのならまだわかる。新校舎の玄関先に駐輪場があるのは目障りなのであろう。しかし、問題は、これが区立の「公園」であるということである。区立である以上、その維持管理は区が行うのであろう。どうして区民のため憩いの場所とは決してならないことが明らかな「公園」を区の予算を使って維持管理しなくてはならないのか。自治体が特定の学校法人のためにこうした便宜供与をすることは問題だろう。区議会でしかるべき議論がされたのであろうか。その辺りのことを、今日、大田区役所のホームページにある「お問い合わせ」の窓口にメールで質問してみた。回答があったら報告します。

1月19日(土) 晴れ

2008-01-20 03:07:39 | Weblog
  研究室で仕事をしようかと考えて、待てよ、今日はセンター試験の初日だったな、戸山キャンパスも会場なのかなと、教員ロビーに電話をして確認したところ、試験会場は本部キャンパスのみで、戸山キャンパスは通常通りですとのこと。でも、やっぱり今日は大学へは行かないことにした。センター試験の監督は5年前に一度やったことある。早稲田大学は教員の人数が多いので、一度やるとしばらく回ってこないのである。センター試験というとICプレーヤーを使った英語のリスリング試験のトラブルがよく話題になるが、これは3年前から導入されたもので、私が監督をやったときはまだなかった。次にまた監督の役目が回ってくるまでに廃止になっていてくれないだろうか。ピリピリした雰囲気はいやである。千葉工大でリスニング試験の終了時刻を30秒間違えた(早く終わってしまった)とニュースで報じられていた。30秒のミスで全国ニュースか。私なんか先日の教場試験で「あと残り1分!」と言ったら、補助監督の大学院生から「先生、5分早いです」と注意され、「あっ、ごめんごめん、あと5分!」と訂正しましたから。もしこれがセンター試験だったら全国ニュースに顔写真入りで報じられてしまうのではなかろうか。
  5年前のセンター試験の日、監督の仕事を終えて地下鉄の駅に向かって歩いているときに、ケータイに連絡が入り、大学院時代の後輩のH君の死を知ったのだった。一日立ち仕事をしていてクタクタだったところに届いたその知らせは、一瞬、周囲の風景から一切の音と一切の色彩を奪った。いまだに彼が死んでしまったことが信じられないのだから、そのときはなんのことかさっぱりわからなかった。来年は七回忌か。これからもセンター試験の日が来る度にその時の記憶がよみがえることだろう。もう一度、彼と麻雀を打ちたかった。

1月18日(金) 曇り

2008-01-19 14:05:53 | Weblog
  9時、起床。寝たのが5時だったので、もう少し寝ていたところだが、そうもいっていられない事情がある。朝食はベーコンエッグ、トースト、紅茶、それと昨日の夕食の残りの豚汁。
  学文社に電話して田中社長と話をする。『社会学年誌』の編集作業が例年より遅れていて(入稿の遅れが原因である)、そのため今回は再校を執筆者に戻さず内校でいきたいと昨夜事務局の方へ打診があったのだが、編集委員会としては納期が少々遅れても当初の方針どおり再校まで執筆者に戻してほしいと希望を伝え、ではそういうことでとなった。ブックレットの件があるので、個人的に気の重い電話だったが、こうした折衝は編集委員長の役目だから、それはそれ、これはこれ、と割り切って電話をかけた。案ずるより産むが易し。ブックレットの「はしがき」を書き上げて家を出る前にメールで学文社に送る。残りは「あとがき」と「参考文献」。
  TSUTAYAに寄って中西保志の2枚のアルバルを返却。昨日、朝食をとりながらTV(小倉さんが司会をしているやつ)を観ていたら、中西が出演して彼の代表曲である「最後の雨」を歌った。これがハッとするくらいいい歌だった。それで昼食を食べに出たときにTSUTAYAで彼のアルバム(2枚しか置いてなかった)をレンタルしたのである。その1枚は『スタンダード』というカヴァーアルバムだった。徳永英明の『ヴォーカリスト』のヒットで、ベテラン歌手がカヴァーアルバムを出すのがブームになっているようである。
  蒲田駅のみどりの窓口で東京→金沢(越後湯沢経由)の乗車券と特急券を購入。12,410円なり。高いような気もするし、安いような気もする。所要時間は乗り換え時間を含めて4時間3分。長いような気もするし、短いような気もする。まとまった読書をするのにはちょうどいい時間だ。復路の切符は今日はまだ購入できない。窓口の順番を待っているときに学生の一人からケータイに電話がかかってきた。授業の単位がとれるか不安で担当教員である私に問い合わせてきたのである。メールとか直接研究室を訪ねてくる学生はときどきいるが、電話で聞いてきた学生は初めてである(これを皮切りに今日はいろいろと「初めて」の経験をすることになる)。「心配するな」というと「ありがとうございます!」と言って電話は切れた。私は「単位が取れているにしろ取れていないにしろ、それはもう決まっていることで、君が心配してもどうにもなるものではない」という意味で「心配するな」といったのだが・・・。
  早稲田に着き、「ごんべえ」で昼食(釜揚げうどん)をとってから、研究室で学生の面談。面談の終わりに、その学生が「最後に先生に申し上げたいことが一つあります」というので、なんだろうと思ったら(ちょっと緊張するでしょ)、「私は先生と誕生日が一緒です」だった。12日のフィールドノートで私が「常日頃つきある人で、自分と同じ誕生日の人とこれまで合ったことがない」と書いたのを意識しての発言と思われる。そうか、じゃあ、君が最初である。もしかして今日の面談(昨日メールで申し込みがあった)の目的はこれだったのか?
  4限は大学院の演習。5限に次の時間の試験の問題の作成と印刷。6限はその「社会と文化」の教場試験。試験が始まってしばらして遅刻した学生が入ってきて一番前の席で試験を受け始めた。そしてすぐに手をあげてこう質問した。「先生のお名前を伺ってもいいですか。」答案には自分の名前や学籍番号だけでなく科目名や担当教師の名前を書く欄があるのだが、その学生は私の名前を知らないのである。もちろん大教室での授業ではそういう学生は珍しくない。しかし、そういう学生は教師の名前のところを空欄にして答案を提出するのが常である。試験中に手をあげてわざわざ質問してきた学生は初めてである。私が「大久保といいます。初めまして」と答えると、周囲の学生がクスクスと笑った。試験の後、教室に残っていた学生と30分ほど雑談。2人とも二文の2年生なのだが、学部改編で受講できる演習科目が減ってしまったと憤っている。もっともな話と思う。(帰宅してから現代人間論系主任の増山先生に電話し、来年度、新設する演習科目で二文生にも開放するものを1つ増やせないかと相談する)。
  夕食はTAのI君と「秀永」で。挽肉と茄子の辛味噌炒めに餃子(3個)とわんたんスープを付ける。16日のフィールドノートで札入れと小銭入れを分離して持とうかどうしようかで迷っていると書いたが、I君は2年間ほど二つを分離してもった経験があるという。結論として、やっぱり分離して持つのは不便の方がはるかに大きかったという。小銭入れの付いていない札入れというのは、結局のところ、お金持ちの持つもの、支払いの基本はカードで、現金で支払うときは「お釣りはけっこうです」と言って小銭を受け取らない人のものということになった。私はタクシーに乗るときだけこの台詞を口にするが、他の場面では使ったことがない。はい、よくわりました。これからも私は札入れと小銭入れの一体型の財布でやっていきます。財布はライフスタイルの表現である。
  帰宅して、風呂を浴びてから、TVの前に陣取り、マリインスキー劇場バレエ団の公演「白鳥の湖」をじっくりと観る。劇場で観るのと、TV(DVDも同じ)で観るのとの一番の大きな違いは視線のあり方である。劇場では特定の座席(私はたいてい一階の前の方の席に座る)に座ってみるわけだが、TVでは複数のカメラの映像を観ることができる。その一方で、劇場では舞台上のどのダンサーに着目して観るかは私の自由であるが、TVではカメラの切り替えは一方的に行われ私の関与することろではない。そのため、ソリストが踊っている場合は問題はないのだが、群舞の場合は私の気持ちとは関係なくカメラが頻繁に切り替わるのでフラストレーションが生じる。ダンサーたちの躍動する身体の動きが、カメラの頻繁な切り替えと干渉しあって、忙しないものに感じられる。いっそのことカメラは正面やや上方からの1台だけで左右のターンとズームだけでもいいのではないかと思ったりした。それはそれとして、マリインスキー劇場バレエ団のダンサーの層の厚みは凄いと思った。群舞の一人一人が、並みのバレエ団であれば、ソリストとしてやっていけるダンサーである。そういう中にあっても、ロパートキナは一頭抜きん出ている(誰の目にもそれは明らかである)わけだから、驚くというよりも、これはもう呆れてしまう。彼女の肘の関節は普通の人と構造が違うのではないか。そうでなければあんなに見事に白鳥の羽の動きを表現できるはずがない。黒鳥のパ・ド・ドゥの連続回転も圧巻だった(連続回転といえば道化師役の男性ダンサーのそれも凄かった)。すでにザハロワの「白鳥の湖」はDVDで観ているので、あとは3月の牧阿佐美バレエ団の公演で伊藤友季子の「白鳥の湖」を観れば、思い残すことはない。

1月17日(木) 晴れ

2008-01-18 04:51:16 | Weblog
  さきほどブックレットの最後の章の原稿を書き終えて学文社にメールで送った。しかし、まだ「はじめに]と「あとがき」と「参考文献」が残っている。箱根駅伝に喩えれば、往路第5区の箱根の坂の下りに入ったあたりだろうか。

  今日の昼食は散歩がてら外に食べに出た。東急線高架下の「梅Q」という釜飯屋でランチの釜飯(五目)を食べた。前から気になっていた店で、今日初めて入ったのだが、美味しい釜飯だった。味がしっかりしており(濃いという意味ではなく、ご飯全体に具材の味がきちんといきわたっているという意味)、おこげの具合もちょうどよく、残さずきれいに食べた。家族(父親、息子、娘だろうと思う)でやっているというのも良い印象をもった。こういう店は応援したくなる。

        

  食事を終えて、ルノアールで珈琲。昨日購入した水島宏明『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』を読む。わが町、蒲田がフィールドになっている。載っている写真の風景に「ああ、あの場所か」と見覚えがあるものが多い。著者のインタビューに応じて語るネットカフェ難民の言葉には印象的なものが多い。その一つ。

  「普通をキープするのはそれほど大変じゃないかもしれないが、一度つまずいてしまうと上がりにくいんです。転んだら起き上がるのが大変な社会になっている。自分もアパート生活をするために貯めようとしていますが、どうしてもお金が残っていないんですよね。なぜか・・・。この生活に入った時は何とかなるだろうと思っていたけど甘かった。実感したのは、“普通”ってものすごく大切なものだった、ということです。普通に部屋に住んで、普通に毎日働いて、普通に生活するということ。一度そこから離れてしまうとなかなか取り戻せない。この生活をしてみてそれを一番実感しました。」(24歳、男性)

  NHKスペシャル「ワーキングプア」の中に、親に捨てられて施設で暮らす子供たちへのインタビューの場面があったが、そのとき、彼らが「普通の暮らしがしたい」と語っていたのと重なる。本当にそうなのだろうと思う。ルノアールを出て、自宅に戻る途中で見るわが町の風景が、さっさきまでとは少し違って見えた。