文化逍遥。

良質な文化の紹介。

2020年イギリス映画『ドリーム・ホース』

2023年01月17日 | 映画
 1/10(土)、千葉劇場にて。監督は、ユーロス・リン。


 以下は、千葉劇場の作品案内より・・
「イギリス・ウェールズを舞台に、片田舎の小さなコミュニティでで起きた実話をもとに描いたヒューマンドラマ。ウェールズの谷あいにある小さな村。無気力な夫と暮らすジャンは、パートと親の介護だけの単調な毎日に飽き飽きしていた。そんなある日、クラブで共同馬主の話を聞いた彼女は強く興味をもち、競走馬の飼育を決意。勝ったことはないが血統の良い牝馬を貯金をはたいて購入し、飼育資金を集めるため村の人々に馬主組合の結成を呼びかける。産まれた子馬は「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名付けられ、奇跡的にレースを勝ち進んで村の人々の人生にも変化をもたらしていく。主人公ジャンを「ヘレディタリー 継承」のトニ・コレット、夫をドラマ「HOMELAND」のダミアン・ルイスが演じた。」

 日本では「イギリス」というが、正式には「United Kingdom of Great Britain and North Ireland」で「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」となる。長いので、英語圏ではUKと略されることが多いようだ。以前は、これにスコットランドとウェールズが加わっていたように思うが、省略されたのだろうか。とにかく、この映画の舞台となっているウェールズ地方は、ケルト色の強い独立気質を持ったところで、ウェールズ語という英語とはかなり離れた言語を持つ所だ。この作品を観て改めてそれを実感した。
 そして案内の中にある「ウェールズの谷あいにある小さな村」は、セリフの中にあったが、貧しく「人にはそこに暮らしていることを話すのをためらう」様な地域。仕事も少なく、自堕落な生活を送る人も少なくない。そうした地域性を頭に入れて観ていると、英国の特殊性が見えてくる。映画としても楽しめる作品だが、複雑な歴史と混迷を抱えたイギリス社会の側面が見えてきて興味深かった。

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2022年日本映画『宮松と山下』

2022年11月23日 | 映画
11/22(火)、千葉劇場にて。


 記憶を亡くし、京都撮影所でエキストラを演じ続ける孤独な中年男を香川照之が演じている。何かと話題が多い人だが、演技力は基礎がしっかりしている、と感じた。妹役の、中越典子も好演している。

 人の記憶の危うさ、現実と仮想の曖昧さ、そして自己同一性(アイデンティティ)のはかなさ。それらを考えさせてくれ、ある意味自分を見つめ直す契機にもなる作品で、観て良かったと感じた。

 監督は、集団「5月」と言うらしく、佐藤雅彦・関友太郎・平瀬謙太朗らの共同監督という。意外だったのは、製作幹事が大手広告代理店の電通だったことだ。作品としてテーマは重く、映像も全体に暗いものに仕上がっていて、アイドルなども出てこない。一般大衆向けに売上を狙ったものとは感じられず、広告代理店が制作に関わったにしては、映画館でしか味わえない良さを持った作品に仕上がっている。

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2022年日本映画『夜明けまでバス停で』

2022年10月24日 | 映画
 10/22(金)千葉劇場にて。監督は高橋伴明、脚本は梶原阿貴。



 2020年の冬、深夜、東京新宿に程近い渋谷区幡ヶ谷のバス停にある小さな椅子に座って仮眠をとっていたホームレスの女性が襲われて亡くなる事件があった。女性は、スーパーなどの店頭で出張販売の仕事に携わっていたようだ。が、コロナ禍で仕事を失いアパートを出なければならなくなりホームレスとなった、と報道されていた。若い頃は劇団に所属して俳優を目指していたとも。本来なら生活保護を申請すべき事案だが、彼女は他に助けを求めることが出来ない人だったようだ。
 わたしも長年にわたりフリーランスで仕事をして、その危うさは良く分かっている。「フリーランス」と言っても、その実態は良くて「下請け」、時に「孫請け」あるいは「ひ孫請け」で、仕事量が減れば単価は下がり、手取りのお金も確実に減ってゆく。私の場合は状況に恵まれたので困窮する事は無かったが、それは「たまたま」に過ぎない。そしてコロナ禍の前に廃業していたことも偶然にすぎない。そして、わたしも「助けて」とは言えない人間だ。この女性の事件は他人ごとではなく、身につまされたのだった。

 映画は、この事件を題材にとった作品で、ホームレスになる女性を板谷由夏が演じている。現実に起こった事件は、この作品よりもはるかに深刻で、救いのないものだったように思うが、監督の高橋伴明はソフトに仕上げてラストシーンは救いのある構成になっている。公園で出会うホームレス達も、親切で人間味のある人達に描かれている。そこは、賛否の分かれるところだろう。わたしの感想は・・というと・・「観てのお楽しみ」ということで、あえて書かないことにしよう。


下の写真は、10/23午後、鱗雲が空一面に広がっていたので自宅の2階から撮影したもの。上層に冷たい空気が入ると、この様な雲が出るらしい。気温が下がる前触れ、ということだろう。

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2022年日本映画『千夜、一夜』

2022年10月17日 | 映画
 10/14(金)千葉劇場にて。監督は久保田直、脚本は青木研次、音楽は清水靖晃。



 日本で警察に届け出られる失踪届は、1年間に8万人に及ぶという。この作品は、そんな行方不明者の一人を待つ女性を主人公に、重いテーマに取り組み、完成まで8年かけて完成されたという。日本海に浮かぶ佐渡島の港町に暮らし、帰らぬ夫を待ち続ける登美子役に田中裕子。その他にも、実力のある俳優たちが出演している。

 この映画を語るのは簡単ではない。違和感があったのは、人物描写があまりに側面からで、港町に生きる人々の線が細すぎる。俳優さん達が熱演しているので、その点惜しい気がする。一方で、海の美しさを見事にとらえた映像、あるいはそれに伴う音楽は巧みで、感心させられた。監督は、ドキュメンタリー映像出身ということだ。おそらくは、かなりな時間をかけてセッティングをやり直し、さらに天候を選んで撮影に臨んだことを感じさせた。
 

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2021年フランス映画『秘密の森の、その向こう』

2022年09月29日 | 映画
 9/27(火)千葉劇場にて。監督・脚本は、セリーヌ・シアマ。撮影はクレア・マトン。原題は『Petite Maman』で、直訳すると「幼き母」となろうか。

 物語は、8歳の少女ネリーが、とある老人施設で亡くなった祖母の部屋を片付け、隣室の年寄りたちに別れを告げるシーンから始まる。ネリーの心残りは、大好きなおばあちゃんに、直接「さよなら」を言えなかったことだった。そして、一家はおばあちゃんの暮らしていた森の奥にある小さな家に片付けに向かうのだが・・・。



 この作品には、ヒーローもいなければ、アクションシーンもラブシーンもない。落ち葉の積もる自然豊かな森の中を歩く少女が、いつしか時空を超えて子供の頃の母親と若い祖母にめぐり逢い、この物語が終わる頃、ネリーは祖母に「さようなら」と告げる・・それだけだ・・。が、祖母との永遠の別れを迎えた少女の成長を詩情豊かな映像で静かに語りかけ、観る者に余韻を残す感動を与えてくれる。佳作、と言える。

 この夏の暑さとコロナ感染7波で映画を観るのも久しぶりだったが、地元にこんな作品を上映してくれる映画館があったことを改めて感謝したい。


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岩波ホール閉館

2022年01月19日 | 映画
 東京神田にある岩波ホールが、今年7/29をもって閉館することを決めた。

 思えば、学生時代から親しんだ映画館だった。神田の古書店街にある名作映画を上映する単館で、いつも上映されている作品をチェックし、気になるものはフトコロが寂しくても観るようにしていた。
 そんなわけで、ここで映画を観るようになったのは、かれこれ40年以上も前になる。その頃は観客も多く、満席になることも珍しくなかった。それに比して最近は、コロナ前からでも客は少なく、いつも半分以上は空席だった。特に、若い人の姿がほとんど見受けられず、近くに大学が多くあるのに「最近の学生は映画を観ないのか」と感じたものだった。そして、コロナウィルス感染症の流行で、さらに経営が悪化した、という訳だろう。
 わたしは、大学は法政だったが、千代田区富士見のキャンパスから岩波ホールまで歩くと30分ほど。当時、九段坂を下ってすぐのところに哲学・思想関係の原書を扱う店があり、正式な名前は「日清堂書店」だったように思う。私たち文学部の学生は、親しみを込めて「哲学堂」と呼んでいた。そこから、さらに神田方向に古本屋などを見て回りながら岩波ホールまで小一時間かけて、よく歩いたものだった。「哲学堂」も無くなって久しく、街の様相はすかっり変わってしまった。今では古書店街が共同で制作した古書・古本を検索できるホームページがあり、アマゾンや各書店のホームページもあり、本を探し回る必要もなくなっている。地方にいる学生にも必要な本が容易に手に入るので、便利になり、勉学する者には好い環境にはなった。しかし、街を歩くときめきも、必要な本を見つけ出し手に取る喜びも失われた。良くも悪くも時代の流れだが、コロナが終息しても、あまり神田に行くことも無くなる。寂しい限りだ。

 以下は、岩波ホールのホームページからのコピー。写真は、岩波ビル10階のホール入口。



『岩波ホールは、2022年7月29日(金)を以て閉館いたします。新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました。
1968年2月から多目的ホールとして開館しました。故 川喜多かしこ氏と、当ホール総支配人 故 高野悦子が名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」を発足。インド映画『大樹のうた』を上映し、単館映画館の道を進み、これまで、65カ国・271作品の名作を上映して参りました。
54年間の長きにわたり、ご愛顧、ご支援を賜りました映画ファンの皆様、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
(中略)
2022年1月11日
岩波ホール
岩波不動産株式会社』

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2019年フランス・ドイツ映画『悪なき殺人』

2021年12月12日 | 映画
 12/6(月)千葉劇場にて。監督は、ドミニク・モル。フランス語の原題は「Seules les betes」で、英題は「Only The Animals」。
 ある殺人事件を巡るサスペンス映画、と言えるだろう。が、その事件を通してフランス社会、あるいはアフリカのコートジボワールからのネット犯罪を絡めて、現代社会の病理にも食い込んだ作品。

 フランスでは、女性の半数ほどが複数の男の子供を産む、と言われている。「自由恋愛」と言えば聞こえは良いが、その反面でドロドロとした人間の嫉妬や独占欲の中で、のたうち回るように苦しむ人も多いのだろう。英題の「 Animals」はTheが付いているので、単なる「動物」という意味ではなく、「獣性」を表していると思われる。ただ、獣は生殖目的以外に性行為に及ぶことは無い。エネルギーの無駄遣いだからだ。その意味では、人間は獣以上に「性」に苦しむ、とも言えるのかもしれない。この作品は、監督が意図している以上に「自由恋愛社会の不安と混迷」を垣間見せてくれている、と感じた。


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2021年日本映画『浜の朝日の嘘つきどもと』

2021年10月24日 | 映画
 10/21(木)、千葉劇場にて。
 この作品は、福島中央テレビ開局50周年記念作品として2020年10月に放送された同タイトルのテレビドラマ版の前日までの話になっている。つまり、時間的には逆行する話の内容、という訳だ。実は、そのテレビドラマは千葉テレビで放映されており、わたしも観ている。フィルム撮影されたと思われるドラマで、なかなか良いものだった。同じ様に感じた人が千葉に多かったのか、この日は予想以上に観客が多かった。監督・脚本は、タナダユキ。


 100年近く前から実在する福島県の映画館「朝日座」。時代の流れと震災の影響により、支配人の森田保造はすでに閉館の決意を固めていた。そこを舞台に、館の存続を亡き恩師から遺言され奔走する女性と、翻弄される館主や周囲の人々を描く作品。
 映画を愛する人々と、復興を目指して地元経済を活性化させようとする人々、そして、厳しい現実、感情的反発。茂木莉子と名乗り、映画館をつぶさないために活動する浜野あさひ。彼女にも震災を経て辛い記憶があったのだった。

 福島の人々の複雑な思いが表れていて、観て損はない作品と感じた。ただ、ハッキリ言って無駄なセリフが多いようにも感じた。支配人役の柳家喬太郎は、標準語どころか江戸弁だ。まあ、東京生まれの噺家なので「福島の訛りを出せ」と言っても無理かもしれないが、茂木莉子役の高畑充希なども訛りの無いキレイすぎる標準語で、町の人々役に地元の人に出演してもらうなど、もう少し方言が出ても良かったように思った。

 この続編となるドラマでは、テーマが少し変わり「映画に生きようとする人達の織りなす人間模様」が描かれる。登場する人物達のキャラクターも少し変化している。そちらも、編集し直して映画作品として公開しても良いのではないだろうか。

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2019年中国映画『大地と白い雲』

2021年10月03日 | 映画
 9/28(火)、千葉劇場にて。原作は漠月(モー・ユエ)の小説『放羊的女人』。監督は王瑞(ワン・ルイ)。原題は『白云之下』で「白雲のした」の意味だろう。言語は基本的にはモンゴル語だが、時に中国語も入る。





 内モンゴルのフルンボイル草原に暮らす一組の夫婦。原風景ともいえる草原の中で羊を放牧し、先祖からの生活を守ろうとする妻サロール。近代化の波に押され行動に落ち着きが無く、都市に出たがる夫チョクト。そんな二人の葛藤を描いた作品。

 撮影には10年の歳月をかけたという労作で、自然の中で生きる人間の姿と、迫りくる都市化の光景が対比され、優れた映像を通して、改めて人のあり方を問うかのような作品になっている。モンゴルの民族音楽も効果的に使われ、特に妻サロール役のタナは歌手ということで映画の終わり近くに独唱される民謡は胸を打つ。一方で、夫チョクト役のジリムトゥは遊牧民の家庭で育った俳優で、馬を乗りこなすシーンは迫力があった。この映画、中国政府の同化政策に対する批判が背後に隠れているようにも感じられた。

 映画を娯楽として楽しみたい人には薦められないが、映画を通して多様な文化に触れ理解したい人には薦められる佳作。

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2020年ボスニア・ヘルツェゴヴィナ映画『アイダよ、何処へ』

2021年09月29日 | 映画
 9/27(月)、千葉劇場にて。コロナウィルス感染症第5波もどうやらピークアウトし、今月いっぱいで緊急事態宣言も解除になりそうだ。まだまだ油断はできないが、感染対策をしっかりした上で少しずつ活動してゆきたい。というわけで、久々に映画を見に行ってきた。

 ボスニア戦争末期、実際に起こったジェノサイド(虐殺事件)を基に、国連平和維持軍の通訳として働く主人公アイダの苦悩を描いた作品。アイダは、紛争前は学校の教師であり、二人の青年の母であり、校長を務める夫を持つ妻でもある。1995年7月11日、国連軍の空爆計画を示した最後通牒を無視して、セルビア軍はボスニア東部の町「スレブレニツァ」に進行し、住民の中からボスニア軍の戦闘員とおぼしき男達を集めて虐殺してゆく・・・。





 この作品はヨーロッパ各国の合作で、制作国は以下のとおり。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ルーマニア、オランダ、ドイツ、ポーランド、フランス、ノルウェー、トルコ。言語は、ボスニア語、セルビア語、そして国連軍が話すのが英語。監督はヤスミラ・ジュバニッチで、このブログでも2011年に紹介した『サラエボ、希望の街角』の他に、『サラエボの花』などボスニア紛争をテーマにしたすぐれた作品を制作している。監督自身、10代の頃にこの紛争を経験しているという。

 セルビア軍の兵士の中には、アイダのかつて教え子もいる。映画の終わり頃、紛争が終わって雪の日に自宅マンションに戻るアイダが映し出される。しかし、そこには他の家族がすでに住み着いている。「部屋を開けてちょうだい」というアイダに、胸にセルビア正教の十字架を下げた主婦は「まだ危険ですよ」と言う。「失うものは何もないわ」と、アイダ。全編に深い苦しみと緊張が漂い、観る者に生き続けることの意味を問いかける、そんな作品。


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2019年カナダ映画『やすらぎの森』

2021年05月27日 | 映画
 5/25(火)千葉劇場にて。会話はフランス語だが、映画の中で歌われる歌は英語。カナダは、植民された歴史の影響で公用語は英語とフランス語になっている。特に、この映画の舞台となっているケベック州は、独自の文化を持ちフランス語が主要な言語となっている。一方で、支配的な立場にあるのは英語を話す人口の2割ほどを占めるイギリス系入植者といわれ、常に緊張状態にあるらしい。この作品の背景には、そんな社会的緊張もあると感じた。

 監督・脚本は、ルイージ・アルシャンボー。原作はジェスリーヌ・ソシエの小説『Il Pleuvait des Oiseaux』で、映画の原題も同じ。英題は『And the Birds Rained Down』で、直訳すると「そして、鳥たちは雨のように落ちてきた」といったところ。これは、昔の大規模な山火事の際に、逃げ切れなかった鳥達が焼かれて大量に落ちてきた様子を表した言葉。森に囲まれたケベック地方に、森林火災の恐ろしさを言い伝えるもの。





 都市の生活に疲れ、森の中で隠れて暮らす3人の老人達。その中の一人は死期を迎えようとしており、そこから物語は始まる・・。

 予想していたよりリアルな作品だった。「世捨て人」達は、原始的な生活を送っているわけではなく、密かに大麻草を栽培し、それをある若者を通じて密売するルートを確保し、生活していたのだった。時には、生活必需品だけでなく酒・タバコなどの嗜好品、あるいは絵の道具なども手に入れていた。人のしたたかさ、弱さ、そして、失われていたものの中にある本当の価値。見えないものや聞こえないものの奥にある大切なもの。しかし、それらは観ようとしない者には見えず、聴こうとしない者には聞こえない。映像の背後に悲しみの漂うような作品だが、観る価値のある作品と感じた。

 余談だが、映画の中で年老いた元歌手が歌うトム・ウェイツの「タイム(Time)」は、『Rain Dogs』というアルバムに入っている曲。我が家にもあるが、改めて聴くとリフレインがきれいで、とても印象的だった。トム・ウェイツは、ぼそぼそと歌うようなところがあり、せっかくの歌詞の美しさが聞き取りにくいところがある。まあ、わたしの聞き取り能力が低いということだが、異なる歌い手に出会うことによって曲の良さを再認識することもある。

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2020年日本映画『椿の庭』

2021年05月13日 | 映画
 5/11(火)千葉劇場にて。監督・脚本・撮影は、上田義彦。



 登場人物や撮影地域がとても少ない作品。逆に言うと、同じ場所をほぼ1年にわたり丁寧に撮り続け、一本にまとめた作品。
 葉山の海を見下ろす高台にある古民家を移築した家に住む絹子(富司純子)。夫を亡くし49日の法要を済ませたところから映画は始まる。一緒に暮らしているのは、事情があり外国で生まれ育った孫娘の渚(沈恩敬シム・ウンギョン)で、まだ日本語になれないので今は日本語学校に通っている。二人は、手入れのゆき届いた庭とともに、豊かな自然を感じつつ静かに暮らしている。が、相続税の問題が生じて、その静謐は破られようとしていた・・・。

 上田義彦という人は、広告写真を手掛ける写真家だそうで、さすがに海や草花の変化を様々な角度から巧みにとらえて秀逸な映像が続く。ストーリー性のほとんどない映画で、映像自体の美しさを感じられないと「退屈」と思う人もいるかもしれない。映画館でしか味わえないこの様な作品は、個人的には好きで、推奨できる映画と感じる。ただ、自然の美しい側面があまりに強調されすぎている感も拭えない。

 富司純子の凛とした演技が、印象的でもあった。

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2018年フランス映画『私は確信する』

2021年02月22日 | 映画
 2/19(金)千葉劇場にて。監督は、アントワーヌ・ランボー。原題は『Une Intime Conviction』で、実際にあった事件をもとに制作された作品。





 フランス南西部トゥールーズで、38歳の女性スザンヌが失踪。彼女には3人の子供と夫、それに恋人もいる。遺体が出ないにもかかわらず、夫である法学の教授ジャックが殺人罪で逮捕・送検される。裁判では1審で無罪、検察が控訴し10年後に始まった2審の裁判から映画は始まり・・。

 サスペンス仕立てになった、なかなかよくできた作品だった。制作者が意図したかどうかわからないが、この作品には、自由恋愛といわれるフランス社会の影の部分が色濃く表現されている。一度だけの人生の中で、時にパートナーを替えて恋愛や子育てを自由に楽しむ。そんな光の陰には必ず深い闇が隠れているものなのだろう。嫉妬や、裏切られたと感じるときに生ずる憎悪。それらは、時に激しい暴力を伴いかねない。フランスの年間失踪者は、4万人だという。この映画の失踪者スザンヌも、結局最後まで見つからずに終わる。

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2019年中国映画『羊飼いと風船』

2021年01月25日 | 映画
 1/22(金)千葉劇場にて。監督・脚本は、ペマ・ツェテン。原題は「気球」、英題は「BALLOON」。

 緊急事態宣言が発出されているので映画を見に行くのも控えていたが、観たい映画があると見逃したくないので、結局出かけていった。当然のことだが、千葉劇場は、入場時の手指消毒、マスクの着用、座席の利用制限、換気、などを徹底している。それに、皮肉なことに、いつものことで入場者も少ないので、他の人との距離は十分とれる。この日は、一列に2~3人くらいだった。





 近代化の波が迫りくるチベットの草原で暮らす一家族を中心に、古い因習や迷信と近代的合理性の狭間で悩み苦しみながらも必死で生きる人々を、見事な映像で描いた秀作。

 およそ、映画に娯楽の要素を求める人にはお勧めできないが、遠い大地で暮らす人々の生活を垣間見、それを認識する一助にしたい人には観る価値のある作品と言える。

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2019年イギリス・ベルギー映画『アーニャは、きっと来る』

2020年12月03日 | 映画
 12/1(火)、千葉劇場にて。マイケル・モーパーコ原作。監督は、ベン・クックソン。原題は、『Waiting for Anya』。言語は、英語。





 1942年、ピレネー山脈を越えればスペインというフランスの南部の農村。パリなど、北部はすでにドイツ軍の占領下にあったが、南部は未だ平和な日常が保たれていた。そんな村に、国境を越えてスペインに逃れようとするユダヤ人が密かに身を隠している。やがて、そんな片田舎にもドイツ軍が進駐してきて、国境のパトロールを始める。羊飼いの少年ジョーは、何とかしてユダヤ人達に国境を超えさせようとするが・・・。

 わたしは知らなかったが、マイケル・モーパーコという人はイギリスの児童文学を代表する作家の一人という。本作の基になった本は、1990年にイギリスで出版されている。その為か、舞台が南仏にもかかわらずフランス人もドイツ人も話しているのが皆流暢な英語。なので、本来異なる言語を持つ人々なのに、コミュニケーションをとることには何の不自由もしていない、ということになってしまっている。その点では、違和感を禁じ得ない作品だった。が、様々な立場と、そこで苦しむ人々を良く描いており、全体にまとまった作品ではあった。

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