三浦しをん著『風が強く吹いている』新潮文庫

久しぶりに「つぼに入った」本を読みました。どんずばストレートという感じです。

　

自分自身がひねくれた青春時代を送ったせいか、正統派青春小説が結構好きです。しかし、正統派青春小説というのがなかなか難しく、下手すると単に甘ったるい学園ドラマになってしまいます。そんなわけで、これはという作品にはなかなか巡り合いません。すぐに思いつくところでは、恩田陸の比較的初期の作品である『ネバーランド』、『夜のピクニック』などが私が思う正統派青春小説です。いずれも学生が主人公ですが、恋愛などがテーマではなく、子どもから大人になる過程での悩みや友情などがテーマとなっています。

　

表題作も、大学生が主人公の正統派青春小説であり、なおかつ「箱根駅伝」を舞台にしているので、つぼに入らないわけがありません。

　

高校時代に長距離の有望選手だったものの、故障をきっかけに陸上を離れ、無名の寛政大学に進学し４年目を迎えた清瀬灰二は、走ることへの思いを秘かにずっと胸に抱き続けていました。そんなある日、彼はとても美しい走りをする若者に偶然出会います。その若者も、高校時代には有名選手でしたが、管理一辺倒の指導者と対立し暴力を振るったことで陸上部を退部し、一般入試で寛政大学に入学予定の蔵原走（かける）でした。走にとっては、走ることは生きることの一部であり決して自分から切り離せないものでありながら、走る場を失い、あてどなく走るしかない状態の時でした。

　

そんな走ることへの強い思いを抱く二人が出会うところから物語は始まりますが、この物語がすごいところは、この主人公二人の物語に終わらないところです。住む場所に困っていた走に、清瀬は自分が住むアパート「竹青荘」を紹介しますが、ここには清瀬以外に個性豊かな８人の住人が住んでいます。そして、走が加わり１０人になった時に、清瀬が思いもかけないことを宣言します。

　

この「竹青荘」は、老朽化しているとはいえ破格の家賃で、清瀬が朝晩の食事まで作ってくれる厚待遇ですが、清瀬以外の住人は誰も知らなかったものの、実はこの「竹青荘」は体育会陸上競技部の寮となっており、住人はみな陸上部員に登録されていたというのです。そして、清瀬は住人たちに対して、「箱根駅伝」を目指すと宣言する…。

　

言葉で説明すると、途方もないことですが、綿密な取材で、この途方もない物語にリアリティを持たせています。さすがに、素人ばかりの１０人で箱根を目指すといのは、現実には難しいですが、今年の箱根では、予選会で敗退していた拓大が予選をトップ通過し、本選でもシード権を獲得したり、やはり若手監督に率いられた國学院大がシード権を獲得するなど、物語に近いことが起こっています。

　

清瀬が住人に宣言した時、「頂点を目指そう」と言いますが、その後陸上に真剣に取り組む中でどう考えても箱根で優勝など出来ないことにを知り不信感をもったメンバーに、清瀬は言います。「頂点を目指すと言ったが、それは優勝するということではなかったんだ」。

　

それについての明確な答は用意されていませんが、それは１０人で襷をつなぐこと、誰が速い遅いではなく１０人それぞれがそれぞれのベストを尽くすことなど、それぞれにとっての頂点があるということではないでしょうか。

　

清瀬と走が初めて出会ったとき、走の走りに見惚れた清瀬は思わず「走ることが好きか」とたずねます。それに対して走は、食べ物の好き嫌いのように「好きだ」「嫌いだ」なんて答えられないと思います。好きか嫌いかなんかではなく、走らずにはいられない人間なのだから。

　

この主人公２人（正確には走一人ですが）は別格ですが、もっとも優れた才能を持つ走にしても、「長距離ランナーにとって大事なことは、速くなることではなく、強くなることだ」と清瀬に言われ、人間的に成長していきますし、素人だったほかの８人もそれぞれが、それぞれの想いをもって、走ることに目覚めていき、最後は１０人の想いが一つになることが、この物語の最大の見どころであり、まさに駅伝そのものです。

　　

明日は駅伝大会。散ドラの８人も熱い想いで走ってほしいものです。私も、この物語の主人公たちのように、走りたいものです！

　

　↓　散ドラと私の走りに、ぽちっとお願いします。

　　
　　にほんブログ村

　

今日のジョグ

　９．１ｋｍ　　４８分２９秒