伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

学校では学力が伸びない本当の理由

2022-05-12 20:19:49 | 人文・社会科学系
 年齢に応じ能力別でない集合一斉授業を基本とする現在の学校教育を批判して、児童生徒の能力に応じて多段階のメニューを準備しオンライン授業等を基本として自由に選択できるような教育への改革を提言する本。
 暗記力や我慢強さは努力で向上させられない一種の才能(小見出しでは「遺伝子の強い寄与度」とされています:52ページ)とする評価の下で、認知力の低い児童生徒がまったくわからない授業を我慢して聞き続け、他方で上位の児童生徒が落ちこぼれを防ぐことに主眼を置いた授業で時間を持て余しながら我慢してそこに居続ける現在の学校教育の効率の悪さ、教師の低レベル化と授業準備以外に追われて疲弊する現状、それを促進するモンスターペアレントの威圧、少子化による進学の容易化に伴う学習意欲の低下等が、著者の問題意識、現在の学校教育批判の基礎となっています。
 そういう面はあると思いますが、著者の主張を推し進めれば、能力のある児童生徒は自分とは違う能力や環境等の事情の下にある児童生徒の存在に気づかず、社会においてさまざまな人と事情が存在し物事が簡単には進まないことへの想像力を持たないままに成長していく可能性が高まるように思えます。著者は、学校に通わなくてもアルバイトやボランティアをさせてそこで社会性を身につける方が均質の学校よりも有意義な経験となるというのですが、富裕層ではそれが期待できないことも多いと思います。その点については、著者は「理不尽な社会に出て行くのだから、学校で“プチ理不尽”を味わわせておくべきとするならば、現行の学校は合理的なシステムと言えようが、その過程で大量の被害者を生み出している現状は看過できるものではない」(286ページ)と反論しているのですが。
 そして、オンライン授業の個別選択の主張は、よりよい教師への選択と集中を生みますが、人気のある教師は一方通行の授業しかできない(多人数に対しインタラクティブな講義、質疑・応答など無理ですから)ということに繋がります。オンライン授業の成功例として指導者側のモニター画面に「生徒一人ひとりの表情や作業をしている手元がカメラによって映し出され、やる気や理解度が把握できる」(211ページ)というミネルバ大学の事例を挙げていましたが、自由に選択できるオンライン授業ではそういうことはおよそ無理です。そうなると、結局は、オンライン授業を視聴するだけで質問等をしなくても自力で理解できる能力のある児童生徒だけが実力を伸ばしていけるということなのではないかと思います。
 著者の提言どおりにすれば解決できるのかはわかりませんが、児童生徒と教師をめぐるさまざまな事情に気づかせてくれる本だと思います。


林純次 光文社新書 2022年2月28日発行
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