伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

奴隷貿易をこえて 西アフリカ・インド綿布・世界経済

2022-05-26 19:13:52 | 人文・社会科学系
 18世紀から19世紀半ば(1850年頃)までの西アフリカ、特にセネガンビア(セネガル川・ガンビア川流域)とイギリス・フランスの貿易、そこで西アフリカ側の重要な輸入品であったインド綿布の生産・交易関係を検証し、当時の大西洋経済について通常言われる「三角貿易」や支配/被支配とは違った視点を主張した本。
 主としてイギリスの統計から、イギリスが奴隷貿易を廃止した1807年以降においても、西アフリカのパームオイル、アラビアゴム、落花生などがイギリスにとって重要な輸入品であり、それらを生産するセネガンビアの者たちはイギリスの安価な大量産品の綿布よりもインド綿布を好み、南インドの職工たちは西アフリカの需要者に嗜好に合わせた綿布を生産してイギリスを介して取引が続いていたことを論じ、しかし西アフリカ全体では次第にイギリス製綿布が普及していったことに言及しつつ、フランスに関しては詳細な統計はないがセネガンビアではその後もフランスを介してインド綿布(特に藍染め製品の「ギネ」)が好まれ続けたことを指摘して、西アフリカの需要者/消費者の主体性を強調しています。イギリス製品はインド綿布を模倣して製作されたが、匂いが異なり、セネガンビアの消費者は違いを見抜き、イギリス製品に見向きもしなかったとされています(92~94ページ、114~119ページ)。インド南東岸のコロマンデル海岸にあるポンディシェリの水に含有されるアルミニウムの割合が藍染めの品質上の優位を支えていたという指摘もされています(188ページ)。
 産業革命を経たイギリス綿布の競争力がインド綿布に及ばなかったとか、西アフリカとイギリス等の貿易が西アフリカの消費者の嗜好に左右されていたとかの指摘は、ルネサンス以前のヨーロッパキリスト教社会の文化や生産力がイスラム社会の後塵を拝していたという指摘を受けたときと同様、教科書で習った現在の力関係の幻想に引きずられた歴史観を改める刺激となります。
 他方で、具体的な数字がほとんどないフランス資料を用いた定性的な叙述をも駆使してイギリス綿布がインド綿布に勝てなかったという結論を導く姿勢には少し強引なものを感じ、またいずれにしても20世紀にはアフリカは植民地化されアフリカサイドの主体性を発揮できなかったと思われます(そこも違うという研究があるのなら、それは読んでみたいですが)ので、19世紀半ばまではと期間を区切った西アフリカ消費者の主体性の論証がどこまで意味があるのかという思いもあります。
 そのあたりの限界なり限定はあるものの、これまで言われてきたことに疑問を抱かせ新たな視点を得るところがある興味深い読み物でした。


小林和夫 名古屋大学出版会 2021年10月10日発行
コメント
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