Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

ターナー展

2013年11月21日 20時53分07秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 本日は予定どおりに、講座の合間を縫って上野の東京美術館で開催している「ターナー展」を見てきた。
 12時30分過ぎに横浜を出て、13時30分から1時間ほどで会場を回った。それほど込んでいなかったので、全体の雰囲気は充分見ることが出来たと思う。じっくりというわけではないが、この印象を忘れないうちに購入した図録で再度確認しながら感想をまとめてみようと思う。明日から母親を連れて旅行に出るので、本日の内に図録を丹念に見てみたい。
 更に1997年に横浜美術館で開催されたターナー展の図録とも比較もしてみたい。そのときのターナーの作品に対するイメージと違うイメージもある。簡単にはまとまらない気もする。
 どのような切口にしようか、なかなか決まりそうもない。

 上野公園は銀杏の黄葉がきれいであった。



 こちらは横浜美術館前の銀杏


ドキュメンタリー映画「先祖になる」を観る(その2)

2013年11月21日 09時00分00秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 元行政マンとしての私が現役ならば、きっと佐藤直志さんには手を焼いたろう。いや私だけではない、行政全体が手を焼いたと思う。何しろ市の建築計画・復興計画に従わず自宅の再建をやると宣言してしまうのであるから。立ててはいけないところに家を建てるというのだ。家をたてるということは確かに生活の再建・地域の復興の端緒ではある。そのことを直志さんは無言で若い人に訴えていると感じた。
 しかし、市の再建計画・復興計画と直志さんの自宅再建の思いとのズレはどう整理されたのであろうか。そこのところの経過は映画では不明だが、何故か家の再建は許可が出ている。
 菅野剛さんがインタヴューの中で「町には建築することに妨害はするなと言ってきた」というような発言をしている場面があるから、違法建築は黙認なのかとおもった。だが年が明けてから、再建資金の申請書を正式に提出しているところを見ると、復興計画には抵触しなかったと判断もできる。そこら辺のはっきりした経過と結末は映画に表現されていないのはちょっと残念であった。
 行政というのは避難所にも仮設住宅にも入らず、孤立している直志さんのような人とコンタクトを絶やすことは許されない。多分私は仕事の分担、あるいは職場での自分の役割からすれば、最後まで直志さんのような人とのコンタクトを取りつづけ、関係を継続する役割をいつの間にか担当していると思う。行政マンとしてはそのような役回りを自ら進んで続けてきた。このような振る舞いは何も「経験豊か」な50代の仕事と決められたわけではない。20代や30代でもこのような仕事がまわってくることがある。あるいはまわってくるような性格というのがある。私はいつもそのような仕事を引き受けてきた。
 古い共同性が解体した都会では、新興住宅に囲まれてしまった地域に、周囲から孤立してしまった高齢の頑固者が点在している。古いことにこだわったり、些細なことに依怙地になって地域と軋轢を起こして嫌われ者になっているのだ。かれらが周囲と引き起こす事象で行政が関わらなければならないものは、どれも杓子定規では裁断できない困難がある。逆に言えばそれを引き受ける困難さが、仕事のやりがいでもある。人生の機微に触れながら、人との関係を継続する応用力が問われ続ける仕事である。
 何度も繰り返してしまうが、副主人公でもある菅野剛さんはきっとこんな役回りをずっと続けてきた人柄かと思った。とても魅力的な人物である。その経歴がその豊かな人生を物語っている。この人を見つけたこともこの映画の手柄だと思う。

 最後の場面で、出来上がった真新しい家に、妻とも別れ、津波で亡くなった長男の嫁ともわかれ、ただ一人で朝日を浴びながらお茶をすすり「ああ」と嘆声する直志さん。映画の評を書いている瀬戸内寂聴さんは「すがすかしい部屋でひとりお茶を呑む直志さんの無邪気な笑顔を見たとき、どんな災害も人間の柔らかな心と、強い意志を奪うことは出来ないのだという深い感動に、自分の心がうるんでいるのを感じた」と記している。
 私は瀬戸内さんらしい優しさに包まれた言葉だと感じる。そのとおりだと思う。
 だが、地域から孤立しながら、地域のまつりを支えた若い力に町の復興の明るい未来を見ている直志さんは、父母の位牌や写真、津波で亡くなった長男の位牌と写真以外の家族からは見放されているのである。位牌と写真と本人以外がいない真新しい家、最低限いなくてはいけない生きている妻が、この家にはいないのである。
 この寂しさを直志さんはどこかに秘めている。監督もそれに気付いている。あの美しい朝日に「ああ」と出てきた言葉にもこの寂しさはこもっているのではないか。希望は確かにある。それだけの若い力もないわけではない。しかし一方で解体に瀕している地区の課題も残っている。若い力も永続的にこの地区にこだわるはずだという保障はない。 残念ながら祭りという熱気ある場だけでは明るい未来は描けない。直志さんが家族で孤立しているのは、実はこの地区で共通の悩みなのである。課題は笑顔に隠された向こう側に頑として立っているのである。

 私はとてもいい映画を見たと感じた。

お酒は1合だけ

2013年11月21日 06時33分49秒 | 料理関連&お酒
 昨日は妻と「先祖になる」を見てから、二人でたまに行くことのあるお蕎麦屋さんに行った。定食屋よりもおいしいお酒があるので、つい引き寄せられてしまった。
 私は「三六人衆」というそのお店では新登場の山形県酒田の菊勇というメーカーの銘柄。妻はグラスビール。肴はだし巻き卵、揚げ出し豆腐、ぶり大根。野菜が足りなかった、と反省したもののこれ以上は食べられないので、追加は断念した。
 ぶり大根がボリューム満点で、頭ひとつと中骨半分。骨も食べられるほど煮込んであり、味も良かったが大根が一切れというだけはさびしかった。ここの揚げ出し豆腐は私のお気に入りである。わずかに乗った細い生姜がいいアクセントである。
 お酒は2日間を空けたこともあり、思わずニタッとして、笑われてしまった。おいしいお酒である。冷蔵ではなくて、燗酒用のものを常温で供するこのお店のこだわりが面白い。

 ふと店内を見回すと、なんと現役時代の大の友人が孫を連れて一家でお蕎麦を食べに来ていた。一緒に退職者会の幹事をしている。

 お酒は1合だけでお仕舞いにして、お蕎麦を2人で1枚だけ食べて帰ってきた。