本日はも45分ほど喫茶店で読書タイム。昨日と同様に、「万葉読本Ⅰ 万葉の時代と風土」(中西進)の第3部。
本日読んだのは、第Ⅲ部の「月の詩心」「はなと古代人」「万葉の鳥」「万葉時代の舟の歌」の4編を読んだ。残りは「万葉にあらわれた女とくらし」の1編のみになってしまった。読み終わるのが寂しいものがあるが、いつまでも読み続けるわけにはいかない。
しかも家電量販店で取り寄せることの出来た「万葉読本Ⅱ 万葉の歌びとたち」も本棚で待ち構えている。
今回は第Ⅱ部からいくつか覚書として。
「古く人々の住まいは、川にそって営まれた。水辺が後々に至るまで生活の中心であることは、よほど機械文明が発達する時代まで、編かのなかったことだろう。万葉の時代とて例外ではない。飛鳥の諸宮が飛鳥川ぞいに営まれたこと‥。‥一度道をすべて消し去ってしまって、川沿いに万葉の歌を辿ってみる必要があるのではないか。」(「万葉の大和を往く」「二 川をたどる」)
「貨幣の価値はひとつの約束なのだから、きわめて観念的なものである。物の意味を一旦棄てて貨幣におきかえてみなければならないから、共通的な意味が強力となり、個別な切り捨てられる。‥銭を媒介されせることによって、物質の違いは物量の違いとなる。これは物の認識の仕方に、大きな変更を強いたことでろあう。‥ことばとて自然から作り出され、自然物に相当しているはずなのに、それ自体の別個の価値体系を持つに至る。より社会的なものであり、指示する内容とことばそのものとの量感には、大きな距たりがある。個別を捨象する普遍化によって銭もことばも、ともに記号としての役割が完全になる。‥貨幣の流通は、ことばの認識と濃厚にかかわっているといわなければならないだろう。それはとりもなおさずに、和歌に変更をせまることでもあった。」(「万葉集と都市」「一」)
「白鳳の人麻呂が「大君は神にしませば」という句をしばしば口にするのは、その意識がすでに弛緩していこうとしていた持統朝であった。‥人麻呂はその翳りの中からことばを発していたことになる。翳りということばの縁をもっていえば、事柄は光と影をもって言うことができる。大伴家持の時代に「みやびを」は光であり「ますらを」は影であった。その影を家持は光として求めた。人麻呂もすでに影となろうといるかつての光を、光として追おうとした。」(「万葉集と都市」「三」)