いつものように覚書として、「幻想の彼方へ」(澁澤龍彦)所収の「バルテュス、危険な冒険主義者」から。
「「近代絵画は、意識の内部の世界との関連においてしか、自然を描こうとはしなかった」とアンドレ・ブルトンが延べているが、この意識の内部の世界こそ、バルテュスのほとんどすべての作品の基礎に横たわっているものであろう。それは一言をもってすれば、何やら性的な匂いのする、苛立たしい、熱っぽい、陰鬱な、幼年期から青年期にいたる過渡期のオブセッション(強迫観念)である。このオブセッションが、バルテュスの描く平凡な、ごくありふれた日常的世界の現実にも、常に微妙に反映しているのである。エロティシズムというにはあまりにも未熟な、いかも作者の周到な配慮によって、秘密のヴェールにかくされ、暗示するにとどめられた、あてどのない思春期の性の衝動のごときものが、バルテュスの奇妙な世界にはみちみちている。」
「バルテュスの世界を特徴づける顕著な傾向は、その描かれた人物たちの姿態に見られる、運動間の束の間の欠如であろう。彼らはいずれも、あたかも活人画の人物のように、一瞬、運動を停止して凝固したかのような、不自然な宙ぶらりんの状態に釘づけにされている。しかも、この状態は永遠につづくとは思われず、やがて数秒後ないし数分後には、彼らは再び運動を開始するであろうことを確実に予感させる。つまり、描かれた世界はあくまで一時的な、休止の状態、猶予の状態なのだ。これが、バルテュスの作品の世界に、あの何ともいえない不安定の感覚、あるいはまた、取りつく島の無い、奇妙によそよそしい、一種の疎外の感覚を与える、主要な要因でもあろうかと思われる。」
「もともと彼は温和な伝統主義者なのであり、強いてシュルレアリスム風の奇矯な絵を彼から期待するのは、期待する方が無理というものだろう。」
「バルテュスのダンディズムは、自分の絵に主観的情緒をなるべき排除し、できるだけ非個性的な絵画をつくる、ということだったようだ。近代絵画において彼をはげしく嫌悪させるものは、消しようにも消しがたく、つねに立ち現れる個性の刻印だった。」
「(「サン・タンドレ商店通り」という作品)この人気のない、ブラインドを下ろし鎧扉を締め切った、日曜日の商店街の閑散とした雰囲気には、妙に物悲しい情緒がただよっていて、判じ物のように謎めいた登場人物たちの挙動にも、孤独と不安の影が色濃くし滲み出ていることに、たぶん、読者も気づかれたことであろう。カフカの文学を別として、現代の疎外感というものをこれほど見事に形象化した作品を、私はついぞしらないのである。」
「彼にはどこか危険な伝統主義狩といった面影がある。」
「「近代絵画は、意識の内部の世界との関連においてしか、自然を描こうとはしなかった」とアンドレ・ブルトンが延べているが、この意識の内部の世界こそ、バルテュスのほとんどすべての作品の基礎に横たわっているものであろう。それは一言をもってすれば、何やら性的な匂いのする、苛立たしい、熱っぽい、陰鬱な、幼年期から青年期にいたる過渡期のオブセッション(強迫観念)である。このオブセッションが、バルテュスの描く平凡な、ごくありふれた日常的世界の現実にも、常に微妙に反映しているのである。エロティシズムというにはあまりにも未熟な、いかも作者の周到な配慮によって、秘密のヴェールにかくされ、暗示するにとどめられた、あてどのない思春期の性の衝動のごときものが、バルテュスの奇妙な世界にはみちみちている。」
「バルテュスの世界を特徴づける顕著な傾向は、その描かれた人物たちの姿態に見られる、運動間の束の間の欠如であろう。彼らはいずれも、あたかも活人画の人物のように、一瞬、運動を停止して凝固したかのような、不自然な宙ぶらりんの状態に釘づけにされている。しかも、この状態は永遠につづくとは思われず、やがて数秒後ないし数分後には、彼らは再び運動を開始するであろうことを確実に予感させる。つまり、描かれた世界はあくまで一時的な、休止の状態、猶予の状態なのだ。これが、バルテュスの作品の世界に、あの何ともいえない不安定の感覚、あるいはまた、取りつく島の無い、奇妙によそよそしい、一種の疎外の感覚を与える、主要な要因でもあろうかと思われる。」
「もともと彼は温和な伝統主義者なのであり、強いてシュルレアリスム風の奇矯な絵を彼から期待するのは、期待する方が無理というものだろう。」
「バルテュスのダンディズムは、自分の絵に主観的情緒をなるべき排除し、できるだけ非個性的な絵画をつくる、ということだったようだ。近代絵画において彼をはげしく嫌悪させるものは、消しようにも消しがたく、つねに立ち現れる個性の刻印だった。」
「(「サン・タンドレ商店通り」という作品)この人気のない、ブラインドを下ろし鎧扉を締め切った、日曜日の商店街の閑散とした雰囲気には、妙に物悲しい情緒がただよっていて、判じ物のように謎めいた登場人物たちの挙動にも、孤独と不安の影が色濃くし滲み出ていることに、たぶん、読者も気づかれたことであろう。カフカの文学を別として、現代の疎外感というものをこれほど見事に形象化した作品を、私はついぞしらないのである。」
「彼にはどこか危険な伝統主義狩といった面影がある。」