Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

待つことは嫌いだが・・

2019年11月25日 23時35分57秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 本日親の依頼で銀行に出かけたのだが、混んでいること甚だしかった。月末の25日、しかも月曜というのは混雑が激しい日であった。
 現役時代ならばすぐに察して別の陽に計画したと思うが、定年退職者にはその発想は頭からとうに消えている。しかし長い列で待っていてもそれほどのイライラが起きないことも事実。後ろに時間に追われるような予定が控えている場合はあまりない。

 「待つことにイライラするようになると、高齢者も危険な領域に足を踏み入れている」と友人が言っている。だが、私は仕方なく待つときはにこやかに待つが、流行り物に飛びつくために待つことは絶対にしない。流行り物のために自分から列に飛び込むのは、人生の堕落だと思っている。行列の店の販売物に飛びつき、「並ぶ」ことに価値があるような振舞いはしない。

 雨に降られないかと心配しながら50分の夜のウォーキング。何とか雨には会わずに終了。傘を差したまま歩いている人もいたので、つい先ほどまでは降っていたようだ。県内では、1ミリ未満の雨の区域が幾つか出現したり消えたりを繰り返しながらわずかずつ西から東に移動している。
 夜のウォーキングにもかかわらず、メガネをかけるのを忘れて出かけてしまった。途中から戻るのもつらく、そのまま続けた。やはりよく見えず怖かった。
 しかも路面が濡れていて、滑りやすかった。もう少し乾いているか、逆にもっと濡れていた方が滑りにくかったと思う。

 明日は午後から本郷台駅前のアースプラザで講座。その後は特に予定はない。「わたくし流俳句の読み方・詠み方」の校正の続きを喫茶店で。


寺田しのぶ「第3回仏鏡画展」

2019年11月25日 19時16分51秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

   

 知人に紹介された、寺田しのぶ“「仏画だっていいじゃない」第3回「仏鏡画展」”を妻と二人で見てきた。開催場所は鎌倉芸術館(JR大船駅下車東口より徒歩10分)

 仏画や仏像は幾度も見たことはあるが、「仏鏡画」というのははじめての言葉である。ご本人のホームページ【⇒http://miru.co.jp/teradashinobu/】にも記載はしていないが、今回の展覧会のチラシには「私の仏画は一枚の鏡、私が写しあなたが映る‥‥」と記載があるので、そこから鑑賞した人なりに定義をするしかないようだ。
 このチラシからすれば、作品を鑑賞してそこに見る仏画には観る者の姿や思いが映されている、ということになる。

 鑑賞者は作品に触発された自分の目で自分の姿を見ている、ということになる。当然のようでいて、しかし、人は自分の感想に自分が投影されていることには無頓着に作品を批評し、理解したつもりになってしまう。その作品から受ける印象に自分が投影されていると考える人は少ない。だがそれが出来てはじめて批評というのは自立し成り立つ、と私は思っている。。
 「私が写しあなたが映る‥」、言い得て妙である。私も観る・聴く・体感することにかけては、人一倍多くを体験して味わってきたつもりである。だが体感した作品から自分を自覚的に読み取ることは難しい。いつもそれを試みる努力をしているが、達成感はまだまだない。
 このことは、絵画作品や彫刻を見ても、映画やはたまた小説や詩を読んでも当てはまる。音楽を聴いても同様である。自分の感受性を研ぎ澄ませるには、このことにおおいに自覚的にならないといけない。自戒を込めて。

 さて、描かれた仏像の線はとても鮮明で、そして破綻なく、震えることもなく念入りに描かれている。その緻密さにまず驚く。作者の潜めた息と緊張感が伝わってくる。すべての作品がとても濃密である。確かに造形のゆがみや彩色の乱れが一部にないとはいえないが、その緊張感は体感していて気持ちのいいものである。いつのまにか作者の緊張感を共有している自分に気がつく。張り詰めた一心不乱の自分になってみたいという思いが湧いてくる。そんな自分が作品の中にいる気がしてくる。

 会期は12月1日までと短いが、いい緊張感を味わえると思う。

★「八大菩薩」から「観世音菩薩(紺地金泥)」(1918)




★「帝釈天」(1919)

 


濃霧注意報

2019年11月25日 09時56分39秒 | 天気と自然災害

 朝起きてみるとベランダの手すりに雨が降った後が残っていた。小さな水滴の跡がそのまま乾燥せずに残っている。レインアイよこはまにも表示されない0.1ミリ以下の雨の区域が通り過ぎたようだ。そして湿度が80%ほどもある。
 珍しく濃霧注意報が出ている。昼まで濃霧が出る可能性があるとのことである。手摺りの水滴の跡は発生した霧に関係でもあったのだろうか。
 現在雨の区域は西南西から東北東へ、相模湾の沖を移動しているが全体に少しずつ北上しているように思える。間もなく降るのだろうか。昨日に続き湿度の高い不快な天気である。

 これより横浜駅まで。銀行やら買い物やら頼まれたことを済ませ、昼までにはいったん帰宅予定。午後には今度は妻と出かける鎌倉まで出かける予定。降らないでほしい。

 「わたくし流俳句の読み方・詠み方」の校正を約半分行った。友人にも依頼しているので、併せて今週末までに終了して製本作業に入りたいもの。校正だけでなく、文章の作り替えもおないたいところがいくつかある。手直しを始めると切りがない。

 


ローマ教皇庁発表の教皇スピーチ全文

2019年11月24日 23時55分44秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 ローマ教皇庁が発表した、フランシスコ教皇の長崎と広島でのスピーチ全文は以下のとおり。 【⇒https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/amp/k10012189341000.html?__twitter_impression=true】  こちらが公式発表ということになるのであろう。長段落分けなどこちらがより、教皇の真意に近いと思われる。いが再度掲載することにした。

 どこかの政府の総理大臣とは違い、長崎と広島、別々の文章である。だが生きた言葉を紡いでいる。

★長崎 爆心地公園でのスピーチ

「核兵器についてのメッセージ」(2019年11月24日)

愛する兄弟姉妹の皆さん。

この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさったかたとそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。

人の心にあるもっとも深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みへの最良のこたえではありません。それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。

国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や、壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。

ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です。

核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])。

今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。わたしたちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです。

カトリック教会としては、人々と国家間の平和の実現に向けて不退転の決意を固めています。それは、神に対し、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則に則り、飽くことなく、迅速に行動し、訴えていくことでしょう。昨年の7月、日本司教協議会は、核兵器廃絶の呼びかけを行いました。また、日本の教会では毎年8月に、平和に向けた10日間の平和旬間を行っています。どうか、祈り、一致の促進の飽くなき探求、対話への粘り強い招きが、わたしたちが信を置く「武器」でありますように。また、平和を真に保証する、正義と連帯のある世界を築く取り組みを鼓舞するものとなりますように。

核兵器のない世界が可能であり必要であるという確信をもって、政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いします。核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威からわたしたちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでください。人道的および環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えなくてはなりません。核の理論によって促される、恐れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。今の地球の状態から見ると、その資源がどのように使われるのかを真剣に考察することが必要です。複雑で困難な持続可能な開発のための2030アジェンダの達成、すなわち人類の全人的発展という目的を達成するためにも、真剣に考察しなくてはなりません。1964年に、すでに教皇聖パウロ6世は、防衛費の一部から世界基金を創設し、貧しい人々の援助に充てることを提案しています(「ムンバイでの報道記者へのスピーチ(1964年12月4日)」。回勅『ポプロールム・プログレッシオ(1967年3月26日)』参照)。

こういったことすべてのために、信頼関係と相互の発展とを確かなものとするための構造を作り上げ、状況に対応できる指導者たちの協力を得ることが、きわめて重要です。責務には、わたしたち皆がかかわっていますし、全員が必要とされています。今日、わたしたちが心を痛めている何百万という人の苦しみに、無関心でいてよい人はいません。傷の痛みに叫ぶ兄弟の声に耳を塞いでよい人はどこにもいません。対話することのできない文化による破滅を前に目を閉ざしてよい人はどこにもいません。

心を改めることができるよう、また、いのちの文化、ゆるしの文化、兄弟愛の文化が勝利を収めるよう、毎日心を一つにして祈ってくださるようお願いします。共通の目的地を目指す中で、相互の違いを認め保証する兄弟愛です。

ここにおられる皆さんの中には、カトリック信者でないかたもおられることでしょう。でも、アッシジの聖フランシスコに由来する平和を求める祈りは、私たち全員の祈りとなると確信しています。

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。 憎しみがあるところに愛を、 いさかいがあるところにゆるしを、 疑いのあるところに信仰を、 絶望があるところに希望を、 闇に光を、 悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください。

記憶にとどめるこの場所、それはわたしたちをハッとさせ、無関心でいることを許さないだけでなく、神にもと信頼を寄せるよう促してくれます。また、わたしたちが真の平和の道具となって働くよう勧めてくれています。過去と同じ過ちを犯さないためにも勧めているのです。

皆さんとご家族、そして、全国民が、繁栄と社会の和の恵みを享受できますようお祈りいたします。


★広島 平和公園でのスピーチ(2019年11月24日)

「わたしはいおう、わたしの兄弟、友のために。『あなたのうちに平和があるように』」(詩編122・8)。

あわれみの神、歴史の主よ、この場所から、わたしたちはあなたに目を向けます。死といのち、崩壊と再生、苦しみといつくしみの交差するこの場所から。

ここで、大勢の人が、その夢と希望が、一瞬の閃光と炎によって跡形もなく消され、影と沈黙だけが残りました。一瞬のうちに、すべてが破壊と死というブラックホールに飲み込まれました。その沈黙の淵から、亡き人々のすさまじい叫び声が、今なお聞こえてきます。さまざまな場所から集まり、それぞれの名をもち、なかには、異なる言語を話す人たちもいました。そのすべての人が、同じ運命によって、このおぞましい一瞬で結ばれたのです。その瞬間は、この国の歴史だけでなく、人類の顔に永遠に刻まれました。

この場所のすべての犠牲者を記憶にとどめます。また、あの時を生き延びたかたがたを前に、その強さと誇りに、深く敬意を表します。その後の長きにわたり、身体の激しい苦痛と、心の中の生きる力をむしばんでいく死の兆しを忍んでこられたからです。

わたしは平和の巡礼者として、この場所を訪れなければならないと感じていました。激しい暴力の犠牲となった罪のない人々を思い出し、現代社会の人々の願いと望みを胸にしつつ、静かに祈るためです。とくに若者たち、平和を望み、平和のために働き、平和のために自らを犠牲にする若者たちの願いと望みです。わたしは記憶と未来にあふれるこの場所に、貧しい人たちの叫びも携えて参りました。貧しい人々はいつの時代も、憎しみと対立の無防備な犠牲者だからです。

わたしはへりくだり、声を発しても耳を貸してもらえない人々の声になりたいと思います。現代社会が直面する増大した緊張状態を、不安と苦悩を抱えて見つめる人々の声です。それは、人類の共生を脅かす受け入れがたい不平等と不正義、わたしたちの共通の家を世話する能力の著しい欠如、また、あたかもそれで未来の平和が保障されるかのように行われる、継続的あるいは突発的な武力行使などに対する声です。

確信をもって、あらためて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。2年前に私が言ったように、核兵器の所有も倫理に反します。これについて、わたしたちは神の裁きを受けることになります。次の世代の人々が、わたしたちの失態を裁く裁判官として立ち上がるでしょう。平和について話すだけで、諸国間の行動を何一つしなかったと。戦争のための最新鋭で強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるでしょうか。差別と憎悪の演説という役に立たない行為をいくらかするだけで自らを正当化しながら、どうして平和について話せるでしょうか。

平和は、それが真理を基盤とし、正義に従って実現し、愛によって息づき完成され、自由において形成されないのであれば、単なる「発せられることば」に過ぎなくなると確信しています。(聖ヨハネ23世回勅『パーチェム・イン・テリス――地上の平和』37〔邦訳20〕参照)。真理と正義をもって平和を築くとは、「人間の間には、知識、徳、才能、物質的資力などの差がしばしば著しく存在する」(同上87〔同49〕)のを認めることです。ですから、自分だけの利益を他者に押し付けることはいっさい正当化できません。その逆に、差の存在を認めることは、強い責任と敬意の源となるのです。同じく政治共同体は、文化や経済成長といった面ではそれぞれ正当に差を有していても、「相互の進歩に対して」(同88〔同49〕)、すべての人の善益のために働く責務へと招かれています。

実際、より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません。「武器を手にしたまま、愛することはできません」(聖パウロ6世「国連でのスピーチ(1965年10月4日)」10)。武力の論理に屈し、対話から遠ざかってしまえば、いっそうの犠牲者と廃墟を生み出すことが分かっていながら、武力が悪夢をもたらすことを忘れてしまうのです。武力は「膨大な出費を要し、連帯を推し進める企画や有益な作業計画が滞り、民の心理を台なしにします」(同)。紛争の正当な解決策であるとして、核戦争の脅威で威嚇することに頼りながら、どうして平和を提案できるでしょうか。この底知れぬ苦しみが、決して越えてはならない一線を自覚させてくれますように。真の平和とは、非武装の平和以外にありえません。それに、「平和は単に戦争がないことでもな〔く〕、……たえず建設されるべきもの」(第二バチカン公会議『現代世界憲章』78)です。それは正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、わたしたちの共通の家の世話の結果、共通善を促進した結果生まれるものなのです。わたしたちは歴史から学ばなければなりません。

思い出し、ともに歩み、守ること。この三つは、倫理的命令です。これらは、まさにここ広島において、よりいっそう強く、より普遍的な意味をもちます。この三つには、平和となる真の道を切り開く力があります。したがって、現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れるようなことがあってはなりません。記憶は、より正義にかない、いっそう兄弟愛にあふれる将来を築くための、保証であり起爆剤なのです。すべての人の良心を目覚めさせられる、広がる力のある記憶です。わけても、国々の運命に対し、今、特別な役割を負っているかたがたの良心に訴えるはずです。これからの世代に向かって、言い続ける助けとなる記憶です。二度と繰り返しません、と。

だからこそわたしたちは、ともに歩むよう求められているのです。理解とゆるしのまなざしで、希望の地平を切り開き、現代の空を覆うおびただしい黒雲の中に、一条の光をもたらすのです。希望に心を開きましょう。和解と平和の道具となりましょう。それは、わたしたちが互いを大切にし、運命共同体で結ばれていると知るなら、いつでも実現可能です。現代世界は、グローバル化で結ばれているだけでなく、共通の大地によっても、いつも相互に結ばれています。共通の未来を確実に安全なものとするために、責任をもって闘う偉大な人となるよう、それぞれのグループや集団が排他的利益を後回しにすることが、かつてないほど求められています。

神に向かい、すべての善意の人に向かい、一つの願いとして、原爆と核実験とあらゆる紛争のすべての犠牲者の名によって、声を合わせて叫びましょう。戦争はもういらない! 兵器の轟音はもういらない! こんな苦しみはもういらない! と。わたしたちの時代に、わたしたちのいるこの世界に、平和が来ますように。神よ、あなたは約束してくださいました。「いつくしみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます」(詩編85・11-12)。

主よ、急いで来てください。破壊があふれた場所に、今とは違う歴史を描き実現する希望があふれますように。平和の君である主よ、来てください。わたしたちをあなたの平和の道具、あなたの平和を響かせるものとしてください!

私は、君とともに平和を唱えます。


フランシスコ教皇の長崎・広島でのスピーチ

2019年11月24日 21時15分46秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 私はキリスト者でもないし、どの宗教についても信仰そのものを持っていない。進行とはまったく無縁に生きている。中・高一貫のミッションスクールに通ったが、尊敬に値しない修道士もいたし、教育者として尊敬すべき修道士もいた。物語りとしての聖書は面白く読んだが、信仰に結び付けながら読むことは今もしていない。
 だが、今回のフランシスコ教皇の長崎、広島訪問とそのスピーチは、虚心坦懐に聞くべきものであると感じた。
 このスピーチから何を汲み取るのか、聞いたもの、読んだものに全ては任されている。しかし多くの示唆に富むものとして私は聞いた。言葉が生きている。人の心に大きな波紋を投げかけるものである。長いが平易な言葉である。そして言葉に力があると感じた。
 特に、軍拡と、核抑止論について、厳しく批判・言及している。若い方、政治に携わる人にはぜひ目を通してほしいと思う。
 ここに両都市でのスピーチを今手に入るものをアップしてみる。
 わたしなりに読み込んでいきたい。

★フランシスコ教皇、長崎で核兵器廃絶を訴えるスピーチ全文

 愛する兄弟姉妹のみなさん、この場所で私たちが強く自覚するのは、人間がどれほどの痛みと恐怖をもたらしうる存在であるかということです。被爆した十字架とマリア像が、長崎の教会で見出されました。これらは、犠牲者、そしてその家族の筆舌に尽くし難い苦しみを改めて思い起こさせます。
 人間の心の中にある最も深い願いの一つは、平和と安定への願いです。核兵器やその他大量破壊兵器の保有は、この願いを叶える上で、最も的を得た答えとは言えません。それどころかこの願いを常に試練にさらしているように見えます。
 私たちの世界は、邪悪な矛盾を抱えています。安定と平和を望みながら、恐怖と不信に基づく偽りの安全の下で平和と安定を築こうとしています。それによって、国民同士の関係は蝕まれ可能なはずの対話が阻害されています。世界の平和と安定は、相互破壊への恐怖や壊滅の脅威に依存にする行為とは、相入れません。
 連帯と協力という世界的倫理を持って将来に奉仕し、現在と未来の全て人類家族が互いに助け合い、共に責任を果たすことによってのみ、平和と安定が可能になるのです。
 この街は核兵器が人類と環境にもたらした大惨事の証人です。軍拡競争に対して、もっと大きな声を上げ続けなければなりません。軍拡は、貴重な資源を無駄にしています。その資源は、人々の全人的発展や、環境保護に使われるべきです。
 今日世界には、何百万の子供や家族が非人間的な状況の下で暮らしています。兵器に大金を費やし、兵器の近代化、維持、販売で大儲けし、兵器の破壊力を増す。これは神に背くテロ行為です。
 平和で核兵器のない世界は、世界中の何百もの人々の切なる願いです。この理想を実現するには、全ての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民団体、核兵器保有国、そして非保有国、軍需産業、民間団体、国際機関の参加が求められます。
 核兵器の恐怖への答えは、集団のコンセンサスに基づくものでなければなりません。そのためには、困難でも相互信頼という堅固な土台を築き、不信という支配的な流れを壊さなければなりません。
 1963年、聖ヨハネ23世は、回勅、地球の平和(バーシェム・イン・テリス)で、核兵器の禁止を訴え、真の安定した平和は、軍事力の均衡ではなく、相互信頼という土台の上でのみ構築できると述べました。
 今ある相互不信の流れを壊さなければなりません。不信が拡大し、武器を制限する国際的枠組みが崩壊する危険があります。
 また、私たちは多国間主義の弱体化を目の当たりにしています。兵器の新たな技術が開発されていることを考えると、これは由々しき事態です。こうした動きは、人々が強がりを強める今の世界と矛盾するものであり、世界の指導者がより注意を払い対処すべき問題です。
 カトリック教会としては、人々の国家間の平和実現に向けて不退転の決意を高めています。それは、神・に対して、この地上に人々に対する私たちの責務です。私たちは、迅速に行動を起こし、訴えていきます、軍縮や不拡散についての主要な国際法の原則に従い行動し、訴えていきます。
 この原則には、核兵器禁止条約も含まれます。昨年の7月、日本の司教協議会は、核兵器廃絶を呼びかけました。
 また毎年8月に、日本の教会は、平和に向けた10日間の祈りの会を行なっています。どうかこの祈りが、合意の形成に向けてのあくことなき模索が、そして対話の努力が私たちのパワー、すなわち武器となりますように。
 そして平和を真に保証する正義と連帯の世界実現に向けての努力を鼓舞しますように。核兵器のない世界は実現可能であり、かつ必要されている。この確信を持って政治の指導者の皆さんにお願いします。
 核兵器は、世界の、または国家の安全の脅かす脅威から私たちを守ってくれるものではないということを、忘れないでください。人道的観点から、環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えねばなりません。
 また、恐れ、不信感、敵意など、核の理論によってもたらされる感情が増幅するのを食い止めなければなければなりません。現在の地球について、その資源が、どのように使われているのか、真剣に考える必要があります。
 複雑かつ困難が伴う持続可能な改革のための2030年アジェンダの達成、人類の全人的な発展というこの目的を達成するためにも、地球の資源の使われ方を真剣に考える必要があります。
 1964年、すでに教皇パウロ6世は、貧しい人々に対する、援助のための世界基金の創設を提案しています。防衛費の一部を元に創設される基金です。これらを実現するためには、信頼関係と相互の発展を確かなものにする構造を築くことが極めて重要であり、このような状況に対応できる指導者の協力を得ることがまた大変重要でもあります。これは私たちが関わる使命でもあるし、またそのために皆が必要ともされています。
 今日大勢の人々が苦しんでいます、彼らの苦しみに私たちの良心は痛みます。
 このような彼らの苦しみに無関心でいるのに許される人は一人としていません。また傷の痛みに叫び声をあげる兄弟の声に、耳をふさぐことを許される人は一人としていません。
 対話を否定する文化がもたらす破壊を目の当たりにして、目を閉ざすことを許される人も一人としていません。
 毎日私たちと心を一つにして、祈ってください。両親のために私たちと祈ってください。また、命を大切する文化、赦しの文化、兄弟愛の文化が勝るよう祈ってください。
 この兄弟愛は、互いの違いを認め、それを保証する愛であり、共通の目的地を目指す中で、互いの違いを認め合い、保証しあう愛です。ここにおられるみなさんの中には、カトリック信者ではないみなさんもおられることでしょう。しかし私たち全員が祈ることができると信じています。
 アッシジの聖フランシスコに由来する平和の祈りが、私たち全員の祈りとなると確信しています。
 主よ、私をあなたの平和の道としてください。
 苦しみがあるところに愛を。諍いがあるところに赦しを。疑いがあるところに信仰を。絶望があるところに希望を。闇に光を。
 悲しみにあるところに喜びをもたらすことをしてください。
 記憶をとどめるこの場所は、私たちを覚醒し、私たちが無関心であることを許しません。そして神へのさらなる信仰がここから生まれます。
 また私たちが真の平和の道具となって、働くよう導いてくれます。そして過去と同様の過ちを犯さないよう、導いてくれます。
 皆さんとご家族、そして全国民が、繁栄と、社会の輪の恵みの享受できますよう、お祈りいたします。
                                                                           浜田理央 / ハフポスト日本版

★フランシスコ教皇の広島でのスピーチ全文

「戦争での原子力使用は犯罪だ」
「私は言おう、私の兄弟、友のために。あなたのうちに平和があるように」
 あわれみの神、歴史の主よ、この場所から私たちはあなたに目を向けます。
 死といのち、崩壊と再生、苦しみと慈しみの交差するこの場所から。
 ここで、大勢の人が、その夢と希望が一瞬の閃光と炎によって跡形もなく消され、影と沈黙だけが残りました。
 一瞬のうちに、すべてが破壊と死というブラックホールに飲み込まれました。
 この沈黙の淵から亡き人々の凄まじい叫び声がいまなお聞こえてきます。
 さまざまな場所から集まり、それぞれの名を持ち、中には異なる言語を話す人たちもいました。
 その全ての人が、同じ運命によって、このおぞましい一瞬で結ばれたのです。
 その瞬間は、この国の歴史だけでなく、人類の顔に永遠に刻まれました。
 この場所の全ての犠牲者を記憶にとどめます。 また、あの時を生き延びた方々を前に、その強さと誇りに、深く敬意を表します。 その後の長きに渡り、身体の激しい苦痛と、心の中の生きる力を蝕んでいく死の兆しを忍んでこられたからです。
 私は平和の巡礼者として、この場所を訪れなければならないと感じていました。
 激しい暴力の犠牲となった罪のない人々を思い出し、現代社会の人々の願いと望みを胸にしつつ静かに祈るためです。
 とくに若者たち。平和を望み、平和のために働き、平和のために自らを犠牲にする若者たちへの願いと望みです。
 私は記憶と未来にあふれるこの場所に、貧しい人々の叫びも携えて参りました。
 貧しい人々はいつの時代も憎しみと対立の無防備な犠牲者だからです。
 私はへりくだり、声を発しても耳を貸してもらえない人々の声になりたいと思います。
 現代社会が直面する増大した緊張状態を、不安と苦悩を抱えて見つめる人々の声です。
 それは、人類の共生を脅かす、受け入れがたい不平等と不正義、私たちの共通の家を世話する能力の著しい欠如、また、あたかもそれで未来の平和が保証されるかのように行われる、継続的あるいは突発的な武力行使などに対する声です。
 確信を持って、改めて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において犯罪以外の何ものでもありません。
 人類とその尊厳に反するだけでなく、私たちの共通の家におけるあらゆる可能性に反します。
 原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。
 これについて、私たちは神の裁きを受けることになります。
 次の世代の人々が、私たちの失態を裁く裁判官として立ち上がるでしょう。平和について話すだけで、関係する国々との行動を何一つ起こしませんでした。戦争のための最新鋭で、強力な武器を製造しながら、平和について話すことなど、どうしてできるでしょうか。
 差別と憎悪の演説という役に立たない行為を、いくらかするだけで、自らを正当化しながら、どうして平和について話せるでしょうか。
 平和は、それが真理を基盤とし、正義に従って実現し、愛によって息づき完成され、自由において形成されないのであれば、単なる「発せられる言葉」に過ぎなくなると確信しています。
 真理と正義を持って平和を築くとは、「人間の間には知識、徳、才能、物質的資力などの差がしばしば著しく存在する」のを認めることです。ですから、自分だけの利益を他者に押し付けることはいっさい正当化できません。その逆に、差の存在を認めることは、強い責任と経緯の源になるのです。
 同じく政府は、文化や経済成長と言った面では、それぞれ正当に差を有していても、「相互の進歩に対して」全ての人の善益のたに働く責務へと招かれています。実際、より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません。
 「武器を手にしたまま愛することはできません」
  武力の倫理に屈し、対話から遠ざかってしまえば、いっそう犠牲者の廃墟を生み出すことがわかっていながら、武力が悪夢をもたらすことを忘れてしまうのです。
 武力は「膨大な出費を要し、連帯を推し進める動きや有益な作業計画が滞り、民の心理を台無しにします」。 紛争の政党な解決策であるとして、核戦争の脅威で威嚇することに頼りながら、どうして平和を提案できるでしょうか。
 この底しれぬ苦しみが、決して超えてはならない一線を自覚させてくれますように。
 真の平和とは、非武装の平和以外にありえません。それに、「平和は単に戦争がないことでもなく、絶えず建設されるべきもの」です。 それは正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、私たちの共通の家の世話の結果、共通作を促進した結果、生まれるもののです。
 私たちは、歴史から学ばなければなりません。
 思い出し、ともに歩み、守ること。この3つは倫理的命令です。
 これらは、まさにここ広島においれ、より一層強く、より普遍的な意味を持ちます。この3つには、平和となる心の道を切り開く力があります。
 したがって、現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れるようなことがあってはなりません。
 記憶は、より正義にかない、いっそう兄弟愛に溢れる将来を築くための保証であり、起爆剤なのです。
全ての人の良心を目覚めさせられる、広がる力のある記憶です。
 わけても、国々の運命に対し、いま、特別な役割を負っている方々の良心に訴えるはずです。
 これからの世代に向かって言い続ける助けとなる記憶です。二度と繰り返しません、と。
 だからこそ私たちは、ともに歩むように求められているのです。
 理解とゆるしの眼差しで、希望の地平を切り開き、現代の空を覆うおびただしい黒雲の中に、一条の光をもたらすのです。希望に心を開きましょう。和解と平和の道具となりましょう。それは、私たちが互いを大切にし、運命共同体で結ばれていると知るなら、いつでも実現可能です。
 現代世界はグローバル化で結ばれているだけでなく、共通の大地によってもいつも相互に結ばれています。共通の未来を確実に安全なものとするために、責任をもって闘う偉大な人となるよう、それぞれのグループや集団が、排他的利益を後回しにすることが、かつてないほど求められています。
 神に向かい、全ての善意の人に向かい、一つの願いとして、原爆と核実験と、あらゆる紛争の全ての犠牲者の名によって、声を合わせて叫びましょう。
 戦争はもういらない! 兵器の轟音はもういらない! こんな苦しみはもういらない! 私たちの時代に、私たちのいるこの世界に、平和が来ますように。
 神よ、あなたは約束してくださいました。
 「いつくしみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は点から注がれます」
 主よ、急いで来てください。 破壊があふれた場所に、いまとは違う歴史を描き、実現する希望があふれますように。
 平和の君である主よ、来てください。 私たちをあなたの平和の道具、あなたの平和を響かせるものとしてください!                                                  (*カトリック中央協議会の翻訳などを参考)
BuzzFeed Japan


新しいメガネ

2019年11月24日 19時47分58秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日の夕刻に新しいメガネが出来上がった。遠近両用メガネなのでまだ慣れていないが、短焦点レンズよりは楽である。歩きながら足もとも確認できるし、時計なども見ることができる。
 これまでの遠近両用メガネよりも遠近共に矯正の度合いを少し緩めた。右目は白内障手術後の視力にあわせ、左はこれまでどおりだが、こちらも共生の度合いを弱めた。目の緊張が少し楽になる可能性が強い。これまでは遠点で視力1.0位にしていた。今回はともに0.9にしている。
 それでも右目のカスミが取れて明るい視野になっており、これまでよりも視力がよくなったように思える。これで左目の白内障手術が終わり、左目用のレンズに変えるともっと見やすくなると期待をしたい。
 そうしないと右目に過重な負担がかかり、右目にとっては芳しくないと思われる。

 問題もある。目の視力の調節機能がずいぶん劣化していると思える。遠いところから近いところを見ようとすると、焦点が合うまでにこれまでよりも時間がかかる。少しずつピントが合っていく過程が認識できる。道を歩いていて、信号から足もとに視線を移すと、軽い眩暈を覚えるほどにゆっくりとピントが合っていく、時間にして0.5秒もかかっていはいないはずであるが、とても長く感じる。そしてこれを繰り返すと目が疲労していくのがわかる。これは加齢のせいなので諦めるしかない、と思っている。

 あとは来月11日の視力検査、正月16日の左目白内障手術を待つばかりである。手術後4週間くらいして一定視力が安定してから、再度レンズを作成することになる。時間とお金がかかる。もう少し早く終わらせたいものである。


陽射しがうれしい

2019年11月24日 10時14分20秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 丸二日間の雨の後の晴間。陽が射してきた。9時で16℃と気象庁のホームページに表示されている。しかし湿度が96%と階段室の壁は水滴でびっしり。台風直後のようである。風はほとんどない。

 朝から血圧が高め、毎晩服用する降圧剤に追加して朝にも降圧剤を服用。125-75とおさまった。一昨日からこのような状態が続く射ている。

 今朝の日曜美術館で昨日見に行った「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」を紹介していた。私の感想はもう1回は掲載したい。日曜美術館の取り上げ方は一部を除いて私の感想とは接点は少ない。

 間もなく親族のランチ会へ出かける。


「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」その2

2019年11月23日 23時45分38秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

   

 第2章「宗教画」では多くの作品に惹かれた。
展示順では、

・クラーナハ(父)の「イサクの犠牲」、イサクとアブラハムが大岩の上に小さく描かれ、大岩の下に従者二人とロバが絵の主題のように描かれていた。珍しい構図である。そして従者二人の表情がこのドラマには一切無関心に寛いでおり、宗教画の名を借りた他の目的のための作品のように感じた。

・はじめて名を聞くジロラモ・フォラボスコの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」、ダヴィデの上半身が画面からはみ出しそうに大きく描かれ、巨人ゴリアテの首を重そうに運んでいる。首が画面上方に暗く目立たずに描かれており、場面説明が過剰な旧約聖書のエピソードを題材にした作品として珍しい構図のように思えた。ダヴィデの迫力ある描き方に惹かれる。



・これもはじめて名を聞くマルコ・バザイーティの「聖母子」。美術館のホームページから画像を拝借した。初めはマリアの造形と背景の景色に惹かれた。展示解説ではビザンティン美術のイコンの影響があるとのことであった。しかし赤子キリストの造形がぎこちなく、違和感を持った。後にキリストの姿勢は磔刑を暗示し、足元は棺をありこれもキリストの死を暗示していると教わった。



・ルーベンスの「聖母を花で飾る聖アンナ」は幼い子どもの姿態を示す天使がいかにもルーベンスらしい。天使も入れて9人を超える人物が描かれているが、聖アンナの老いても気品のある表現に焦点を当てている。焦点が鮮明で散漫にならないところに魅力があると思った。



・クラーナハ(父)の「聖バルバラ」は、1520年以降の作品ということであるが、人物の造形が生きている。そして人物の背景に金箔をはっており、日本の金屏風の諸作品を思い浮かべた。作品の題材などはかけ離れているが、金箔を背景に使うという共通性が不思議に思えた。インドでは金の背景の絵画はあるらしいが、中国ではそのようなものは聞いたことがない。アジアの東の果ての日本の美術とどのような影響関係が想定されるのだろうか、と思っている。



・今回の展示で私が一番惹かれたのが、やはり初めて名を聞くシモーネ・カタリーニの「少年の洗礼者聖ヨハネ」。展示解説では「ヴェネツィア派の影響を受け‥、グイド・レーニのような明暗表現を採用しつつも‥、カラバッジョの様式と接近‥」と記してあった。造形的に右手の指が大きすぎるのであるが、しかし、この手が羊を守るような仕草が生きている。繊細な指が柔らかい羊の毛を感じている。顔から肩に掛けたあたる光の曲線が右手の指先に至り羊の顔まで続いて円環をなしている。これが効果的である。

・最後にグイド・レーニの「マグダラのマリア」。これは何回か見たことがあるのか、あるいは同じような作品がいくつかあるのか、分からないが、意識を失ったかのような恍惚の表情は印象的である。しかし見方によってはあまりに極端な恍惚の表情でもあり、好悪がありそう。


終日の雨

2019年11月23日 21時47分03秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日も終日雨。朝の内は昨日に比べて風が少し暖かく感じたけれど、夕方になるととても寒く感じるようになった。しかし気象庁のデータでは本日の最高気温は20時に記録した12.9℃となっている。体感と実際の気温とは違いがあったようだ。
 秋の長雨は秋霖とも、すすき梅雨ともいう。しかしこれは8月から10月にかけて秋雨前線によるものである。今は11月下旬、現在熱帯低気圧のある沖縄から関東地方の南にある低気圧まで前線が伸びており、これが北の高気圧に押されて南下した秋雨前線といえるのだろうか。
 明日も午前中は雨。昼からの降水確率は20%となり、曇。最高気温も19℃と暖かい。
 明日は親の姉妹とランチの予定。妻と私で付き添いでご相伴にあずかる予定。また午後にはメガネが出来上がる予定になっている。会食後、わたしだけメガネを受け取りに行く。

 雨で二日続けてウォーキングが出来ず、がっかり。


「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」その1

2019年11月23日 20時40分52秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

   

 本日は解説付きで「~建国300年ヨーロッパの宝石箱~リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」を見てきた。  はじめはあまり興味をひかなかったが、お誘いを受け、中村宏美アートナビゲーターの解説を聴きながら時間をかけて一巡してきた。

 解説では

 現在世界で唯一、家名が国名になっているリヒテンシュタイン侯国は、今年建国300年を迎え、かつて神聖ローマ皇帝に仕えたリヒテンシュタイン侯爵家が統治しています。アルプスに抱かれた小さな国土にはライン川が流れ、大都市の喧騒とは無縁な穏やかな時間が流れています。この国は現在金融業などが盛んで、小さいながら世界屈指の豊かさを誇りますが、昔から侯爵家は代々領地経営に成功して富をたくわえ、皇帝にも貸し付けを行うほどでした。その富を背景として積極的に収集した美術作品により、現在のコレクションが形成されていったのです。

 世界で唯一、侯爵家(君主)の家名が国名となっているリヒテンシュタイン。スイスとオーストリアにはさまれた小国ながら、世界でも屈指の規模を誇る個人コレクションを有し、その華麗さが宝石箱にもたとえられ世界の注目を集めています。

 本展は、侯爵家秘蔵のルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)、クラーナハ(父)を含む、北方ルネサンス、バロック、ロココを中心とする油彩画と、ヨーロッパでも有数の貴族の趣向が色濃く反映された、ウィーン窯を中心とする優美な陶磁器、合わせて約130点で構成されます。絵画と陶磁器の共演は、優雅さとくつろぎが調和する貴族の宮廷空間へ誘ってくれることでしょう。

と記されている。

 この展示の中で、「ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)、クラーナハ(父)を含む、北方ルネサンス、バロック、ロココを中心とする油彩画」に惹かれて見学してきた。
 全体は7つのコーナーに分かれ、第1章「リヒテンシュタイン侯爵家の歴史と貴族の生活」、第2章「宗教画」、第3章「神話画・歴史画」、第4章「磁器-西洋と東洋の出会い」、第5章「風景画」、第6章「風景画」、第7章「花の静物画」という構成であった。

 特に第2章「宗教画」、第3章「神話画・歴史画」、第6章「風景画」には惹かれる作品が数多くあった。また第4章「磁器-西洋と東洋の出会い」は刺激ある作品が多く展示されていた。   (続く)


明日は「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」

2019年11月22日 23時33分10秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 19時以降、布団にもぐり込んで気持ちよく寝ていた。その間も雨は止まずに降り続いていたらしい。雨の音で目が覚めた。
 終日20ミリくらいの雨が降っていた。今は5ミリ程度の雨になっている。少しはおさまりつつある、と判断していいのだろうか。明日の予報も雨。少しくらい雨が止むことはあるのだろうか。

 明日は午前中から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」を見に行く。私には似つかわしくない展覧会とは思うが、解説付きでお誘いを受けた。解説付きということは、私の知らない視点も教わると思うので参加を申し込んだ。
 調度品の展示だけならば行かなかったかもしれないが、クラーナハの「聖バルバラ」、ルーベンスとその工房の「ペルセウスとアンドロメダ」、ヤン・ブリューゲル(父)の「市場への道」なども展示されているとのことである。
 さらに陶器に見るものがあるのかもしれない。

    


いよいよ冬らしくなってきた

2019年11月22日 20時52分31秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 15時に昼呑みは終了。雨の中を傘を差しながらプラプラと歩いて帰宅。かなり強く降っていた。いろいろと楽しく会話を重ねることができた。いつものお誘い、感謝。

 本日の気温は昨晩0時過ぎの11.5℃と表示されたまま。昼間は10℃もなかったかもしれない。本日より妻がタンスから冬物のセーターを出してくれた。

 いよいよ冬本番といったところか。冬と夏、ともに1年の気温の極大・極小の時期が私の好きな季節である。この感覚はなかなか他人には伝わらない、そして自分自身もこの感覚の根拠がわからない。

 人とは違っている自分に気がついたのは10歳前後だったと思う。それから60年近く、変わり者の少年もあと一年半ちょっとで古稀を迎える。


3時に作業は終了

2019年11月22日 09時38分26秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 眠くて目が開かないが、10時立ち合いのために8時半過ぎに起きた。雨が降っている。立ち合いが出来るのかと心配はしているが、中止の連絡はないので、決行と思われる。
 最高気温の予報は12℃、厚手のコートで出かけることになりそう。

 昨晩、思ったよりは早くに、なんとか思いどおりの印刷ができるような設定に変えることができた。校正をしてもらうために2部を試しに印刷・製本してみた。
 A4二つ折り6枚で24ページの薄いパンフレットである。表紙は厚口で茶色の紙、中の紙はまだコピー用紙であるが、校正が完了したら中厚口にする予定。右綴であるので、左側を少し表紙の大きさに合わせて裁断しないといけない。とりあえず50部作成するので、印刷・綴じ・裁断をすると半日以上はかかりそうである。
 その前に校正でそれなりの訂正・手直しを指摘されそうである。

 医者から処方された睡眠導入剤を1/4錠服用して就寝。小さな小粒の錠剤を1/4にするのはなかなか面倒だが、これで十分。今月は2回目。
 処方した病院にももう処方した記録が残っいないと思われるほど昔のものである。10年は経つだろうか。別に悪くはなっていないと思う。


思いどおりの印刷めざして・・・・

2019年11月21日 23時30分09秒 | 読書

 夜のウォーキングから帰宅。1時間近く歩いてきた。

 歩きながらいろいろと考えてみた。これよりプリンターで予定通りの印刷ができるよう、書式の変更に挑戦してみる予定。果たしてあと2時間が3時間で完成するであろうか。試してみる価値はあると思われる。

 明日は10時から団地の諮問委員会の事前の打ち合わせと現場での立ち合い。その後役所の先輩と近くの駅の傍で昼食会という名の昼飲み。
 「わたくし流俳句のの読み方・詠み方」の校正をお願いするので、それまでに書式の変更が出来上がればうれしい。

 しかしすでに目がショボショボしてきた。

 


印刷設定で立ち往生

2019年11月21日 22時03分20秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 退職者会の作品展で配布する「わたくし流俳句のの読み方・詠み方」の原稿はほぼ出来上がった。後は友人に校正をお願いするだけになった。思ったよりも時間がかかったのは、印刷の設定がうまくいかなかったこと。

 A4二つ折りにして中をホチキス止めにしたかったのだが、その設定がうまくいかず、A5の両面印刷にせざるを得なくなった。これだと製本の段階で右横にホチキスの針が来るので、針が隠れない。その上開いた時に折り目が出来てきれいに開かない。

 プリンターの印刷設定がうまくいかないのは、あきらめざるを得ないのだろうか。
 丸々1日かけてページのレイアウトを変更するならば、可能だがその気力までは湧かない。
 他に簡便な方法で変更が出来ればいいのだが、果たしてそんな方法があるのだろうか。

 悩みどころである。