Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

悩みどころ

2021年09月20日 23時17分06秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 俳句の清書は完了。いざ印刷するといろいろと不具合が出てくる。字体を再度統一したり、改行を変更したり、いろいろと迷ってしまう。どうにか、まとめてみた。
 写真も10枚を組み写真として使うことにした。

 俳句は明日印刷したものを組合の会館に持参。写真も10枚をはる台紙を有隣堂で購入の上、組合に出向いて貼り付けることにした。
 これで私の出展作は終了。

 あと残るのは、退職者会活動を撮影した写真を展示する作業。一枚一枚現像して貼り付けるのは作業量としても膨大になる。いろいろと悩みどころである。まずはどのくらいの写真があるか、を考えてからいい解決策を考えることにしたい。

 無関係な人からみれば、多分どうでもいいことに悩んでいる、ということだと思う。だが、このどうでもいいことが、その集団・当該組織にとってはなかなか重大なことなのである。「小中学校のクラス運営のようなもの」なのかもしれない。それぞれの老人会にも、それぞれの成り立ちに合わせた集団性がある、ということなのだ。

 


明日は中秋の名月だが‥

2021年09月20日 21時31分46秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 夕方帰宅後、俳句の聖書の前の最後のチェック。このブログにアップしたものを再度訂正したり、並べ替えたりした。あとは和紙に印刷するばかりとした。
 現像した写真もこれから選別。並べ替えなどをしてチェック。こちらはもう少し時間を掛けられそう。
 幾枚かの写真はもう一度現像し直しが必要かもしれない。



 明日は十五夜&満月、中秋の名月だが、曇の予報。本日は木星と並んで美しい。すぐ右側の少し下に土星、真下にはみなみのうお座の1等星、フォーマルハウトがみなとみらい地区の明るいビルの上にかろうじて見える。
 我が家のベランダからはケヤキを挟んで左右に小望月の月と木星が相対している。スマホを手摺に押し付けて固定したつもりだが、それでもブレている。


秋の陽射しに和む

2021年09月20日 10時56分12秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 昨日に続いて気持ちの良い秋の日和。これから横浜の南部方面に出かけるが、久しぶりに「大岡信 架橋する詩人」をリュックに入れた。地下鉄とJRに乗る時間は併せて20分程度。乗り換えも含めるとじっくり読む時間は少ない。
 帰りは最寄駅からバスを使って帰宅する予定。出かける時よりも時間がかかるが、「敬老パス」の有効活用を妻に「強く申し渡され」ている。読書には有効な時間でもある。

 横浜駅に戻ってコーヒータイムも悪くない。昨日の写真の現像は、久しぶりに自動の現像機械を利用する。
 


本日の作業は終了

2021年09月19日 22時55分14秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日の作業はこれまで。読書タイムは確保できなかったうえに、すでに目が疲れて読書は今夜は無理の状態である。

 明日の夕方には、まとめた写真を現像してみることにした。その出来栄えを見て、再度どれを組み写真として利用するか、判断。
 たいしたものではないことは承知をしているが、出展を約束してしまったので、枯れ木も山の賑わいである。


明日も秋晴れだが‥

2021年09月19日 21時27分39秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

         

 明日は昼前から退職者会の所用があり、夕方まで作業がある。本日と同じような天気らしく、せっかくの秋らしい天気なのに残念である。
 もともとの予定は、作品展に出展するように頼まれていた、「退職者会のこの1年」の写真を整理する予定でいたのだが、その作業は明後日以降にせざるを得なくなった。致し方のない。
 明後日は歯医者の予約、仮の歯を入れることになっている。手前の歯を少し削るということで、麻酔を打つらしい。

 


台風一過

2021年09月19日 19時57分20秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

                  

 11時過ぎには強風波浪注意報が解除となり、すべての警報・注意報が解除された。空には雲一つ見当たらない。台風一過と呼ぶにふさわしい気持ちのよい天気となった。湿度も低く、洗濯物もよく乾いたようだ。
 11時半前に家を出て、10月中旬の労働組合の退職者会の作品展に出展する写真を撮影に出かけた。
 年々腕が落ちていく自覚がある。センスのないこともまた悲しい。致し方のないことであるが‥。教えてくれた人に申し訳ないと思う。


雷恐怖症

2021年09月18日 23時30分28秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 警報は解除され、現在は大雨・強風・波浪・雷注意報。私にとっては海辺には住んでいないので、波浪注意報は心配はしていない。
 現在の天気の状況からは雷注意報が私には一番怖い。何しろ以前に北アルプスで局地的なひどい雨と雷に襲われ、恐怖を味わったことがある。また退職してから雷がなっているときにベランダに出た途端に、団地の隣のマンションのどこかに落雷があったようで、弾き飛ばされるように部屋の中に飛びのいたことがある。すっかり雷恐怖症である。
 むろんどの注意報に対しても警戒しなくてはいけないのは分かっているが、雷は避けようがない。車の中や、店の中に逃げ込むしか避けようがない。しかも事前には分からない。音がしたら家のなかから出ないこと、大きな店の中に逃げ込んでおくことなどを心がけるしかない。

 笑われることがあるが、そんなことは気にしてられない。お臍を取られるならまだしも‥、それも嫌である。昔近所の人に教わったのは、雷が鳴ると急に気温が下がり、裸で寝ているとお腹をこわしたり、風邪をひくことを諫めるために「お臍を取られる」と言ったとのことである。風邪をひいたり、下痢をするくらいならいいのだが、雷の直撃は勘弁してほしい。
 


雨の音を聞きながら‥

2021年09月18日 21時49分53秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 台風14号は温帯低気圧になった。しかし、雨は夕方にいったん止んだものの再び降り始め、今は本降り。レーダーの画像を見ると日付が代わるころまで降り続くようだ。強い雨の区域もすぐ近くを移動している。
 横浜には継続して、大雨(土砂災害)警報、強風・波浪・雷注意報が出ている。洪水警報は解除されている。今のところ横浜市域で被害の情報はない。
 明日の明け方には雨は上がるという天気予報を信じたいものである。

 さて、雨の音を聞きながら、気分は落ち込んでいる。自民党の総裁選挙が喧しい。しかもひどいものである。1945年までの日常が戦争状態の日本、そして破滅的な敗北と何百万人もの戦争犠牲者を「敵・味方」双方にもたらした戦争の惨禍の果てに、経緯はどうであれ、第9条をもつ戦後憲法が根付いてきた76年の歴史を、ひっくり返そうという安倍晋三や高市早苗などが未だにしゃしゃり出ている。戦後の日本の出発点とプラス面が捨象されようとしている。戦後の国際秩序の理念すらかなぐり捨てている。
 憲法とて万能というのではないが、出発時の敬意と、76年の積み重ねの経緯を捨象して語ることは許されることではない。憲法の条文だけでなく、最高裁や国会の憲法判断、すべてに私は合意をするつもりはないが、それでもそれにいたった経緯を踏まえない批判は許されないものである。しかし最近の自民党、そしてそれを無批判に報道するマスコミに私は大きな違和感を持っている。この違和感は大切にしたいと思っている。
 しかも知性のかけらすら見当たらない。説得や論争にならない決めつけで物事が決まっていく。私はどうしても今の自民党の政治思考が、アジア的な専制との親和性に限りなく近づいていると判断せざるを得ない。現状と将来に対してとても悲観的である。こんな貧困な政治がまかり通るようになってしまった原因を探り続けたい。


今年の俳句 12句

2021年09月18日 16時08分29秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 台風14号で外出を控えている本日、10月の中旬に退職者会の「作品展」に出す俳句12句を選んでみた。外部に発表していなだけに人に揉まれていない。客観的な評価はないので、あくまでも自己満足の世界に浸ってしまっている句、とあらためて思った次第である。

★階(きざはし)を喘ぎ登りて冬オリオン
 十回目の三・一一迎えて回想二句
★叫びても祈りてもただ雪地裂ける
★海裂けて陸奥の無骨な冬停まる
★梅雨雲の黒々と寄せ腑の病める
★めじろ来て輪廻の速さを啄(ついば)みぬ
★空蝉の丸さ極まり背の裂ける
★ご詠歌のゆらゆらとして木下闇
★夏蝶の寄りて纏わる杖と老い
★棚朽ちてふいご祭りの鉄匂う
★紅を差す地蔵に枯れ野の道を聞く
★木守柿途方にくるる重みかな
★穂のすすき夕陽の透けて人過ぎる

 作品展には、幾枚かの写真、ならびに退職者会のこの1年の取組の写真の二組も展示予定だが、間に合わせるのが大変である。


台風14号の雨

2021年09月18日 09時57分33秒 | 天気と自然災害

 横浜市域では、現在は大雨(浸水害)・洪水警報、大雨(土砂災害)・強風・波浪・雷注意報が出ている。
 深夜2時頃に強い雨の区域が通過した模様である。寝ていて目が覚めたほどであった。明け方近くにも1時間換算で80mmを超える雨の区域が私が住んでいる地域を通過していった。その瞬間は短時間であったが、室内にいても窓を通して空からの強い圧迫感があった。
 鶴見川では8時前に「避難判断水位」を短時間ではあるが超えた地点がある。今は水位は通常の水位に戻っているようだ。都市河川は水位の上下が大きい。短時間の豪雨でも一気に水位が上昇する。気を付けたいものである。

 10時直前になって再び雨が強くなってきた。横浜市から再び豪雨のお知らせ情報が届いた。本日はこのような雨が断続的に続くのであろう。風はまだそれほどではない。外出するのはひかえたい。


台風への「備え」ともいえない備え

2021年09月17日 23時35分10秒 | 天気と自然災害

 先ほどから細かい雨が降り出した。夜の散歩はわずか5分で切り上げた。
 今晩から風も強くなる可能性もあり、ベランダの鉢植えやさまざまな物が風に飛ばされないようにした。朝顔の鉢などはすぐに倒れそうなので室内に。大きめの如雨露にも水を満たして重くしたり、箒などは室外の裏に隠した。スマホ用の充電器も充電。浴槽には半分ほどお湯が入っているので便所用の水は足りている。
 とり合えずしなくてはいけない準備はこの程度。高台なので水に浸かる心配はない。敢えていえば風だけである。昔の公団の住宅なので雨戸に相当するものはない。かといってガラス戸に飛散防止措置を講じてもいない。厚い室内カーテンだけが頼りである。

 現在横浜には雷注意報が出ている。雨・風に関する注意報・警報はない。
 


栗ご飯と秋刀魚

2021年09月17日 22時46分02秒 | 料理関連&お酒

 一昨日の夜は妻が好きな栗ご飯であった。それもいつもより多めにつくっていた。本日もそれを温かくして賞味できた。
 秋はいろいろな具材で炊き込みご飯ができる。きのこは種類ごとに作ったほうがいい。栗は細かく砕いた栗がいい。零余子、銀杏の炊き込みご飯も食べたい。
 実は学生時代に、秋刀魚を大量に安く購入した。魚屋さんが、指をくわえて秋刀魚を見ている私を哀れに思ってくれたのか、薄いが大きめのビニール袋にぎゅうぎゅうに詰めてくれて、50円位で譲ってくれた。秋刀魚自体は小さめだったが、今年見る秋刀魚よりは太っていた。
 小さな冷蔵庫の冷凍室に入りきらないほどで、もっとも小さい脂があまりのっていない秋刀魚の内臓を取って、1尾をまるごと2合の米で炊いてみた。軽く醤油を入れ、生姜の千切りと昆布片を入れて炊いたのだが、これが実に美味しかった。しかし妻にそのときのおいしかったことを幾度も言ってもつくってくれない。私が再現しようとしても台所を使わせてもらえない。拒否されている。

 今年の秋刀魚はやせ細って、いかにも脂ののりがない。炊き込みご飯にはちょうどいいのだが、今年も私の口には入らないのが悲しい。
 もっとも20歳前後の時の舌には合っても、この歳では少々くどいご飯なのかもしれない。
 それにしても今年の秋刀魚は出始めとはいえ、哀れでしかも高いのだそうだ。塩焼きにするにもあまりに寂しい姿である。煙もたたないのではないか、と余計な心配をしている。

 


台風14号

2021年09月17日 21時23分12秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 今晩から台風14号の影響で雨が降るとの予報である。降る前に夜の散歩をしたいが、雨が降る前に戻らなくてはいけない。少々面倒でもある。

 本日は横浜駅の地下街にある有隣堂で、推理小説の立ち読み。しかし途中で止めた。手に取ったのが運の尽き、推理小説のコーナーに行ったのがそもそもの間違いだったと思うことにした。立ち読みを勝手にして、文句をいわれたくないと書店では怒るであろう。確かに図々しい。
 しかし隣には赤川次郎の推理小説があり、帯には「政治が国民に平然と嘘をつくご時世だが、こんな時代だからこそ‥」と記されていた。思わず、手帳に写してしまった。単純な反応に自分でも少々恥ずかしかった。
 初めから中公新書か岩波新書のコーナーで立ち読みをしてみれば良かったと、いたく反省中。

 明日は夜にオンラインのクラシック音楽鑑賞会が予定されている。それ以外の予定はない。明日は終日台風14号の雨と風。家に引きこもらざるを得ないかもしれない。
 少しずつ読書の再開をしたいものである。


久しぶりにみなとみらい地区へ

2021年09月17日 20時27分50秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

   

 朝は心配したほどには筋肉の硬直は少なかった。いつもより楽な起床時の体調に安堵。それでも筋肉の張りが消えたと思うまでには30分ほどを要した。
 11時ちょうどに組合の会館に到着したが、作業自体は早めに終了していた。打合せと情報交換を行ってから、行動予定をあらためていくつか組んで本日の予定は終了。
 昼食には久しぶりに「タンメン」を注文。しかし量が多すぎて、麺と具材は2割、スープは8割以上残してしまった。体重は増えているのに、胃はとても小さくなっている。

 桜木町駅からランドマークタワーや横浜美術館前をとおり新高島駅までゆっくりと歩いた。2年ほど前までは週に3回は歩いていたところ。神大の市民向け講座がコロナ禍で教室での開催がなくなってから、そして横浜美術館が工事中となってから、すっかりご無沙汰である。途中の喫茶店で一服。横浜駅まで歩きたい気持ちもあったが、ぎっくり腰の回復過程であるので無理は禁物。少し自信をつけただけで満足することにした。

 しかし蒸し暑かった。少し歩いただけで、頭の天辺から、背中から、そしてマスクの下の顔から汗が吹き出て不快そのものであった。


軽い屈伸運動と夜の散歩

2021年09月16日 22時54分36秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 これより夜の散歩。本当はウォーキングとしたいところだが、まだぎっくり腰が心配である。15分ほどゆっくりと団地の周囲を歩いてみたい。
 夜に無理をすると間違いなく朝はさらに厳しくなる。

 明日は10時過ぎに家を出るので、それまでには起床時に硬直している筋肉は戻しておかないとまずい。いつものように午後に出かける場合ならば、それほど心配はないが、午前中に良くなっていないと、再び杖が必要になるほどの痛みが出てぶり返しては困る。
 しかも先ほどちょっとした柔軟体操をした。軽く前屈したときに、少し痛みが走ったので、その時点で柔軟体操は中止した。これが寝ている間に解消してくれれば問題はないのだが、朝の筋肉の硬直がひどくなっていないか、ちょっと不安である。

【追記】夜の散歩は空を見上げて、月を西の空に探したが、全天厚い雲に覆われてしまっていた。ほんのりと月の光が漏れるような状態ではなかった。そればかりか、弱いながら雨が降り出してきた。慌てて帰宅。