名探偵といえば、多くの人がホームズと言うだろう。
このように、シャーロック・ホームズは、探偵の元祖にして、いまだにスーパースターである。
ホームズシリーズの楽しみ方は、探偵としてのホームズの魅力や推理自体を楽しむ他に、遠いイギリスの、しかも100年以上昔の風物や風俗を知ることにもある。
何しろ、ホームズはハンサムという二輪馬車で移動するのだ。
日本の探偵もので、ホームズシリーズに匹敵するものとして、私は岡本綺堂の「半七捕物帳」を挙げたい。
事実、綺堂はホームズにヒントを得て、これを書いている。
一話完結の短編小説であることも、ホームズシリーズと同じである。
物語は、若い「わたし」(綺堂自身)が、明治20年代から30年代頃、老人となった半七から、岡っ引きとして活躍した捕物の話を聞く、という体裁となっている(実際の執筆は大正6年以降)。
ワトソンがホームズの事件簿を書くのと似ている。
最後に、半七が「わたし」になぞ解きを言って聞かせるという構成は、ホームズがワトソンになぞ解きをするのと同じである。
半七捕物帳の楽しみ方は、推理を楽しむ以外に、江戸時代末期の江戸の地理、歴史、風物、風俗を知ることにある。
岡本綺堂は明治5年生まれだから、物心ついた時にはまだ江戸の名残が残っており、周りには江戸時代を知る人がたくさんいた。
このため、まるで綺堂がその時代に生きていたかのように、生き生きと詳細に江戸時代を描いている。
江戸時代考証の貴重な資料でもある。
ホームズも半七も犯罪がテーマだから、ユーモアとは異なるが、少しユーモアが感じられる作品もある。
ホームズシリーズに「赤毛組合」というのがある。
見事な赤毛の人しか入れない赤毛組合というのがあり、ある赤毛の男が勧誘され、事務所に詰めて百科事典を書き写すという簡単な仕事で高給がもらえる。
だが、赤毛組合というのは真っ赤な嘘で、ある目的のために男に家を空けさせることだった。
半七捕物帳に「廻り灯籠」という作品がある。
普通は岡っ引きが犯罪者を追いかけるものだが、この作品は逆に犯罪者が岡っ引きを追いかけ、岡っ引きが逃げるという話である。
人間は追いかけているようで、逆に追いかけられるというのを、半七が廻り灯籠に例えて話をする。
それにしても、今も昔も、犯罪の動機の多くが欲やうらみであり、人間はこれらの煩悩から逃れられないものだと思うことである。