うーん、都市伝説おもしろいなあ。それがどういう背景で成立したのかを考えるのかは、いわゆる「偽史」の成立を考察するのと同じで非常に興味深い。かつてなら、宗教や民間信仰の一環として成立し取り入れられていたものが、既存の組織・思想と結びつかずに、しかしある程度の支持層を獲得しているものをそう呼ぶようになった、というところだろうか。
そこに政治性が加わると陰謀論になるわけだが、今日ではネットという拡散ツールがあり、かつ情報が溢れていて島宇宙化もしやすいために、より強い感染力と生存力を持ってしまっていることが見逃せない(まあ政治のトップが「オルタナティブファクト」とか言ってる時点でお察しなのだが)。
私達が完全情報を知りえない以上、陰謀論が成立することは原理的に避けられないのだが、根底には「神の罰」や12世紀ルネサンス、マルクス主義などと同様に、原因不明ないし曖昧模糊としたものを「明快な」論理で説明しきれる・説明しきりたいという半ば宗教的欲望があるように思われる(だから、反証よりも都合よく説明できる断片にだけ注目し、それを繋ぎ合わせるということが行われるのだ)。
その成立を嗤うのは簡単だが、このような動きは今後流動化の不安の中で促進されることはあっても、止まることはないだろう。その意味でも、その成立の構造をこそ教育現場で教える必要がある(=リテラシー教育の一環)と思うのだがどうだろうか。
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