所属するライバーが(実際には政治的立場を表明するような文脈では全くなかったのだが)台湾を固有の領土と認めるような発言をしたとして中国の一部ユーザー(?)が反発し、bilibili動画が炎上してそのチャンネルがbanされるという現象が起きたことを受け、hololiveを運営するcover社は台湾を中華人民共和国の一部だとする中国のスタンスを支持する表明を出し、物議を醸しているようだ。
正直なところ、私はこの会社のモラルに微塵も期待はしていなかった。6月に任天堂の無許諾配信が問題になった後、正式に協定を取り交わすまでの間も件の動画群を垂れ流し、そして他の会社のゲームについてもCAPCOMから著作権違反の申請があって初めて、しかも過去のゲームに絡む動画を全削除するという「荒業」をやってのけたのであり、どういうマインドをもった組織であるかは火を見るより明らかだったからだ。
その意味では、今回の騒動が起こった際にcover社がすぐさま中国におもねる表明をしたことには何の驚きもない(なお、私の中国に関する見解の一端は「大澤昇平の発言と日中外交:戦略的コミュニケーションの欠落」などで述べた通りであり、cover社の見解を支持するつもりは全くない。ただ、一企業人としては対応の仕方に理解できる部分もある)。(hololive Chinaもあるから当然だが)中国版You Tubeであるbilibiliにおける収益も大きく、日本のVtuberでも例えば湊あくあなどはここでかなり稼いでいることがアナリティクスからわかる。つまり、bilibiliでbanされるということは、hololive Chinaの活動は無論のこと、日本を主軸とするVtuberにとっても大きな収益減となりうるわけで、それは会社として看過できないことは容易に予測できるからだ(書き方的に契約したライバーのためと見えるかもしれないが、いわゆる「投げ銭」にあたるものはライバーと会社の折半だったりするので会社の利益にも直結する)。
今回の騒動の発端となった「台湾」発言に、どの程度の数の人間が反発したのか私は詳らかには知らない(まして、そこにどの程度政府の思惑が影響しているかについての正確な情報は不明である)。しかしながら、2016年から2017年にかけて韓国がTHAADを導入しようとした際、中国は「禁韓令」と呼ばれる経済的報告を行ってその経済に大きな打撃を与え、政策を捻じ曲げさせようとしたことは記憶に新しい(これが地政学的な理由に基づくものであることに異論はないだろう)。まして今は、米中貿易戦争(例えばHUAWEIやTikTokなどへの対応を想起)も絡まりつつ香港やウイグル、さらに尖閣問題の再燃と、特に領土に関する緊張感はいつも以上に増している状況なのだ(キズナアイが「台湾」に関する発言をして問題になったのは約1年前だが、その時よりも状況は悪化している)。それを踏まえれば、今回の反発は予測して然るべきであろう。
私が呆れているのは、かかる状況にもかかわらず、cover社がそれに対するリスクマネージメントを事前に行った形跡がないことである。なるほど日本国内だけを対象にした動画がたまたまバズって、中国でも注目された結果このようになった、というのならまだわかる。しかし、繰り返すがcover社にはhololive Chinaやhololive Indonesiaがすでに存在しており(インドネシアも領土的問題や民族問題、宗教問題など相当色々センシティブな問題を抱えている)、加えてhololive ENが先ごろ発足して海外展開を急速に拡大せんとした状況だったのだ。
かかる状態において、「台湾」と述べれば中国側の反発を招き、かと言ってそれを元に「中国台湾」と中国側の立場を認めれば、主に西側諸国(つまりはhololive ENが今後顧客を拡大していきたい地域)の反発を招くことは容易に予想できたはずである(前述のように、キズナアイの「炎上」という先例もあったわけで、それを教訓とする意識が薄弱だったとしか思えない)。要するに、自らの立場や正当性を表明して「戦う」気がないのなら、「始めからそれを話題として徹底排除するのが正しいリスクマネージメントであり、戦略的コミュニケーションのあり方」ということになる。
にもかかわらず、そういったガイドラインを作ることなく、ひとたび「問題」が生じたら、政治的発言として「台湾」という言葉を使ったわけでもないライバーを謹慎処分にして火消しを図るというのは、リスクマネージメントのリの字もできていない組織と断じざるをえない。
cover社の急速な拡大とその運営上の問題点の多さをもって、私はこの組織が一年以内に大きな問題を引き起こすのではないか、ぐらいに思っていたが、このような体たらくであれば、もっと早い段階で致命的なミスを犯す可能性は十分にありそうだ(ただし、念のため付言しておくと、先の無許諾ゲーム動画配信問題でも、今回の「台湾」を巡る立場表明でも、目に見える大きな影響はまだ生じてはいないことも確かで、このことが上層部の外部拡大>内部充実という発想につながっているのであろう)。
いずれにしても、You Tubeなどの動画コンテンツは自動翻訳の発達などに伴いさらにボーダーレス化が進んでいくであろうから、今回の案件はリスクマネージメント上の他山の石として記憶にとどめるべきことだと思うのである。
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