ぱたりと止まったイノシシの猛攻は畑を荒野に戻してしまった。とりあえず、倒されて放置されていたピーマン・シシトウ・甘長トウガラシの苗を植え直す。再びの来襲に備えて、竹支柱の残骸でまわりを保守する。目くらましの術だが効果はわからない。
次に、新しい竹支柱で周りを囲みネットで保護する。この程度ではかんたんに突破されることはわかってはいるが、まずはの応急処理である。最近はシカも来るので上からの防御も必要になってくる。パプリカも実が着きはじめているが果たして色づくのだろうか心配ではある。まずは、生きている野菜の立て直しに力を注ぐことから始める。
イノシシ被害の戦後処理は今もって終わらない。イノシシが住める森づくりをしなければこの攻防は終わらない。被害だけが強調されるのはそれはそうだが、太平洋戦争の被害と同じで、日本は被害者ではない。加害者であったことを認めたくない風潮が今もって支配する。官も民も軍も一体となって戦争遂行をした責任はどこへ消えたのだろうか。責任を取りたくない軍部の体質は、戦後の今の政治・行政・国民・マスコミすべてに浸透している。つまり、責任の所在を考える思考を停止しお笑い芸人のチャンネルに脳髄を漬けこんでいるわけだ。
イノシシも「俺たちの森を返せ」と狼藉テロを働いているのに違いない。だからオイラは不満をいいながらも炎天下で粛々と戦後処理をしているってわけなのだ。森を市場化して森を破壊した林野庁はいまだに軌道修正できないでいる。CWニコルの森づくりの意味が日本の中枢に伝わらない。