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映画『朝が来る』を見たいと思ったのは、
やはり、河瀬直美監督作品だということが第一に挙げられる。
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しかも、
オリジナル作品が多い監督であるのに、
直木賞、本屋大賞受賞作家・辻村深月のヒューマンミステリー小説が原作で、
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長い不妊治療を経て子供に恵まれず特別養子縁組という手段を選択した夫妻と、
中学生で妊娠しやむを得ず子供を手放した幼い母の、
それぞれの葛藤と人生を描いた物語……というのが、私を一層惹きつけた。
カンヌ国際映画祭で数々の賞を受賞し、
コンペティション部門の審査員にも選出され、
フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を日本人女性映画監督として初めて受章するなど、
河瀬直美監督には“映画界の純文学作家”というイメージがあったから、
人気エンターテインメント作品を連発する辻村深月原作の作品で、
河瀬直美監督の資質とどんな化学反応を起こすのか興味があった。
主演は、このブログでも高く評価してきた
『八日目の蝉』(2011年)や『四十九日のレシピ』(2013年)などの永作博美。
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同じく、
『三度目の殺人』(2017年)、『友罪』(2018年)、『いちごの唄』(2019年)、『星の子』(2020年)などのレビューで私が“才能ある女優”と評価し続けてきた蒔田彩珠も重要な役でキャスティングされている。
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〈河瀬直美監督と永作博美と蒔田彩珠との組み合わせで、そんな作品が生まれるのか……〉
期待に胸をふくらませながら、
公開直後に映画館に駆けつけたのだった。
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一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)の夫婦は、
「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れる。
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それから6年、
夫婦は朝斗と名付けた息子(佐藤令旺)の成長を見守る幸せな日々を送っていた。
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ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、
「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」
という電話がかかってくる。
当時14歳だったひかり(蒔田彩珠)とは一度だけ会ったが、
生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。
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渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。
いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか……
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「特別養子縁組」とか「赤ちゃん取り違え」とか、
特別な事情のある親子関係を題材にした映画はありふれているし、
問題が切実なだけに、
国際的な映画賞に出品される作品にも、この手の作品は多い。
なので、
〈是枝裕和監督作品『そして父になる』の二番煎じのような作品だったら……〉
という心配もあった。
映画を見る前は、139分という上映時間の長さにも恐れをなしていた。
〈思わせぶりな芸術性を重んじたシーンばかりで退屈するのではないか……〉
と。
だが、いずれも杞憂であった。
映画を見始めるとラストまであっと言う間で、
これほど興味深く、面白く見たのは、河瀬直美監督作品では初めてであったかもしれない。
これまでの作品では、芸術的に優れてはいても、ここまで面白く観賞した作品はなかったような気がする。
面白くて、感動させて、考えさせる……
エンターテインメント性と芸術性が合致し、
見事な作品になっていたと思う。
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いつもは脚本も一人で担当する河瀨直美監督であるが、
今回の『朝が来る』では、共同脚本として髙橋泉が名を連ねている。
『ソラニン』(2010年/三木孝浩監督)、
『100回泣くこと』(2013年/廣木隆一監督)、
『坂道のアポロン』(2018年/三木孝浩監督)、
『ひとよ』(2019年/白石和彌監督)
などの脚本で知られ、
共同脚本作品としても、
『凶悪』(2013年/白石和彌監督)、
『ミュージアム』(2016年/大友啓史監督)
などがある優れた脚本家(監督でもある)だ。
本作『朝が来る』がここまでエンターテインメント性が加味された面白い作品になっているは、
髙橋泉が共同脚本として参加していることが大きかったと思われる。
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優れた脚本と、
河瀬直美監督の独自の演出法が融合し、
傑作が生まれたのだ。
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永作博美が、『サワコの朝』に出演したときに、
河瀬直美監督の演出方法に驚いたことを語っていたが、
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撮影の3か月前から共演する夫役の井浦新や子供たちと何度か生活し、
カメラが回っていないところで、
「誕生日をお祝いしてください」
「部屋を飾りつけてください」
というミッションをこなしつつ、
ご飯を作ったり、子供を幼稚園に連れて行ったりしていたという。
普通は、クランクインして、ある日突然(芝居として)家族になるものだが、
家族になるべく、埋まっていないところを埋める作業から始まったというのだ。
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今まで分からなかったことが、たくさん埋まるんですね。本来ならば、セリフとセリフの間に過去が出てきた場合、それを撮ったとして確実に人生が埋まったとは言えません。ただ今回は、それらを全て埋めてくれる役積みというものがあった。結婚前のデートの話があれば、実際にデートしに行きました。そういったことをきちんと埋めていったら、『役者ってなんだろう?』って思っちゃったんです。この経験はすごくありがたいなと思いながらも、現場に入ってセリフのことを考えるんじゃなくて、佐都子の人生を必死に歩き、決断しなくてはいけない。その現場に立たされて、役者ってなんなんだ? という境地にいきました(笑)(「映画.com」インタビューより)
この“役積み”という演出法を、
「準備に余念がない演出方法だ」
とも語っていたが、
本編を見ても、芝居をしているという感じがまったくなく、
本当の家族がそこにいて、
本当に笑い、
本当に怒り、
本当の涙を流しているようにしか見えなかった。
役を演じているのではなく、
役を生きているとしか思えなかった。
この感覚は、『八日目の蝉』での永作博美を思い出させたし、
本作『朝が来る』でも、『八日目の蝉』と同様、
永作博美が多くの映画賞で主演女優賞を受賞するであろうことを予感させた。
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同様に、蒔田彩珠も多くの映画賞を受賞するであろう。
それほど河瀬直美監督によって女優として進化させられていた。
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私は今まで、撮影スケジュールにあわせて、セリフの準備をしていくことが多かったのですが、河瀬組は当日どのシーンを撮るのかもわからなくて……。役積みの期間からひかりとして生活していって、そこにカメラが入ってくる。私たちは生活をしているだけなので、その日常を撮られている感じでした。(「映画.com」インタビューより)
と語っていたが、
永作博美とのW主演と言ってもおかしくないほどに出演シーンも多いし、
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スクリーンの中で片倉ひかりとして生きていたと思う。
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なので、
栗原清和(井浦新)、佐都子(永作博美)夫婦とひかり(蒔田彩珠)が対峙するシーンには、
緊張感がみなぎっていたし、手に汗握るものがあった。
お互いが“役を積みあって”きてのシーンだったので、
もはや芝居ではなく、朝斗(佐藤令旺)をめぐる心理的な“攻防”であった。
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考えてみるに、
この栗原夫婦とひかりが対峙するシーンに限らず、
本作は最初から最後まで、ピーンと張りつめたある種の緊張感に包まれており、
それは原作が持つミステリー的な要素がそうさせていると思ったが、
そうではなく、
ストーリーに関係なく、
出演者たちから醸し出される緊張感、緊迫感がそうさせているのだと思った。
“役積み”をしてきた出演者それぞれの覚悟がぶつかり合い、
演技ではないドキュメンタリーのようなリアルさがそこに生まれる。
映画鑑賞者もその場に立ち合わされているような気持ちにさせられ、
恐怖感さえ抱かされた。
いやはや、すごい映画を見せられたものだ。
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永作博美、蒔田彩珠ばかりでなく、
佐都子の夫・栗原清和を演じた井浦新、
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栗原夫婦とひかりを引き合わせる浅見静恵を演じた浅田美代子、
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ひかりの母・片倉貴子を演じた中島ひろ子、
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ひかりが働く新聞専売所の所長・浜野剛を演じた利重剛、
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NPO法人「ベビーバトン」でひかりと同室になる女性を演じた山下リオなども、
俳優としてではなく、
役を生きる人として、スクリーンの中に存在していた。
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映画を見ている間は、
私は部外者ではなく、
あらゆるシーンで私もそこに立ち合っていたような気がした。
こういう経験はこれまであまりしたことがなかった。
この稀有な経験を、あなたも、
映画館で、ぜひぜひ。