門脇麦という女優を、ここ数年、
TVドラマやTVCMや映画などで度々見かけるようになり、
その独特の存在感に、強く惹かれるようになった。
NHK連続テレビ小説『まれ』(2015年4月6日~9月26日)では、
ヒロインの希の義理の妹で親友の寺岡(津村)みのり役であったが、
人気が出た土屋太鳳や清水富美加とは、また一味違った魅力があり、
いつの頃からか、
脇役ではない主演の作品(映画)を見たいと思うようになった。
映画では、過去に、
『スクールガール・コンプレックス~放送部篇~』(2013年)
という作品で、森川葵と共にW主演したことがあったが、
単独主演作がまだなかったからだ。
そこへ、今年になって、
「門脇麦の単独主演作」
というふれこみの映画『二重生活』が、
(2016年)6月25日から公開されるという情報が飛び込んできた。
〈これは見なければ……〉
と思ったのだが、
いつものごとく、ていうか、当然のごとく、(笑)
佐賀県での上映館はなく、
先日、福岡県のTジョイ博多で、ようやく見ることができたのであった。
哲学を学んでいる大学院生の白石珠(門脇麦)。
ゲームデザイナーの恋人・鈴木卓也(菅田将暉)と同棲しており、
平凡ながらも穏やかな日々を送っていた。
ところが、そんな毎日は、
担当教授・篠原弘(リリー・フランキー)から、
修士論文の題材に「哲学的尾行」の実践をもちかけられたことで一変する。
それは、無作為に選んだ対象を追う、いわば「理由なき尾行」。
半信半疑ではじめた隣人・石坂志郎(長谷川博己)への尾行だったが、
彼の秘密が明らかになっていくにつれ、
珠は異常なほどの胸の高まりを感じ、
やがて、その禁断の行為にのめり込んでいく……
原作は、
フランスの女性アーティスト、ソフィ・カレの『本当の話』から着想を得た直木賞作家・小池真理子が執筆した長篇小説『二重生活』(2012年刊)。
この原作を、
ドラマ「ラジオ」で文化庁芸術祭大賞を受賞するなど、数多くのドラマやテレビ番組を手がける岸善幸が大胆に脚色し、映画化した。
岸善幸の、監督としての劇場デビュー作でもある。
映画を見た私の素直な感想はというと……
ドキュメンタリータッチの映画で、
なんだかワクワクしながら楽しんで見ることができ、
門脇麦の魅力がギュッと濃縮された作品だと思った。
岩井俊二監督作品で、黒木華主演の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を見たときと同じような感慨を覚えた。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』のレビューで、
私は次のように記している。
これは私が感じた印象であるが、
映画の9割は黒木華がスクリーンに映っていたような気がする。
それほど、岩井俊二監督は、黒木華を、
あらゆる場面で、あらゆる角度から撮っている。
まるで、黒木華のPVのようでもある。
ちょっと失礼な言い方になるかもしれないが、
黒木華は完璧な美人ではない。
美人は美人なのだが、
完璧に顔が整った美人ではない。
だからこその魅力が、黒木華にはある。
この例に倣えば、
以下のように言い直すことができよう。
これは私が感じた印象であるが、
映画の9割は門脇麦がスクリーンに映っていたような気がする。
それほど、岸善幸監督は、門脇麦を、
あらゆる場面で、あらゆる角度から撮っている。
まるで、門脇麦のPVのようでもある。
ちょっと失礼な言い方になるかもしれないが、
門脇麦は完璧な美人ではない。
美人は美人なのだが、
完璧に顔が整った美人ではない。
だからこその魅力が、門脇麦にはある。
「映画の9割は門脇麦がスクリーンに映っていたような気がする」
とは、私の印象で、
当然そんなことはないのだが、
岸善幸監督は、見る者に、それほどの印象を与えるほどに、
門脇麦を、丁寧に、魅力的に撮っている。
岩井俊二監督は、黒木華のことを、
想像力の余地がある、ファンが色づけしやすいってありますよね。完全に顔が出来上がっていると、こちらから介入のしようがない。でも何かちょっと足りないとそれを補完することで、彼女が完成するみたいな。その余地を持ってるタイプの女の子に僕は、惹かれるのかもしれない。(『キネマ旬報』2016年4月上旬号)
と、語っていたが、
門脇麦という女優も、まさにそういう女優ではないかと思った。
白石珠(門脇麦)と同棲しているゲームデザイナーの恋人・鈴木卓也役の菅田将暉は、
『リップヴァンウィンクルの花嫁』における綾野剛のような役回りで、
いくらでも色濃くできる役にもかかわらず、
そうはせずに、
主役の門脇麦を引き立てつつ、
自分の存在感もしっかり示すという演技をしていた。
これだけの人気俳優で、
これだけ多くの作品に出演しているにもかかわらず、
見る者を一向に飽きさせないのは、
そういった細部に気を配った演技をしているからだろうと思った。
白石珠(門脇麦)の担当教授・篠原弘を演じたリリー・フランキー。
私の好きな「俳優」(って言っていいのかどうか分らないが……)なので、
彼の演技も楽しみにしていた。
静かで、哀しみのある演技であったのだが、
所々でクスッと笑えるような独特のユーモアがあり、
「さすがリリー・フランキー!」
と声をかけたくなるような素晴らしさであった。
白石珠(門脇麦)の尾行相手・石坂志郎を演じた長谷川博己。
珠が尾行するうちに、次第に、
謎めいた石坂の正体が判明してくるのだが、
(ここからちょっとネタバレになるけれど……)
恵まれた環境にいながら、愛人もいて、
珠が尾行することによって、微妙に人生を狂わされていくという難しい役を、
こちらもリリー・フランキーと同じく、
可笑しみ、滑稽さを加味しながら演じていて、とても良かった。
その石坂志郎(長谷川博己)の愛人役を演じていたのが、篠原ゆき子。
『共喰い』(2013年)で素晴らしい演技をしていたので、
脇役でありながら強く印象に残っていた女優で、
本作でも出演シーンはそれほど多くはないが、
見る者にインパクトを与える演技をしている。
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)
『渇き。』(2014年)
『深夜食堂』(2015年)
など、ここ数年、出演作品も増えてきているので、
これからも彼女の演技を楽しみに待ちたいと思う。
無作為にひとりの対象を追いかけて生活や行動を記録する「哲学的尾行」は、
実は昔にも話題になったことがあって、
そのきっかけになったのが、
『いちど尾行をしてみたかった』(桝田武宗・1993年7月10日刊)
という本だった。
都市銀行を利用するハイソな小学生の女の子、
お洒落なティー・サロンに入った典型的オバン、
白昼の新宿でディープキスする高校生カップル、
100円玉を握りしめたホームレスの老人など、
普通の人たちを幾多の失敗にもめげず尾行し続け、
都市とそこに生きる人間を見事に描き出したスリル満点の爆笑大傑作であった。
映画『二重生活』は、尾行相手が、
大きな一軒家に住み、美人の奥さんと、可愛い子供がいながら、
実は愛人がいた……
と、やや予定調和的な内容であるのが惜しまれるが、
脚本や撮影方法などに工夫があり、
飽きさせずに最後まで見せ切る力を持っている。
見知らぬ人の後ろ姿を追い、街を遊泳してみると、
見慣れた都市はスリルと緊張感に満ちた怪しげなワンダーランドに変わる。
そんなマジックを、映画館で、ぜひぜひ。