一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』……当たり役、小池栄子の魅力全開……

2020年02月20日 | 映画
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太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」を、
劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(本名・小林一三、通称・KERA)が、


仲村トオル、小池栄子のW主演で、


コメディ『グッドバイ』として戯曲化、演出したのが2015年。


第23回読売演劇大賞で、
最優秀作品賞の他、
小池栄子が最優秀女優賞を、
ケラリーノ・サンドロヴィッチが優秀演出家賞を受賞した。


この傑作舞台『グッドバイ』が、成島出監督によって映画化された。


情けないのになぜかモテるダメ男・田島役に大泉洋、
美貌を隠し我が道を生きるパワフル女・キヌ子には、
舞台版で同役を「当たり役」とした小池栄子。


大泉洋は私の好きな男優で、
これまで、
『アフタースクール』(2008年)
『半分の月がのぼる空』(2010年)
『探偵はBARにいる』(2011年)
『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』(2013年)
『探偵はBARにいる3』(2017年)
『しあわせのパン』(2012年)
『青天の霹靂』(2014年)
『トワイライト ささらさや』(2014年)
『駆込み女と駆出し男』(2015年)
『金メダル男』(2016年
『恋は雨上がりのように』(2018年)
『焼肉ドラゴン』(2018年)
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)
などの出演作のレビューをこのブログに書いてきた。

小池栄子については、
グラビアアイドルから女優に転身した頃は、
私の偏見から、彼女をまったく評価していなかった。
私が彼女を女優として認知した作品は、
2008年に公開された『接吻』においてだった。
この作品での熱演、目力の強さを見て、女優魂が本物であることを確信した。
以降、
『パーマネント野ばら』(2010年)
『人間失格』(2010年)
『八日目の蝉』(2011年)
『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(2011年)
『北のカナリアたち』(2012年)
『草原の椅子』(2013年)
『許されざる者』(2013年)
『彼らが本気で編むときは、』(2017年)
『空飛ぶタイヤ』(2018年)
『記憶にございません!』(2019年)
などの出演作をこのブログでレビューを書いてきた。

なかでも『八日目の蝉』での彼女の演技には感心したし、




小池栄子の初期の代表作だと思っている。


その傑作『八日目の蝉』の監督だったのが成島出で、
成島出監督と小池栄子が久しぶりにタッグを組んだのが、
本日紹介する映画『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』なのである。


大泉洋、小池栄子の他、
水川あさみ、橋本愛、緒川たまき、木村多江など、
魅力的な女優がキャスティングされており、
濱田岳、松重豊ら、個性的な男優陣も顔を揃えている。


脚本は、
小池栄子の出演作『パーマネント野ばら』や『八日目の蝉』などを手掛けた奥寺佐渡子。
私にとっては、もう楽しみしかなく、
公開直後に、映画館に駆けつけたのだった。



戦後の混乱から復興へ向かう昭和のニッポン。
文芸雑誌の編集長・田島周二(大泉洋)は、
優柔不断なくせに、なぜか女にはめっぽうモテる。
気づけば、
花屋の女・青木保子(緒川たまき)や、


挿絵画家の水原ケイ子(橋本愛)や、


女医の大櫛加代(水川あさみ)など、


何人もの愛人を抱え、ほとほと困っていた。
田島には、疎開先・青森で夫の迎えを待つ妻の静江(木村多江)と娘がいて、


その幼い娘から手紙をもらった田島は、
さすがにこのままではまずいと思い、
そろそろまっとうに生きようと、愛人たちと別れる決心をする。
だが、別れを切り出すのは至難の業。
親しい作家の漆山連行(松重豊)から、
「一人の女性を嘘(ニセ)の妻に仕立て上げ、妻に愛人の存在がばれたことにして、別れを告げて回ればいい」
というアドバイスを受けた田島は、


金にがめつく大食いの担ぎ屋・永井キヌ子(小池栄子)に
「嘘(ニセ)の妻を演じてくれ」
と頼み込む。


普段は、気性が荒く、鴉(カラス)声で、泥だらけの顔をしているキヌ子は、
顔を洗って着飾れば、誰もが振り返るイイ女だったのだ。
最初は渋っていたキヌ子であったが、
「金を払うから頼む」
と懇願され、仕方なく引き受ける。
こうして、
気が弱く、優柔不断は田島と、
気が強く、さっぱりとした性格のキヌ子の、
水と油のような二人による“嘘(ニセ)夫婦”の企みが始まったのだった……



のっけから、小池栄子の鴉(カラス)声に驚かされた。
舞台は観ていなかったので、
初めて聴くキヌ子の声(つまり小池栄子の声)に驚嘆した。
濁声というか、訛声というか、
とにかく独特なクセのある声に、心を鷲づかみにされた。
それにしても、よく、あの声を創り上げたものだ。

成島出監督は語る。

原作にも一行、鴉声の女で、声がひどいということが書いてあります。でも、その原作を忘れて舞台を観た時にあの声で喋っていて、それが笑えたし、物凄いキャラクターになっていました。「あの声、どうしたの?」って聞いたら、原作に鴉声って書いてあり、それを作り上げるのに最終的に開演の2日前まで粘ってあの声に至ったと。すごく良かったので、「あの声で最後まで持つかねえ、大変だね」って話をしたんです。
映画を作ることになり、あの声は映画にするとちょっとやり過ぎで、難しいかなというのもあって、本読みの時に一回全部鴉声じゃない普通の声で読んだりもしたんですが、やっぱり全然キヌ子のイメージじゃなくなるんです、不思議なことに。ただ、舞台でやった通りにやると強烈過ぎちゃうんです。だけど、小池栄子さんは映画の経験が多いからよく分かっていて、鴉声は使うことにするけどシーンによってそれをコントロールする。ここは1、次は2、こっちは3とか。シーンの中でも3、次は4、それで1に落とすとか。そういうことでやっていきました。
(「映画ログプラス」インタビュー)

あの声に、違和感や不快感を抱く人もいるかもしれないが、
その違和感や不快感こそが、演者である小池栄子の企みなのだ。
あれが、すっきりとした澄んだ声だったら、面白くもなんともない。
グラビアアイドル出身らしいパワフルボディーから発せられる独特の鴉声は、
奇妙で奇怪でありながら、時に可愛く、時に可憐に思えるから不思議。
舞台でもそうであったように、
映画においても、
小池栄子なくしてこの作品は成立しなかった。
そう断言しても好いほどに、彼女の存在感は圧倒的であった。
2020年の各映画賞でも、最優秀主演女優賞の候補に挙げられることだろう。



文芸雑誌の編集長・田島周二を演じた大泉洋。


舞台では、仲村トオルが演じていたが、
映画では、なぜ大泉洋になったのか?
成島出監督は語る。

この話は強い女たちにグッドバイを言いに行ったら、逆にグッドバイを言われてボコボコにされる男の話なので、ジャック・レモン的なちょっと三枚目というか、昔の名優に例えるとそういうイメージだったんです。映画版の場合はそういう風にしたいなと。

こんな酷い傲慢な男なんだけど、どこかで憎みきれないっていう、昔のハリウッド映画にはそういうのがあったじゃないですか、エルンスト・ルビッチの映画とかビリー・ワイルダーの映画とか。そういうものになればいいなと思った時に、じゃあ、日本で誰がいいだろうと思った時に大泉洋くんだったら出来るかもしれないと思って、台本を送ったら本人も「やりたい!」と言ってくれた、そんな経緯でした。
(「映画ログプラス」インタビュー)

舞台版の田島役・仲村トオルは、二枚目過ぎるし、
身長が185cmもあり、(大泉洋は178cm)
舞台映えはするが、映画では異様に映り、バランスが悪いということもあったらしい。
大泉洋は、成島出監督の言う、
「ジャック・レモン的なちょっと三枚目」
「酷い傲慢な男なんだけど、どこかで憎みきれない」
という男にピッタリだったというワケだ。
シリアスな演技で名をはせる名優は多いが、
コミカルな演技を違和感なく自然に演じることのできる俳優は、それほど多くない。
私の好きな、
『アフタースクール』(2008年)
『探偵はBARにいる』シリーズ(2011年、2013年、2017年)
『青天の霹靂』(2014年)
『駆込み女と駆出し男』(2015年)
『恋は雨上がりのように』(2018年)
『焼肉ドラゴン』(2018年)
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)
などは、
大泉洋の個性なくしては成功しなかった作品である。
本作『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』でも、
キヌ子(小池栄子)とバトルを繰り広げ、
観客から笑いを引き出し、作品を盛り上げる。
盛り上げつつも、スタンドプレイに陥らず、
共演女優を引き立てる演技をするのが彼の真骨頂でもある。


番宣で出演していた某バラエティー番組で、
小池栄子の演技について訊かれ、
「小池栄子さんに全部持っていかれた」
と自虐気味に笑いながら答えていたが、
そういった一歩引いた演技ができるのも、大泉洋という俳優の特長だ。
小池栄子だけでなく、
水川あさみ、橋本愛、緒川たまき、木村多江など、女優たちが魅力的に見えるのも、
彼の共演者を引き立てる演技のお陰と言えるだろう。



映画の舞台設定となっている終戦直後や昭和20年代のことは知らないが、
私が幼少期を過ごした昭和30年代でも、
日本という国には今よりもずっとパワーがあった。
大人たちは積極的に貪欲に行動していたし、
若者たちは怒りを爆発させ、権力にも立ち向かっていた。
今の日本にそれはない。
去勢されてしまったかのように、おとなしく、従順だ。

映画『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』の登場人物は、
誰しも元気だし、パワーがある。
花屋の女・青木保子(緒川たまき)も、


挿絵画家の水原ケイ子(橋本愛)も、


女医の大櫛加代(水川あさみ)も、


田島の妻の静江(木村多江)も、


そっけなくされようが、別れを切り出されようが、
逞しく生きるエネルギーを持っている。
なかでもキヌ子(小池栄子)の持つエネルギーの熱量は凄まじく、
見る者を圧倒するようなパワーがある。


キヌ子を見ているだけで、“生きる力”がもらえるし、元気になる。
本作が公開される意味は、そこにこそあるのかもしれない。
映画館で、ぜひぜひ。

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