一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『福田村事件』 ……ドキュメンタリスト森達也の初の劇映画にして傑作……

2023年09月15日 | 映画


本作『福田村事件』を見たいと思った理由は、二つ。


①ドキュメンタリーディレクターである森達也の初の劇映画であったから。


『A』(1997年)
『A2』(2001年)
『FAKE』(2016年)
『i-新聞記者ドキュメント-』(2019年)
などのドキュメンタリー映画で知られる森達也監督の、
初の劇映画ということで、注目していた。
出演者も、井浦新、田中麗奈、永山瑛太、柄本明、ピエール瀧、水道橋博士、東出昌大、コムアイ、松浦祐也、木竜麻生、向里祐香、豊原功補など、魅力的な俳優が揃っており、
期待できると思った。



➁歴史の闇に葬られていた『福田村事件』が題材であったから。


1923年(大正12年)9月1日に発生した関東地震・関東大震災の混乱の中で、
「朝鮮人や共産主義者が井戸に毒を入れた」というデマが流れ、
それを信じた官憲や自警団などが多数の朝鮮人や共産主義者を虐殺した。
千葉県東葛飾郡福田村では、自警団を含む100人以上の村人たちにより、
利根川沿いで香川から訪れた薬売りの行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人が殺された。
行商団は、讃岐弁で話していたことで朝鮮人と疑われ殺害されたのだ。
逮捕されたのは自警団員8人。
逮捕者は実刑になったものの、大正天皇の死去に関連する恩赦ですぐに釈放された。
これが100年の間、歴史の闇に葬られていた『福田村事件』である。

太平洋戦争後もずっと事件は闇に葬られていたが、
1979年(昭和54年)に事件の遺族らから「千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼実行委員会」などに連絡があり、事件の現地調査が始められた。
1983年(昭和58年)には、平形千恵子(千葉県歴史教育者協議会)から香川県歴史教育者協議会の石井雍大に情報が伝えられ、共同調査や香川県での聞き取り調査が進んでいき、
1980年代後半からやっと新聞などでも取り上げられるようになった。
2000年(平成12年)3月には香川県で「千葉福田村事件真相調査会」が設立され、
同年7月には千葉県「福田村事件を心に刻む会」が設立された。
同年9月には「福田村事件犠牲者追悼式」が現地で行われた。
2001年(平成13年)には「福田村事件追悼碑建立基金の募集」が始まり、
2003年(平成15年)には犠牲者の追悼慰霊碑が野田市三ツ堀の円福寺大利根霊園に建立された。

2013年、辻野弥生著『福田村事件―関東大震災知られざる悲劇』(崙書房出版・ふるさと文庫)が刊行される。
2023年、『福田村事件―関東大震災知られざる悲劇』の新版が五月書房新社から刊行される。


2022年、本作『福田村事件』の映画製作を進めていた森達也監督であったが、
「負の歴史」どころか「政治」を描いてこなかった日本映画界では、
そんなに簡単にこのような企画に製作費が集まるはずがなかった。
翌年(2023年)は関東大震災から100年。すなわち福田村事件から100年。
それにあわせ、2023年9月1日に、この映画を公開したいと思っていた森達也監督は、
2022年の夏(実際の事件と同じ時期)には撮影する以外手がなく、
この映画の製作にあたり、一般に支援を願ってクラウドファンディングを立ち上げ、




第一目標金額2500万円を大きく超える3500万円以上が集まり、製作にこぎつける。
そして、予定通り、今年(2023年)9月1日に公開した。
佐賀では、全国公開日より1週間遅れの9月8日に公開され、
私は公開初日に上映館のシアターシエマに駆けつけたのだった。



大正デモクラシーの喧騒の裏で、
マスコミは、政府の失政を隠すようにこぞって、
「…いずれは社会主義者か鮮人か、はたまた不逞の輩の仕業か」
と世論を煽り、市民の不安と恐怖は徐々に高まっていた。
そんな中、朝鮮で日本軍による虐殺事件を目撃した澤田智一(井浦新)は、
妻の静子(田中麗奈)を連れ、
智一が教師をしていた日本統治下の京城を離れ、故郷の福田村に帰ってきた。


同じ頃、沼部新助(永山瑛太)率いる薬売りの行商団は、
関東地方へ向かうため四国の讃岐を出発する。


長閑な日々を打ち破るかのように、9月1日、空前絶後の揺れが関東地方を襲った。
木々は倒れ、家は倒壊し、そして大火災が発生して無辜なる多くの人々が命を失った。
そんな中でいつしか流言飛語が飛び交い、
瞬く間にそれは関東近縁の町や村に伝わっていった。


2日には東京府下に戒厳令が施行され、
3日には神奈川に、
4日には福田村がある千葉にも拡大され、多くの人々は大混乱に陥った。
福田村にも避難民から、
「朝鮮人が集団で襲ってくる」
「朝鮮人が略奪や放火をした」
との情報がもたらされ、疑心暗鬼に陥り、人々は恐怖に浮足立つ。


地元の新聞社は、情報の真偽を確かめるために躍起となるが、
その実体は杳としてつかめないでいた。
震災後の混乱に乗じて、亀戸署では、社会主義者への弾圧が、秘かに行われていた。
そして9月6日、
偶然と不安、恐怖が折り重なり、後に歴史に葬られることとなる大事件が起きる……




鑑賞後、「傑作」だと思った。
一番に思い出したのは、瀬々敬久監督『菊とギロチン』(2018年)であった。


関東大震災直後の閉塞していく日本社会を描いているという時代背景、
木竜麻生、東出昌大、井浦新など、『福田村事件』と同じ俳優が出演していたということ、
『福田村事件』と同じくクラウドファンディングにより製作された映画であることなど、
共通点がいくつも見いだされ、
何よりも「傑作」という点において、
『菊とギロチン』を鑑賞したときと同じ想い、同じ衝撃、同じ感動を味わった。
『菊とギロチン』は、
第5回「一日の王」映画賞・日本映画(2018年公開作品)ベストテンにおいて、
第1位に選出し、
最優秀主演女優賞も木竜麻生を選出したが、


本作『福田村事件』も、
第10回「一日の王」映画賞・日本映画(2023年公開作品)ベストテンの、
第1位の有力候補だと思った。(現時点での暫定1位)



では、何が良かったのか、思いつくままに記していきたい。


①脚本が良い。
脚本を担当したのは、佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦。
事件は終盤に起きる構成で、
序盤は、福田村の日常生活と、
薬売りの行商団が四国の讃岐を出発し、関東地方へ向かう道中の様子が描かれる。
一応、澤田智一(井浦新)と静子(田中麗奈)という主役はいるが、
多くの人々を描いた群像劇といった感じで、
いくつものエピソードを重ねた先に、終盤の衝撃的な事件につなげている。
この構成に破綻はなく、小さな話が丹念にいくつも積み重ねられ、
最後の最後に一気に崩される。
荒井晴彦の特性が色濃く出ている脚本であるが、
三人によって時間をかけてディスカッションされ、矛盾点や瑕疵をなくしていき、
練りに練って脚本が作り上げられたことが想像できる。
それほど素晴らしい脚本であった。
だから、137分という少し長めの上映時間であるにもかかわらず、
ある種の緊張状態を保ちながら飽きることなく鑑賞することができた。



➁地元の新聞社で記者として働く恩田楓を演じた木竜麻生が良かった。


本作では、
日本統治下の京城で教師をしていた時に日本軍による虐殺事件を目撃し、福田村に帰ってきた澤田智一(井浦新)と、妻の静子(田中麗奈)が主役を担っているが、
この二人がどちらかというと傍観者的な立場の人間であるのに対し、
新聞記者の恩田楓は、情報の真偽を確かめるべく奮闘し、
時代の大きな流れ、大きな力、大きな声には逆らわない人が多い中で、
自らの信念を貫こうとする稀有な存在の女性を演じている。
新聞社の上司・砂田伸次朗(ピエール瀧)から、理不尽な記事を書くように言われても、
「記者が目撃した事実より内務省の電文を信じるんですか?」
と反抗し、己の正義を貫く姿勢が、本作の救いとなっている。
正義感にあふれた女性を演じる時には、誰しも一本調子な演技になりがちだし、
ともすれば上から目線の嫌な人物に見えたりするものだが、
木竜麻生が演じる恩田楓は、死にも直面するような陰惨な場面に遭遇しながらも、
怯え、怖さ、悲しさ、優しさ、怒りなど、いくつもの感情が入り混じった表情を見せ、
見る者に、共感を呼び覚ます。

正論って時にすごく暴力的だなって思うんです。立場的にも正論を吐いてしまうところに彼女はいるし、正論は簡単に言えるけど、想像も付かないくらい誰かを傷付けていたりもするかもしれない、とは感じていました。そう感じる気持ちが伴っていればいいわけでは決してないですが、「あくまで私の1つの考えです」という感覚で話せたらいいなとは思っていました。「絶対にこうでしょ?」と押し付けるのではなくて、「私はこう思います。それについてどう思いますか?」というスタンス……今、話していて思ったのは、恩田は多分、話がしたかったような気がしますね。同じ新聞社の人や周りの人と、この現状に対してどう思っているのか? これは違うと思いますがどうでしょう?など、言い争いではなく、討論をしたかった。お互いの意見を受容しながら話をしたいと思っていたのかもしれません。村長にお話を聞かせてくださいと言ったのも、断罪をする気はなく、起こったことをきちんと聞かせてほしい。明らかにすることによって次は避けられることがあるかもしれない。ちょっとずつ手がかりを集めることによって——自分ができることはあまりに少ない、無力だけど——新聞記者として記事を書いて載せることができる、その力を信じていたと思います。演じながらも常に気持ちをそうやって奮い立たせていたかもしれません。(「CULTURE」インタビューより)

とは、木竜麻生の弁。
木竜麻生が本作の良心ともいうべき部分を担っていたからこそ、本作は傑作になりえたと思った。



③島村咲江を演じたコムアイが良かった。


夫はシベリアで戦死し、未亡人となった咲江であるが、
夫が出征中に、渡し舟の船頭(東出昌大)と浮気をしており、
それは村中の誰もが知っており、周囲から白い目で見られているという存在。


コムアイは、音楽ユニット・水曜日のカンパネラの初代ボーカル(2021年9月脱退)で、
声や身体を主に用いて表現するアーティストであるが、
俳優としても活動しており、
今回の島村咲江役は、女優コムアイとして開眼した作品になったのではないかと思われた。
それほど素晴らしい演技であった。
もう村の女にしか見えなかったし、土や汗の匂いさえしてくるようであった。
芸人のマキタスポーツは“エロくない壇蜜”と評したそうだが、
エロさは壇蜜にも負けていなかったように感じた。(コラコラ)



④井草茂次(松浦祐也)の妻・井草マスを演じた向里祐香が良かった。


向里祐香といえばすぐに城定秀夫監督の傑作『愛なのに』(2022年)を思い出すが、
本作『福田村事件』のキャストの中に彼女の名前を見つけた時は歓喜した。
それほど好きな女優なのだ。
本作では、夫の茂次から、出征中に茂次の父・井草貞次(柄本明)とまぐわっていたのではないかという疑惑を抱かれており、
「息子は俺の子ではなく、親父との子ではないか?」
と、追及される。
貞次(柄本明)が死んだときに見せる表情、動作が秀逸。
本作『福田村事件』の優れているところは、
単なる歴史の闇に葬られていた事件を明らかにするだけではなく、
村人のエロスの部分まで描き出しているところにあるような気がする。



⑤澤田静子を演じた田中麗奈が良かった。


「田中麗奈が良かった」と言いながら、
主役の田中麗奈を、木竜麻生、コムアイ、向里祐香よりも後に持ってきたことに多少の後ろめたさを感じる。
別に最初に論じても良かったのだが、印象的に他の3人よりも後になってしまった。
すまない。
静子の夫・澤田智一(井浦新)は、性愛的な不能者で、


静子は、渡し舟の船頭(東出昌大)と舟の上で浮気をするのだが、
智一はその不貞行為を(虐殺を傍観していたように)ただ黙って岸辺から眺めているだけであった。


この澤田夫妻は、虐殺に加担するわけでもなければ、差別を受けるわけでもなく、
ただ傍観者の立場であるのだが、
最後に静子が発する言葉が智一を傍観者から抜け出すキッカケを与える。


静子は村人ではないし、浮気をするような女ではあるのだが、
薬売りの行商団と仲良くなり、行商団の疑いが晴れるように奔走する。
静子もまた恩田楓(木竜麻生)と同じく、本作の良心の部分を担っていたといえよう。



⑥薬売りの行商団を率いる沼部新助を演じた(永山瑛太)が良かった。


メッセージ性のあるミニシアター系の作品のよく出ている俳優が多い中で、
永山瑛太というメジャーな俳優が本作に出演している意義は大きい。

この映画の企画と準備稿をいただいて内容を知った時に、まず“僕の出番を増やしてくれ”と初めて言いました。少しだけ増えました。本当に素晴らしい映画が出来上がった。日本映画に一石を投じる作品に携われて僕は幸せです。

と舞台挨拶のときに語っていたが、
井浦新と田中麗奈が表の主役とするならば、
裏の主役は永山瑛太と木竜麻生であったような気がする。
それほど存在感が大きかった。
特に終盤の演技は素晴らしく、永山瑛太だからこそのあの衝撃であったと思う。



⑦長谷川秀吉を演じた水道橋博士が良かった。


在郷軍人会の威光を笠に着て、異質なものを平気で差別する嫌な人間を演じているのだが、
セリフも棒読みな感じで、序盤は「なんと下手な……」と思いながら見ていたのだが、
中盤から終盤にかけて、この朴訥とした演技と喋りがクセになってきて、水道橋博士から目が離せなくなった。(笑)



その他、
主役の井浦新、


不倫役をやらせたら右に出る者などいない東出昌大、(コラコラ)


早く復帰して欲しかったピエール瀧、


『岬の兄妹』(2018年)が忘れられない松浦祐也、


この手の映画には必ず出ている柄本明、


小泉今日子のパートナー(今も?)豊原功補など、


出演者すべてが良かったと思う。
森達也監督は、当初、キャスティングに難航すると思っていたそうで、

打ち合わせをしながら、これ、誰が出るの?と。井浦さんはなんとなく内定していて、東出さんが出たいと言っているよと聞いていたので、2人だけかなと思っていたんです。でも打診していったら、スケジュール的に無理な方以外は、ほぼ即答してくれました。始める前は、反日映画と批判されて、上映中止運動が起きて、劇場はどこもやってくれないということも考えていたんです。そうなると俳優にとってはなんのメリットもないと危惧していました。でも俳優の皆さんは、やっぱりこの状況はおかしい、なんで日本映画はここまでダメになってしまったのか?という思いがあったのではないかと思っています。(「映画ナタリー」より)

と語っていたが、
心ある俳優たちが出演を希望し、
こうして映画が完成し、公開されたことに賛辞を贈りたい。


私が本作を見たシアターシエマは、
ミニシアター系の映画を上映する佐賀市にある小さな映画館で、
映画を見に来る人もそれほど多くはなく、
〈これで経営が成り立っていくのかな……〉
と心配するほどなのだが、
佐賀での公開初日(9月8日)に鑑賞した今回の『福田村事件』のときは違った。
ほぼ満席だったのだ。
最前列まで客席は埋まっており、(私は2列目で鑑賞)
こんなことは『カメラを止めるな!』(2018年)以来であったような気がする。
前日に地元紙で紹介されていたこともあろうが、
これほど関心を集めている映画だと正直思わなかった。
心ある観客が多かったことにも喜びを感じている。
日本アカデミー賞は題材的にも無理であろうが、
心ある映画賞で、多くの受賞をしてもらいたいと心から願う。
……日本映画も捨てたものではないと思った。

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