一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『野球少女』……チラシのイ・ジュヨンの写真に魅せられて映画鑑賞したら……

2021年03月07日 | 映画


映画館へ行くと、
近日公開予定の作品のチラシ(フライヤー)が置いてある。
無料なので、気になった映画のチラシは持ち帰ることにしているのだが、
いつだったか、
韓国映画『野球少女』(2021年3月5日公開)のチラシを目にした。


そして、そのチラシに写っている女優に魅せられた。
名はイ・ジュヨン。
韓国ドラマ「梨泰院クラス」で注目を集めた女優であるらしいが、


その「梨泰院クラス」というドラマは観ていなかったし、
『野球少女』のチラシ写真が初対面であった。
第一印象は、
〈平手友梨奈に似てるな~〉
であった。
平手友梨奈は私の好きな女優(歌手、ダンサー)で、
欅坂46の元メンバーで、
欅坂46でセンターを務めていた頃から、
その目力や、周りに媚びなさそうな風貌、
孤立感や孤独感をまとった雰囲気が好きだった。


彼女の映画出演作、
『響-HIBIKI-』(2018年9月14日公開)
『さんかく窓の外側は夜』(2021年1月22日公開)
は、このブログにレビューも書いている。
チラシの写真でイ・ジュヨンを見た瞬間、平手友梨奈を連想し、魅せられ、
彼女の主演作『野球少女』も見たいと思った。
レコード、CD、DVD、本などのメディア商品を、内容を全く知らない状態で、パッケージデザインから受けた好印象を動機として購入することを“ジャケ買い”と言うが、
『野球少女』の鑑賞動機は、まさにその“ジャケ買い”であった。(笑)
はたしてどんな作品なのか……
ワクワクしながら公開初日に映画館に駆けつけたのだった。



青春の日々をすべて野球に捧げ、
“天才野球少女”と称えられてきたチュ・スイン(イ・ジュヨン)。


高校卒業を控えたスインは、プロ野球選手になる夢をかなえようとするが、
“女子”という理由でテストさえ受けさせてもらえない。


母や友だち、野球部の監督からも、夢を諦めて現実を見るようにと忠告されてしまう。
〈わたしにも分らないわたしの未来が、なぜ他人に分かるのか……〉
自分を信じて突き進むスインの姿に、
新しく就任したコーチ、チェ・ジンテ(イ・ジュニョク)が心を動かされる。


同じくプロになる夢に破れたジンテは、
スインをスカウトの目に留まらせるための作戦を練り、特訓を開始する。


次々と立ちふさがる壁を乗り越えたスインは、
遂にテストを受けるチャンスを掴むのだが……




チラシに、
「プロを目指す天才野球少女の終わりなき挑戦」
「今こそ出逢いたかった情熱エンターテインメント!」
とあったので、
〈水島新司の漫画「野球狂の詩」に出てくる水原勇気のような感じなのかな?〉


〈そういえば1977年に木之内みどり主演で実写映画化されていたな~〉


などと、いろんなことを考えながら見ていたのだが、
漫画チックな部分はほとんどなく、魔球も登場せず、実に地味で真面目な作品であった。
しかし、それが良かった。
女性というだけで正当な評価をされず、プロテストすら受けられない。
友人や家族からも反対され、監督やコーチからも諦めるように説得されるが、
スイン一人だけは、絶対に諦めない。
その諦めない心に、周囲の人々も心動かされ、
次第に彼女の味方になっていくという物語。
ドラマチックな展開とは無縁で、
努力に努力を重ね、その先にも奇跡は待っていない。
だが、これでもかという試練の先に、かすかにスインを照らす光明が待っている。
そして、ラスト近くで、これまで反対してきた実直な母親がつぶやく言葉に、
笑い泣きせずにはおられない。
ここに至り、素晴らしい映画であったことを鑑賞者は実感する。
監督のチェ・ユンテは、本作が長編映画デビュー作であったそうだが、


派手なエンターテインメント作品でもなく、
小難しい芸術作品でもなく、
それでいて、両方を兼ね備えた、地味で真面目な作品を創り上げたこと、
そして、
イ・ジュヨンという稀有な才能を持った女優を主役に抜擢したことに感嘆せざるを得ない。


この主役の少女がイ・ジュヨンでなかったならば、
これほど感銘を受ける作品にはならなかったかもしれない。
それほどのイ・ジュヨンの存在感と演技力であったのだ。


【イ・ジュヨン】
1992年2月14日生まれ。
『ビューティー・インサイド』(2015年)、『春の夢』(2016年)、『夢のジェーン』(2016年)、『蚕を飼っていた部屋』(2016年)、『なまず』(2018年)など、多くの独立映画に出演。
独立映画界のアイドルと呼ばれ、熱狂的なファンを獲得する。
2020年のTVドラマ「梨泰院クラス」では、
主人公が経営する居酒屋タンバムの料理長で謎めいたキャラクター、マ・ヒョニに扮し、
振り幅の広い演技で数多くの人々の心を掴んだ。
本作『野球少女』で、
第45回ソウル独立映画祭 独立スター賞、
第19回ニューヨーク・アジアン映画祭 国際ライジングスター賞を受賞し、
2020年青龍映画賞で新人女優賞にノミネートされた。
また、2020アジアアーティストアワードでアイコン賞を受賞するなど、
名実ともに韓国のスターとなって注目を浴びている。



冒頭、イ・ジュヨンを平手友梨奈に似ていると書いたが、
イ・ジュヨンも、平手友梨奈と同様に、
その目力や、
周りに媚びなさそうな風貌、
孤立感や孤独感をまとった雰囲気が抜群だった。


そして、物語が進むにつれて、
私の好きなあいみょんにも似ていることに気づかされた。


ホクロの位置まで似ている。


あいみょんに似ているということは、
私の大好きな小松菜奈にも似ているということになる。(コラコラ)


つまり、私の好きな女性の要素を集めた顔であり、
上映時間の105分間、私は、その、
私の好きな女性の要素の集合体である・イ・ジュヨンの顔に魅入られっ放しであった。



韓国では、1996年の規約改定により、
女性もプロ野球選手になることができるようになったが、
女子選手はなかなかプロ球団のトライアウトを受けさせてもらえない実情があったという。
本作の主人公スインは、
1997年に韓国で女性として初めて高校野球部に所属し、
その後、KBO(韓国プロ野球)が主催する公式試合で先発登板したアン・ヒャンミ選手がモデルになっている。
そのモデルとなった実在の選手の努力と葛藤に迫るため、
イ・ジュヨンは40日間のトレーニングを受け、
すべてのシーンをスタントなしで演じ切っている。


それでも、野球をやった経験がちょっとでもある人なら、
「子供の頃から野球していた割には日焼けしていないし、下半身ができていない」とか、
「その体格、そのフォームで、134キロの球速は出ないだろう」などと、
イチャモンをつけたがるものだが、
そんな野暮は言いっこなし。
私も、小学校時代はソフトボール、中学時代は野球をやっていたので、多少は気になったが、
イ・ジュヨンの野球に取り組む姿勢、情熱、そして彼女の表情を見ていたら、
それらはまったく瑣末なことと思われた。
野球をやっている「いかにも」な体格の女性より、
普通の若い女性と変わらない体格のイ・ジュヨンが演じるからこそ、
共感が得られるし、感動させられるのだと思った。


日本にも2008年に関西独立リーグの合同トライアウトに合格し、
ドラフト会議で神戸9クルーズから指名を受け、
後に米独立リーグで活躍した“ナックル姫”吉田えり選手(現・エイジェック女子硬式野球部)がいる。


吉田えり選手も身長155cmで、大柄な選手ではない。
チェ・ユンテ監督も、吉田えり選手は知っていたそうで、
主人公のキャラクターを作る上でのヒントになったという。


身体的な差は確かにあると思います。でも、今は野球のように男女も一緒にやっているものはありますが、やはり女性が男性を相手に、競技をする時に大変さが伴うのは確かです。女性としての身体的な限界はあるかもしれないですが、いろんな方法を探せば、それは乗り越えられると思います。私自身は、スイン選手が今もどこかにいるような気がしています。(「Full-Count」インタビューより)

とは、チェ・ユンテ監督の弁。
女性の身体能力が日々進化しているのは確かだし、
この映画から、
「諦めない心」
「夢を追いかける勇気」
を受け取った少女たちが、
近い将来、プロ野球で活躍している姿を想像するのは、
まったくありえないことでもなく、楽しみなことである。



映画を見終わって、気づいたことがある。
それは、本作『野球少女』もまた、
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』、
『燃ゆる女の肖像』
『あのこは貴族』
などと同様に、
シスターフッド(姉妹関係や姉妹のような間柄を指し、女性解放運動などにおける女性同士の連帯も意味する)映画の一面があったということだ。
アイドルを夢見るスインの親友・ハン・バングル(チュ・ヘウン)、


トライアウトで一緒になった先輩格の女性選手、


そして、スインの母親(ヨム・ヘラン)の存在が、


スインを力強く後押しする。
そして、それだけに終わらずに、
プロになれなかった高校野球部コーチ・チェ・ジンテ(イ・ジュニョク)、


スインのチームメイト・イ・ジョンホ(クァク・ドンヨン)、


そして、スインの父(ソン・ヨンギュ)なども、
「諦めない心」「夢を追いかける勇気」に感化され、スインを応援するようになる。
男性社会の壁にぶつかりながらも、
それを乗り越えようとする姿に、
男女を問わず誰もがエールを送りたくなる作品になっているし、
と同時に、誰もがエールをもらえる作品になっている。


チラシのイ・ジュヨンの写真に惹かれて見た映画であったが、
予想以上に素晴らしい作品であった。
映画の“ジャケ買い”ならぬ“ジャケ鑑賞”してみるのも悪くない。

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