本作『もっと超越した所へ。』は、
2015年に上演された劇団・月刊「根本宗子」の舞台『もっと超越した所へ。』を、
根本宗子自ら脚本を担当して映画化したもので、(監督は山岸聖太)
私が女優として高く評価している前田敦子が主演を務め、
私の好きな女優たち、趣里、伊藤万理華、黒川芽以も共演者として名を連ねている。
タイトルからしてエネルギーが感じられるし、(笑)
〈見たい!〉
と思った。
で、10月18日(火)に、
鬼ノ鼻山に登った後に、
上映館である109シネマズ佐賀に駆けつけたのだった。
衣装デザイナー・真知子(前田敦子)は、
家に転狩り込んできたストリーマーの怜人(菊池風磨)をつい養ってしまう。
元子役でバラエティタレントの鈴(趣里)は、
父親の会社で働くボンボンで自己中心的な富(千葉雄大)と共同生活を送っている。
ショップ店員・美和(伊藤万理華)は、
意味不明なノリで生きるフリーター・泰造(オカモトレイジ)を何故か信頼し同居している。
淡々と仕事をこなす風俗嬢の七瀬(黒川芽以)は、
プライドばかりが高く承認欲求の塊である俳優の慎太郎(三浦貴大)に気に入られている。
それなりに幸せな日々を送っていた4組のカップルであったが、
男たちは彼女に甘えて増長し、ついに別れの危機が訪れる。
ただ幸せになりたいだけなのに、今度の恋愛も失敗なのか?
それぞれの”本音”と“過去の秘密”が明らかになる時、
物語は予想外の方向へと疾走していく……
演劇の映画化だけあって、
4組のカップルがそれぞれの部屋で織りなすスピーディな会話劇で、
めまぐるしく4組のカップルのシーンが入れ替わり、
見ていて実に楽しかった。
それだけでも十分に面白いのに、
中盤から終盤にかけて、
(ネタバレになるので詳しくは書けないが)それぞれのストーリーが交錯し、
驚きのラストへとなだれ込んでいく。
今、「驚き」と書いたが、
私個人としては、ある程度予想していたことではあった。
伊藤万理華主演の映画『サマーフィルムにのって』のレビューを書いたとき、
私は次のように記している。
本作の脚本には、劇団ロロを主宰する三浦直之が参加していたので、
〈ラストに演劇的な仕掛けがあるのではないか……〉
と予測していた。
劇作家つかこうへいが自らが脚色した深作欣二監督作品『蒲田行進曲』(1982年)
井上ひさしの同名戯曲を黒木和雄監督が映画化した『父と暮せば』(2004年)
劇作家を目指す青年と、彼を支える恋人の日々を描いた行定勲監督作品『劇場』(2020年)
などの例を挙げるまでもなく、
演劇の映画化であったり、
演劇関係者が脚本を書いていたり、
題材そのものが演劇であった場合など、
この演劇的な仕掛けのあるラストにすることが少なからずあるからだ。
日頃、あまり映画を見ない人にとっては衝撃的なラストであったかもしれないが、
演劇関係者が繰り出すこのあまりにも“あざとい”仕掛けを見慣れている者にとっては、
それが成功作であっても、正直、
〈またか!〉
と思わざるを得ない。
なので、瑕疵の多い本作『サマーフィルムにのって』ではなおさらのこと、
「やっぱりね!」感が強く、ガッカリしてしまったのだ。
そう、本作『もっと超越した所へ。』にも“演劇的な仕掛け”が用意されているのだ。
だが、
〈やっぱりね!〉
と思いつつも、本作に限ってはガッカリはしなかった。
『サマーフィルムにのって』は、
クライマックスは終盤の学園祭での『武士の青春』の上映会なのであるが、
その映画『武士の青春』そのものが実に陳腐で、
“演劇的な仕掛け”の前振り的な役割しか果たしていなかった。
なので、ラストの“演劇的な仕掛け”を見せるだけの映画になり果ててしまっていた。
肝心の本体の部分が疎かになってしまっていたのだ。
だが、『もっと超越した所へ。』は、本体の部分をしっかり描き、
それだけでも映画として十分に完結できているのに、(事実、エンドロールが始まりかける)
そこから「どんでん返し」風に“演劇的な仕掛け”へと持っていく。
それが見事で、爽快感さえ感じられた。
脚本を担当した根本宗子のエネルギーが凄まじく、
見る者は気持ちを一気に持っていかれる。
このレビューのサブタイトルを、
……根本宗子の脚本が秀逸な会話劇の傑作……
とした所以である。
主人公の岡崎真知子を演じた前田敦子。
AKB48を卒業し、その後、女優として成功している人はそれほどいないが、
前田敦子の場合、このブログにレビューを書いている作品だけでも、
『イニシエーション・ラブ』(2015年5月23日公開)
『シン・ゴジラ』(2016年7月29日公開)
『散歩する侵略者』(2017年9月9日公開)
『探偵はBARにいる3』(2017年12月1日公開)
『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年3月17日公開)
『マスカレード・ホテル』(2019年1月18日公開)
『コンフィデンスマンJP -ロマンス編-』(2019年5月17日公開)
『町田くんの世界』(2019年6月7日公開)
『旅のおわり世界のはじまり』(2019年6月14日公開)
などがあり、かなり活躍している。
2018年7月30日、俳優の勝地涼と結婚し、
2019年3月4日には、第1子男児の誕生が報告されたが、
2021年4月23日に勝地涼と離婚したことを公表。
“おしどり夫婦”にならなかったことも実に好い。(コラコラ)
人生の経験値も増えたことで、女優として厚みも出てきた。
本作『もっと超越した所へ。』では、
ダメ男を引き寄せてしまう「ダメ恋愛体質」のデザイナーの役であったが、
序盤は静かに演じ、
中盤から終盤にかけて感情を爆発させる演技は素晴らしく、
主演の演技をしていたと思う。
本作以降も、
『そばかす』(2022年12月16日公開予定)
『そして僕は途方に暮れる』(2023年1月13日公開予定)
『あつい胸さわぎ』(2023年公開予定)
などが控えており、女優としての充実ぶりが窺えるし、実に楽しみだ。
櫻井鈴を演じた趣里。
子役上がりのバラエティタレント・鈴(趣里)は、
あざとかわいいボンボン・富(千葉雄大)と同居しているのだが、
その関係は“友だち以上、恋人未満”。
富への恋心を胸に秘める鈴は、いつも富の恋愛事情に姉御肌っぷりで対応し、
面倒見がよく、さっぱりしていて思い切りの良い姿を見せる一方で、
富との関係に進展を求めている。
だが、富の恋愛対象は男性の為、
なかなか自分の気持ちを伝えることが出来ない。
表面上は穏やかだが、次第にお互いの本音が見え隠れするようになり、
ついに不満が爆発する。
そんな心の動きを繊細に演じた趣里は、
前田敦子に勝るとも劣らない存在感を示す。
本当に素晴らしい女優だと思う。
私は、かつて、『生きてるだけで、愛。』(2018年11月9日公開)のレビューで、
初めて本格的に趣里を論じたのだが、
その一部を引用してみる。
趣里は本作『生きてるだけで、愛。』で、全裸を晒している。
撮影したのは、真冬(2018年1月)。
アドレナリンが出たのか、寒いという感覚はありませんでした。実際には、本当に寒い日でしたし、寄りかかる屋上の鉄の柵もすごく冷たいし、肌で直接風を受けてスースーするのは感じましたけど(笑)。でも、すべてを剥き出しにしていることの開放感とか、ケアをしてくださったスタッフはもちろん、このシーンに向き合っているすべてのスタッフさんの想い、そういうものをすごく感じていました。(『キネマ旬報』2018年10月下旬号)
全裸になったということだけではなく、
身も心も“剝き出し”にして、全力で演じ切った寧子という役は、
寧子を救って一歩前進させただけではなく、
趣里自身をも救い、一歩前へ進ませてくれた作品になっていると思う。
本作の趣里を見ていて、
私は『砂の女』の時の岸田今日子を思い出してしまった。
鞭のようにしなやかな裸体も、彼女を思い起こさせた。
趣里も、きっと将来、岸田今日子のような、
存在感のある個性的な大女優になっていくことだろう。
私はこう予言していたのだが、
数日前、この『生きてるだけで、愛。』のレビューへのアクセスが激増したので、
〈何事?〉
と思って調べてみたら、
2023年秋スタートのNHK連続テレビ小説『ブギウギ』のヒロイン・花田鈴子役に、
趣里が選ばれたことが発表されていた。
私の期待する「存在感のある個性的な大女優になっていく」足がかりをつかんだとも言え、
我が事のように嬉しくてならない。
安西美和を演じた伊藤万理華。
身も心も彼色に染まるギャル店員・美和(伊藤万理華)は、
ノリと勢いだけで生きる“根拠なき自信家”のフリーター・泰造(オカモトレイジ)が、
何をしても、なんでも受け入れてしまう。
表面上は、そんなラブラブカップルなのだが、
美和が泰造に悩みを打ち明けると、泰造はすぐにテンパってはぐらかす。
そんな泰造に、美和は次第に苛立つようになる。
そして、それが積もりに積もって、ついに爆発する。
昨年(2021年)、伊藤万理華主演の映画『サマーフィルムにのって』を見て以来、
その圧倒的な存在感に魅了された私なので、
本作『もっと超越した所へ。』も楽しみにしていたのだが、
期待に違わぬ演技に、拍手喝采であった。
風俗嬢の北川七瀬を演じた黒川芽以。
子どもがいるという設定で、その子の父親は後半で明かされるのだが、
それは意外な人物。
他の3人の若い女性たちとは違い、
落ち着きのある子持ちの風俗嬢を、黒川芽以は実に巧く演じていた。
プライドの高い役者・飯島慎太郎(三浦貴大)とのやりとりも素晴らしく、
ずっと見ていられる演技であった。
2019年6月に一般男性と結婚し、
2021年4月に第1子出産。
2022年9月に第2子出産。
2020年12月から約1年半、タイへ移住していたが、
最近帰国したとのことなので、今後の更なる活躍が期待される。
真知子の彼氏・朝井怜人を演じた菊池風磨、
鈴と同棲生活を送る「あざとかわいい男子」星川富を演じた千葉雄大、
美和の彼氏で、ハイテンションなフリーター・万城目泰造を演じたオカモトレイジ、
プライドが高い元子役で、七瀬の店に通う飯島慎太郎を演じた三浦貴大も、
女優陣に負けない演技力でクズ男を演じ切っており、感心させられた。
本作『もっと超越した所へ。』の脚本を担当した根本宗子が、
作・演出を担当する舞台「宝飾時計」が、
来年(2023年)1月から2月にかけて、
東京公演(東京芸術劇場プレイハウス)を皮切りに、全国各地で公演される。
これには、主演の高畑充希の他、小池栄子や、
『もっと超越した所へ。』にも出演していた伊藤万理華もキャスティングされている。
好きな女優が出演しているし、
根本宗子の作・演出なら期待できると思い、
〈観たい!〉
と思っていたところ、佐賀県でも公演されることが判り、
(鳥栖市民文化会館大ホール・2023年2月10日~12日)、
さっそくチケットを購入した。
今から来年2月が楽しみでならない。
稀代の劇作家・根本宗子の脚本、
前田敦子、趣里、伊藤万理華、黒川芽以の熱演、
演劇の楽しさと、映画の楽しさがミックスされた映画『もっと超越した所へ。』は、
きっと、(気分が沈んでいるかもしれない)あなたを、
変哲もない日常から、
もっと超越した所へ運び去ってくれるに違いない。