一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『渇きと偽り』 ……ベベ・ベッテンコートが美しいミステリー映画の傑作……

2022年10月23日 | 映画


公開前に、映画館で本作『渇きと偽り』のフライヤーを手にし、


『渇きと偽り』というタイトルと、
「渇き果てた灼熱の町で、2つの事件が交錯する」というキャッチコピーに惹かれた。
原作は、世界的ベストセラーとなったジェイン・ハーパーのデビュー作「渇きと偽り」。


幸か不幸か、小説は読んでいなかった。
フライヤーによると、
オーストラリアの小さな町を舞台にしたクライムサスペンスで、
少年時代の忌まわしい事件と、
現在の殺人事件の2つを解明していく警察官を主人公にした物語だとか。
この警察官を演じるのが、オーストラリア人俳優のエリック・バナ。
彼は原作にほれ込み、プロデューサーも務めている。
その他、主要キャストも、世界の映画界・演劇界で活躍するオーストラリア人俳優で固め、
現地の俊英スタッフとともに“オール・オーストラリア”を感じさせる強固なチームで完成させたらしい。




小さな田舎町が舞台のミステリーが好きな私は、
〈見たい!〉
と思った。
(2022年)9月23日に公開された映画であるが、
佐賀では、何故か、約1ヶ月遅れの10月21日から上映され始めた。
で、佐賀での公開初日に上映館であるイオンシネマ佐賀大和に駆けつけたのだった。



メルボルンの連邦警察官アーロン・フォーク(エリック・バナ)は、
旧友であるルークの葬儀に参列するため、20年ぶりに故郷に帰ってきた。


自ら命を絶つ前に自身の妻と子供を殺したとされるルークは、
10年以上も干ばつが続き、狂気に襲われたこの土地の犠牲者だと思われていた。
「自殺なんかじゃない」
と主張するルークの両親の依頼もあって、


気が進まないながらも、町にとどまって捜査を行うことにしたフォークは、
自身の古傷となっている、当時17歳のエリー・ディーコン(ベベ・ベッテンコート)の死に向き合うことになる。


フォーク、ルーク、エリー、グレッチェン。
仲良し4人組は、いつも一緒に遊び、青春時代の良き思い出になっている。


だが、エリーの死によって、容疑者扱いをされたフォークは、
父親と共に町を離れて20年になる。
久し振りに会うグレッチェン(ジュネヴィーヴ・オーライリー)は、
魅力ある大人の女性になっていた。


グレッチェンと大人の関係になりそうになるが、


グレッチェンに対して、ある疑念が生じたことから、少し距離を置いて見るようになる。


そして、フォークは、
数十年も離れて起こった2つの犯罪はつながっているのではないかと疑う。
町の新人警官・レイコー(キーア・オドネル)と共に、


ルークの無実だけでなく、
自身の無罪を証明すべく奔走するフォークは、
彼に向けられた偏見や、
怯えた住人たちが抱える鬱屈とした怒りと戦うことになる……




1年近く雨が降っていない架空の田舎町を舞台に描かれる本作の原題は『The Dry』で、
「乾燥」というような自然現象の「乾き」であるが、
邦題は、生理的現象の「渇き」の方を採っている。
そこに、登場人物が何かしら嘘をついているということで、「偽り」という言葉をプラスし、
より謎めいた魅力あるタイトルにしている。
ウィリアム・フォークナーの名作「響きと怒り」と同じようなニュアンスを感じさせ、
文学の香りのする好い邦題だと思った。
20年前の思い出のシーンでは、川に水が流れ、そこで泳ぐ姿が映し出され、
現在の干からびた大地との対比で、時の流れと、人の心の渇き具合を、見る者に知らしめる。
一般受けするような、派手なアクションシーンなどはなく、
地味であるし、主人公はコツコツと町を歩き、証拠となるものを探して回るだけなので、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどは、
(悪くはないものの)それほど高評価というのでもない。
だが、私は、本作『渇きと偽り』に高得点を付けるだろう。
それほどの満足感を私に与えてくれた。
地味な展開ながら、そこに、
初恋、


大人の恋、


親友との友情、


父と子の愛情など、


私がミステリーに要求するすべてのものが含まれていたからだ。



私は、トマス・H・クックの「記憶」をモチーフとする犯罪小説群が好きで、これまで、
『緋色の記憶』
『死の記憶』
『夏草の記憶』
『夜の記憶』
『沼地の記憶』
『心の砕ける音』
『緋色の迷宮』
『石のささやき』

などの作品を楽しんできた。
舞台はいずれも小さな町で、
その人間関係や社会状況がていねいに描かれ、
読む者は、やがてある人間の暴虐に至る魂のダイナミズムを体験することになる。
そんな読書体験と同じ快感を、本作『渇きと偽り』で味わうことができた。
実に楽しい117分であった。



主演のエリック・バナの演技力が、
本作を珠玉のミステリー映画にしているのは間違いない事実であるが、


私は、2人の女優が、乾いた本作を潤いあるものにしていると思った。

1人目は、グレッチェンを演じたジュネヴィーヴ・オーライリー。


仲良し4人組(フォーク、ルーク、エリー、グレッチェン)の1人で、
ルークの元恋人であったが、ルークとは結ばれず、別な男性との間に子をもうけている。
ルークも別の女性と結婚し、幸せな家庭を築いている筈であったが、
一家心中のような形で亡くなってしまった。
久し振りに再会したフォークとグレッチェンは、
大人の関係になりそうになるが、


グレッチェンがルークと関係を持っていたのではないか……という疑念が生じ、
フォークは、グレッチェンさえもルーク一家殺しの犯人ではないかと疑い始める。


好意は持っているが、微妙な距離感でグレッチェンと接するフォーク。
このあたりの描写が素晴らしく、ラストも余韻を残す。



2人目は、フォークの初恋の人であるエリーを演じたベベ・ベッテンコート。


ベベ・ベッテンコートに関してはまったく情報がなく、
個人的に調べてみた。

ベベ・ベッテンコート(BeBe Bettencourt)
オーストラリアの女優。
1996年2月2日、
ヌーノ・ベッテンコートと、スーズ・デマルキの娘として、
オーストラリア、ニューサウスウェールズ州シドニーで生まれた。
幼少期はボストンとロサンゼルスに住み、その後シドニーに戻る。
現在、彼女はロサンゼルスとシドニーを行き来している。
2020年、『The Dry』(邦題『渇きと偽り』)で長編映画デビュー。
2021年、スタンのテレビシリーズ『Eden』に出演。



本作『渇きと偽り』が長編映画デビュー作とのことで、
映画女優としては、スタートしたばかりのようだ。
美しい女優で、私は彼女にすっかり魅せられてしまった。(コラコラ)


主人公フォークの初恋の人としてのイメージがぴったりで、


後に殺されることになる哀しい運命を背負った女性を、
ベベ・ベッテンコートは儚げに切なく演じていて秀逸であった。
劇中、彼女が歌う「Under The Milky Way (Campfire)」も素晴らしい。
(※歌声は予告編で聴けます)



あまりに大好きな映画だったので、
〈アーロン・フォークを主人公にしたミステリー映画をまた見たい……〉
と思っていたら、
2022年5月には、同チームが再結集し、
続編『Force of Nature』(原作「潤みと翳り」ハヤカワ文庫刊)の撮影が開始されたとか。
もう楽しみでならない。


原作のジェイン・ハーパーの「渇きと偽り」や「潤みと翳り」も読んでみたいし、
またあのオーストラリアの田舎町を空想の中で歩いてみたいと思った。


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