一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ある男』…脚本(向井康介)と映像(近藤龍人)が秀逸な石川慶監督の傑作…

2022年11月28日 | 映画


河合優実の今年(2022年)の映画出演作は、


『ちょっと思い出しただけ』(2022年2月11日公開、松居大悟監督)
『愛なのに』(2022年2月25日公開、城定秀夫監督)
『女子高生に殺されたい』(2022年4月1日公開、城定秀夫監督)
『冬薔薇』(2022年6月3日公開、阪本順治監督)
『PLAN75』(2022年6月17日公開、早川千絵監督)
『百花』(2022年9月9日公開、川村元気監督)
『線は、僕を描く』(2022年10月21日公開、小泉徳宏監督)
『ある男』(2022年11月18日公開予定、石川慶監督)

と、8本もあり、
〈河合優実の出演作はすべて見る!〉
と決めている私は、これまで、
『ちょっと思い出しただけ』『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『冬薔薇』『PLAN75』『百花』『線は、僕を描く』
の7作品を見て、レビューも書いてきた。
『ある男』は今年(最後となる)8作目の河合優実出演作なのである。
本作を調べていくうちに、
私の好きな安藤サクラ、真木よう子、清野菜名もキャスティングされていることが判り、
弥が上にも期待は高まった。
原作は、芥川賞作家・平野啓一郎の同名小説。


監督は、『蜜蜂と遠雷』『愚行録』の石川慶。


安藤サクラ、真木よう子、清野菜名、河合優実の他、
妻夫木聡、窪田正孝、眞島秀和、小籔千豊、きたろう、でんでん、仲野太賀、柄本明などが、
顏を揃えている。(主要キャストは、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝の三人)


脚本は、向井康介。
撮影は、近藤龍人。
(私の好きな)実力のあるスタッフも名を連ねており、
ワクワクしながら映画館(イオンシネマ佐賀大和)に駆けつけたのだった。



弁護士の城戸(妻夫木聡)は、


かつての依頼者・里枝(安藤サクラ)から、


亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。
里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、
やがて出会った大祐と再婚、


新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、


大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。
ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄(眞島秀和)が、
遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、
愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。


城戸は男の正体を追う中で様々な人物と出会い、
驚くべき真実に近づいていく……



私は原作(平野啓一郎の小説)を雑誌掲載時(「文學界」2018年06月号)に読んでおり、


そのとき、
〈ブックレビューを書いておこうか……〉
と思ったのだが、
なんとなく億劫になってやめた経緯がある。
4年前のことなので、ストーリーもほどよく忘れていて、(笑)
映画鑑賞中に、ほどよく思い出されて、(爆)
楽しく見ることができた。

ミステリー要素のある映画ではあるが、
そこを目的として本作が作られているのではなく、
あるテーマを表現する手段としてミステリーの手法が取り入れられているだけなので、
本来はネタバレしてもそれほど問題はないのだが、
ミステリー要素は楽しみの一部分でもあるので、
なるべくネタバレなしで語りたいと思う。

冒頭の30分ほどは、
里枝(安藤サクラ)と大祐(窪田正孝)の出逢いから、
不慮の事故で大祐が死ぬところまでが描かれており、
短編のラブストーリーのような感じであるが、


大祐の兄(眞島秀和)が、
「遺影に写っているのは大祐ではない」
と話したときから、
『ある男』という物語は動き出す。
里枝が、弁護士の城戸に、
「亡くなった夫・大祐の身元調査をして欲しい」
と、依頼し、
映画の4分の1が過ぎた頃にやっと主人公である城戸(妻夫木聡)が登場する。


主演の俳優がこれほど登場しない映画も珍しいが、(笑)
城戸が調査する過程で、
大祐の過去の出来事や、
里枝の過去や現在が交互に描かれるようになり、
物語は重層的に進んでいく。


原作ではそこまで執拗にはやってなかったんですけど、たまにそういう映画ってあるじゃないですか。「この話どこに行くんだ?」っていうギアの入り方をする作品が、自分は好きなんですよね。それと、今回は誰が主役って言うよりも、いろんな人物や出来事にいろんなところから光を当てて、それを多面体として見せていきたいっていうイメージが自分の中であって。それで言うと妻夫木さんが主役であることには変わりないんだけれど、その前後にいろんな人にバトンが渡されていく感じにしたかったんですよね。ただ、脚本や編集の段階で「早く主役を出せ」っていうのは散々言われましたけど。(笑)(「MOVIE WALKER PRESS」インタビューより)

石川慶監督は、こう語っていたが、
大祐の過去を探るうちに、
探っている城戸の(在日朝鮮人三世という)出自もあぶり出され、
どういう家の、
どういう両親のもとに生まれ、
どういう育ち方をしたのか……
登場人物のそれぞれのアイデンティティが、
本作の重要なテーマとして浮かび上がってくる。
出自に負い目があり、
〈過去を捨て、別の人間として生きたい……〉
と、望んだということに関しては、
大祐も城戸も「同類」と言えなくもなく、
大祐の苦悩が、城戸の苦悩ともリンクし、
見る者にも重くのしかかってくる。
単なる娯楽映画と思って見に来た人にとっては、
なんとも余計なものが付随したややこしい映画になっていると思うが、
それ以外の要素(たとえば芸術性とか)も求めて鑑賞しに来た人にとっては、
見応えのある映画になっていたように思う。
私も後者なので、そういう部分でも大いに楽しめたし、“傑作”だと思った。



原作を読んだとき、
〈これを映画化するのは難しいのではないか……〉
と漠然と思った記憶があるので、
映画化されると知ったときには驚いたものであるが、
過去の出し入れもスムーズであったし、
演出の良さと同時に、
脚本の良さも強く感じられた。
なので、脚本を担当した向井康介の手腕も大いに讃えたいと思う。


これまで
『リンダリンダリンダ』(2005年)
『松ヶ根乱射事件』(2006年)
『マイ・バック・ページ』(2011年)
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『もらとりあむタマ子』(2013年)
『ピース オブ ケイク』(2015年)
『愚行録』(2017年)
『マイ・ブロークン・マリコ』(2022年)

など、優れた作品の脚本を手掛けてきた向井康介だけに、
「さすが!」と思わせた。

脚本作りに関しては、原作から読み取れる“分人主義”をどう解体して、映画として再構築するか悩みましたが、良い形になってきたところで、妻夫木さんと石川監督と3人で会って話したことを覚えています。(「ティーチイン付上映会」にて)

と、向井康介は脚本執筆秘話を明かしていたが、
「映画の尺のなかで原作をどれだけ凝縮するか」に苦労したとのこと。
『愚行録』も、
監督・石川慶、脚本・向井康介、主演・妻夫木聡であったが、
『愚行録』で培われたコンビネーションの良さが、
本作でも活かされていたように感じた。



脚本、演出が優れていたのと同時に、
映像も素晴らしかったと思う。
撮影を担当したのは、近藤龍人。


カメラマン・近藤龍人については、
これまでもこのブログで何度も言及しているので、
ご存じの方も多いと思うが、
私が、今、最も優れていると思っている映画カメラマンである。
それは何故かと言うと、
私が「傑作」と思う作品の多くが、近藤龍人によって撮られているからである。
『天然コケッコー』(2007年、山下敦弘監督)
『パーマネント野ばら』(2010年、吉田大八監督)
『海炭市叙景』(2010年、熊切和嘉監督)
『マイ・バック・ページ』(2011年、山下敦弘監督)
『桐島、部活やめるってよ』(2012年、吉田大八監督)
『横道世之介』(2013年、沖田修一監督)
『四十九日のレシピ』(2013年、タナダユキ監督)
『そこのみにて光輝く』(2014年、呉美保監督)
『私の男』(2014年、熊切和嘉監督)
『バンクーバーの朝日』(2014年、石井裕也監督)
『ストレイヤーズ・クロニクル』(2015年、瀬々敬久監督)
『オーバー・フェンス』(2016年、山下敦弘監督)
『万引き家族』 (2018年、是枝裕和監督)
『ハナレイ・ベイ』(2018年、松永大司監督)

などなど、多くの優れた監督から声がかかり、
素晴らしい映像を残しているのだ。
本作『ある男』でも、
寒色を主体とした暗めの色調で、
格調高く、文学の香りのする映像で魅せる。



妻夫木聡、窪田正孝、眞島秀和、小籔千豊、きたろう、でんでん、仲野太賀、柄本明などの
男優陣の素晴らしさはいろんな人が語っていると思うので、
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
女優だけに絞って(少しだけ)語ってみようと思う。


まずは、里枝を演じた安藤サクラ。


日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した『万引き家族』以来、
4年ぶりの本格長編映画への出演となる本作『ある男』では、
不慮の事故により愛する夫を亡くした上に、
夫が別人として生きていたという衝撃の事実を知り、
さらに、過去には幼い子を病気で失うという経験をしている里枝という、
想像を絶する悲しみや苦しさを抱えた女性の役であったのだが、


大袈裟にそれを表現するのではなく、
淡々とした日常生活の中で、端々にじんわりと滲み出てくるような感情表現で演じ、
安藤サクラだからこそのリアリティで見る者を納得せしめていた。
里枝に安藤サクラをキャスティングした時点で、
本作は、(少なくとも)半分以上は成功を約束されていたと言える。



城戸(妻夫木聡)の妻・香織を演じた真木よう子。


在日朝鮮人三世の城戸は、特権階級的な妻・香織を得たことで、
日本人としてのアイデンティティを得たような気でいるように見えるが、
香織は(そして香織の両親も)城戸を見下しているような部分もあり、
城戸は家庭でも落ち着けない。
おまけに香織は浮気をしている風でもあり、
真木よう子の妖艶さが見る者の想像力に拍車をかける。
真木よう子にこういう役をやらせたら本当に巧い。



本物の谷口大祐(仲野太賀)の元恋人・美涼を演じた清野菜名。


今年は『キングダム2 遥かなる大地へ』(2022年7月15日公開)での素晴らしいアクションシーンが強く印象に残っているが、
本作『ある男』では、大祐の元恋人の役で、
突然姿を消した大祐の行方を案じ、城戸の調査に協力する気丈な女性を繊細に演じており、
感心させられた。
アクション映画では実績もあり、引っ張りだこであるが、
本作のような芸術性のある映画でも、清野菜名の演技は見劣りないし、
スクリーン映えするその個性際立つ美貌でも魅せる。



大祐(窪田正孝)に想いを寄せる茜を演じた河合優実。


河合優実の出演作としてピックアップした本作であったが、
河合優実の出演シーンは少なく、またもや、それだけが残念であった。
それでも、窪田正孝との際どいシーンもあり、ドキドキさせられたし、(コラコラ)
女優としての存在感は十分に見せつけていた。


今年(2022年)の出演作では、
『愛なのに』での河合優実が最も素晴らしく、好きだ。(出演シーンも多かった!)


それに『PLAN75』、『女子高生に殺されたい』、『ちょっと思い出しただけ』と続く。
来年(2023年)は早々に、
『少女は卒業しない』(2023年2月23日公開予定)という主演作や、
『ひとりぼっちじゃない』(2023年3月10日公開予定)とい期待作も控えている。
来年も河合優実の出演作はすべて見るつもりでいる。



映画の最初と最後に、ルネ・マグリットの「複製禁止」という絵が登場する。


自分を複製し、他人になりすまし、別人として生きた「ある男」を象徴する絵であったし、
深く考えされられた。


余韻の残る素晴らしい映画であったと思う。


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