一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『千夜、一夜』 ……田中裕子、尾野真千子、ダンカンの演技が素晴らしい……

2022年12月02日 | 映画


本作『千夜、一夜』は、
私の好きな女優、田中裕子と尾野真千子が出演しているということで、
チェックしていた作品だった。


田中裕子の主演作で最も好きなのは『いつか読書する日』(2005年6月11日公開)。
佐賀県出身の緒方明監督作品で、
私の出身県である長崎が舞台。


坂道の多い小さな町。(長崎でロケはしたが、作品上は架空の町)
まだ薄暗い夜明け、牛乳配達をしている女。
大場美奈子。50歳、独身。
朝は牛乳を配り、昼はスーパーで働いている。
50年間、ずっとこの町にいる。
毎夜、ひとりのベッドで、読書(それがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だったりする)をしたり、ラジオを聴いたりしている。
毎日、同じ事の繰り返し。
静かな生活。
だが、彼女には、30余年秘めてきた想いがあった……



50歳の女性の繰り返される平凡な普通の毎日を描いた作品で、
そこに中年男女の秘められた想いが交錯する。
舞台設定もストーリーも私好みの映画で、レビューには、

これだけ私の好きな条件が揃えば、心を動かさずにはいられないだろう。
事実、鑑賞後には、「これぞ映画だ!」と思った。
映画ファンのための大人の映画だった。


と書いた。(全文はコチラから)
特に青木研次の脚本が優れており、
この作品と、同じ緒方明監督作品『独立少年合唱団』の2作で、
優れた脚本家として青木研次の名がしっかり記憶された。

嬉しいことに、
本日紹介する『千夜、一夜』の脚本も青木研次なのだ。


青木研次の脚本で、田中裕子が主演。
監督が緒方明でないのが残念だが、(監督はドキュメンタリー出身の久保田直)
〈『いつか読書する日』の感動よ、もう一度!〉
と気分も高揚した。
今年(2022年)の10月7日に公開された作品であるが、
佐賀では(いつものごとく遅れて)11月18日からシアターシエマで公開された。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。



北の離島の美しい港町。


登美子(田中裕子)の夫・諭が突然姿を消してから、


30年の時が経った。


彼はなぜいなくなったのか。
⽣きているのかどうか、それすらわからない。
漁師の春男(ダンカン)が登美子に想いを寄せ続けるも、


彼女は愛する人とのささやかな思い出を抱きしめながら、その帰りをずっと待っている。


そんな登美子のもとに、2年前に失踪した夫を探す奈美(尾野真千子)が現れる。


「理由が欲しいんです。彼がいなくなった理由。自分の中で何か決着がつけられればって」
彼女は前に進むために、夫が「いなくなった理由」を探していた。
奈美が登美子に問いかける。
「悲しくないですか? 待ってるのって」
「帰ってこない理由なんかないと思ってたけど、帰ってくる理由もないのかもしれない」
と、登美子。
しばらくして、奈美は新しい恋人ができたため、夫・洋司(安藤政信)と離婚したいという。
そんなある日、登美子は街中で偶然、失踪した洋司を見かける……




日本全国で年間約8万人にも及ぶという「失踪者リスト」に着想を得て、
久保田直監督が8年もの歳月をかけて完成させた映画なのだが、


この「失踪者」にまつわる物語というのは(小説にも映画にも)案外多くて、
前回レビューを書いた『ある男』もそうであるし、
「失踪者」「行方不明者」というのはミステリー映画の大きな要素となっており、
決して珍しい題材ではない。
むしろ手垢のついた題材と言えるだろう。
ただ、本作『千夜、一夜』は、待つ女を主人公にしたヒューマンドラマなので、
そこにミステリー要素はほとんどなく、
愛する人の帰りを待つ女・登美子の感情を丁寧に描いていく。



その登美子を演じた田中裕子が好い。


『いつか読書する日』と同じく、
日常生活が淡々と描かれるのだが、
田中裕子も、力むことなく、やりすぎることもなく、淡々と演じている。
それが素晴らしい。


1955年4月29日生まれなので、67歳。(2022年12月現在)
「枯れた」というにはまだ早いが、
感情を顔に表さず、無表情のようでありながら、
様々な思いを見る者に伝えてくる。


もはや演じることを放棄しているかのよう。
そこにただ佇んでいるだけで物語になっている。



登美子が「待つ女」なら、
登美子に長年思いを寄せている漁師の春男は、「待つ男」だ。


登美子と春男はずっと同じ島で生きている。

小さな町で生まれて、育って、そこで亡くなっていく人ってたくさんいると思うし、幼い頃から好きだった人のことをずっと思っている男も結構いるんだろうなあと思った。(「読売新聞」インタビューより)

と、春男を演じたダンカンは語っていたが、
拒絶されても拒絶されても、何度も登美子に言い寄る春男は「なさけない男」にも見えるが、
何十年も一人の女性に思いを寄せる心情には共感する部分もあり、切なかった。


「待つ」ということに関しては、
ダンカン自身も「待っている」部分があると言う。
8年前に47歳で妻(初美さん)が亡くなっているからだ。

もう、それは現実的に戻ってくるものでもないのはわかってるけど、なんかこう、ふっとドアが開いて「遅くなってごめん」「お買い物、ちょっと延びちゃった」って、そういうことが起きるんじゃないかなって常に思ってる。ないのはわかってても。たぶん、俺だけでなく、大切な人を亡くされた方の多くは、心の隅ではどこかそういうことを思ってると思うんですね。(同上)

このような経験をしてきたからこそ、
朴訥とした中にも激しい情熱を秘めた演技ができたのであろう。
田中裕子の相手役として「自分の闘志を燃やすため」に、
あえて「1級小型船舶免許」を取得した上で(漁師の)春男を演じたダンカンは、
もはや、長年、海で仕事をしてきた男にしか見えず、
スクリーンで田中裕子と対峙したときに見劣りしなかったのは、
こういった本作にかけるダンカン自身の強い思いや努力があったからだろうと思った。



2年前に失踪したという夫・洋司を捜す奈美もまた「待つ女」であるのだが、
登美子と違って、長年待っていることはできない女であった。


新しい恋人(山中崇)ができ、夫・洋司(安藤政信)と離婚したいと思うようになる。


「待たない女」の方が強いようにも見えるが、
「待つことができなかった」という弱さも自覚している部分もあり、


そんな複雑な思いを抱えた奈美を、
尾野真千子は、時に激しく、時に儚げに演じて、秀逸であった。


第8回「一日の王」映画賞(2021年公開作品)において、尾野真千子は、
『茜色に焼かれる』(2021年5月21日公開)で最優秀主演女優賞を受賞しているが、
今年(2022年)も、(主演作はないものの)
『ハケンアニメ!』(2022年5月20日公開)
『20歳のソウル』(2022年5月27日公開)
『こちらあみ子』(2022年7月8日公開)
『サバカン SABAKAN』(2022年8月19日公開)
『千夜、一夜』(2022年10月7日公開)
の5作品で素晴らしい演技を見せており、
第9回「一日の王」映画賞(2022年公開作品)においても、
最優秀助演女優賞の有力な候補として名乗りを上げることだろう。



春男の母・藤倉千代も、ある意味、「待つ女」であるのかもしれない。


登美子との諍いから、春男が一時、行方不明になるのだが、
千代が必死に探すものの見つからず、登美子に恨みごとを言ったりする。
春男の帰りを「待つ」母・千代を演じた白石加代子もまた、
田中裕子、尾野真千子に負けず劣らず存在感を示し、
強烈な印象を残した。



その他、
奈美の夫・洋司を演じた安藤政信、


登美子の夫・諭の父・若松俊雄を演じた平泉成、


元町長の入江春弼を演じた小倉久寛などが、
確かな演技で作品の質を高めていた。



本作の舞台となる「北の離島にある美しい港町」は、
新潟県の佐渡市で撮影されており、(一部、新潟市でも撮影されている)
その美しい風景に目を奪われる。
この「北の離島にある美しい港町」もまた本作の重要なキャストであったような気がする。










見ている者も、登美子や春男や奈美と同じ島民になったような、
そして、「待つ女」や「待つ男」になったような、
そんな錯覚を起こさせる人間ドラマであった。
旅をしていたような126分であった。


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