一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『エンパイア・オブ・ライト』 ……これほどの傑作だったとは……

2023年03月14日 | 映画


本作『エンパイア・オブ・ライト』を見たいと思った理由は二つ。

①サム・メンデス監督作品であること。


➁映画館を舞台にした映画であること。



サム・メンデス監督は、
衝撃のデビュー作となった『アメリカン・ビューティー』(1999年)以降、
『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)
『ジャーヘッド』(2005年)
『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008年)
『お家をさがそう』(2009年)
『007 スカイフォール』(2012年)
『007 スペクター』(2015年)
『1917 命をかけた伝令』(2019年)
と、様々なジャンルの映画を手掛け、
(多くはないが)2~3年おきにコンスタントに作品を世に送り出し続けている。
芸術性のみならず、娯楽性をも追求しているのがサム・メンデス監督作品の特長で、
このブログでも、
『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008年)監督・製作
『1917 命をかけた伝令』(2019年)監督・脚本・製作
などのレビューを書いてきた。
サム・メンデス監督の新作『エンパイア・オブ・ライト』は、
監督自身が青春時代を過ごした80年代初頭のイギリスを舞台に、
映画館で働く人々を題材にした物語ということで、
映画や映画館、映画人を題材にした映画が大好きな私にとっては、
(スピルバーグ監督作品『フェイブルマンズ』もそうであったように)
見なくてはならない作品であった。
で、本作の上映館であるイオンシネマ佐賀大和で鑑賞したのだった。



1980年代初頭のイギリスの静かな海辺の町、マーゲイト。
辛い過去を経験し、今も心に闇を抱えるヒラリー(オリビア・コールマン)は、
地元で愛される映画館、エンパイア劇場で働いている。


厳しい不況と社会不安の中、彼女の前に、
夢を諦め映画館で働くことを決意した青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が現れる。


職場に集まる仲間たちの優しさに守られながら、
過酷な現実と人生の苦難に常に道を阻まれてきた彼らは、次第に心を通わせ始める。


前向きに生きるスティーヴンとの出会いに、
ヒラリーは生きる希望を見出していくのだが、
時代の荒波は二人に想像もつかない試練を与えるのだった……




「映画.com」のユーザーレビューの採点が、5点満点の3.7点、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューの採点が、5点満点の3.8点だったので、
〈そこそこ良い映画かな……〉
というくらいの、軽い気持ちで鑑賞していたのだが、
居住まいを正さなければならない程に素晴らしい映画で、
極私的には満点の5点をつけてもイイくらいの傑作であった。
では、何がそんなに良かったのか……
思いつくままに挙げていきたいと思う。


①人物造形が素晴らしい。
主人公のヒラリーは、映画館で長年働いている中年女性で、


一見、普通のどこにでもいる女性という感じなのだが、
次第にこのヒラリーが抱えている闇が明らかにされ、
あることをキッカケに爆発する。


もう一人の主人公であるスティーヴンも、


夢を諦め、映画館で働くことを決意した青年……という設定で、
移民であること、黒人であることの差別から逃れることができないでいる。
こんな二人が出逢い、気持ちを寄せ合っていくのだが、
どちらも試練に見舞われ、心が壊されていく。
アラフィフの白人の女性・ヒラリーを演じたオリビア・コールマンと、
20代の黒人青年・スティーヴンを演じたマイケル・ウォードの演技も秀逸で、
惹き込まれ、魅入らされてしまう。



➁脇役が光っている。
エンパイア劇場の支配人・エリスは、


人使いが荒く、ヒラリーが病弱であることにつけ込む本作唯一の悪役。
映画館の独裁者であり、
奥さんを欺いて浮気をし、(詳しくは書けないが)ヒラリーの心を弄ぶ人物。
このエリスを演じているのが、『英国王のスピーチ』のコリン・ファースで、
名優がこのエリスを演じることで、本作に厚みが出ている。


映写技師のノーマン(トビー・ジョーンズ)は、最初、意地悪そうな気難しい人物のような感じで登場する。


見るからに悪そうな面相で、(笑)
〈主人公の二人が意地悪されるのではないか……〉
と心配したりしてしまうが、
これが期待を裏切る(爆)愛すべき人物で、
心が傷ついているヒラリーとスティーヴンに優しく接する。


スティーヴンを映写室に招き入れ、映写技術を教えるところなど、
『ニュー・シネマ・パラダイス』を彷彿させる名シーンであった。


この他、映画館のスタッフ全員もひとつの家族のようで、


ヒラリーとスティーヴンを周囲の暴力や圧力から守り、
温かく包み込む姿に感動させられる。



③美しい映像。
静かな海辺の町に佇む映画館、


今は使われなくなっている階上のレストラン、


屋上から見る花火など、
うっとりするような映像美に酔わされる。


撮影監督を務めたのは、ロジャー・ディーキンス。


本作で、オスカーに16回目のノミネートを果たした名匠で、
サム・メンデス監督とは5度目のタッグ。
このロジャー・ディーキンスが撮った映像だけでも本作を見る価値はあるし、
映画館の大きなスクリーンで見るべき映画(映像)だと思った。



④1980年代への郷愁。


厳しい不況と社会不安にさらされている世相。
80年代の田舎町の素朴なファッション。
使われなくなったスクリーンもあるやや寂れている古めかしい映画館。
映写室から聴こえるフィルムの音。
流れてくる音楽。
劇場では、
『ブルース・ブラザーズ』(1980年)や
『オール・ザット・ジャズ』(1979年)が上映されており、
映画の中盤では、『炎のランナー』(1981年)のプレミア上映が開催されたりする。
その他、
『レイジング・ブル』(1980年)や『9時から5時まで』(1979年)なども会話に登場し、
重要な場面では『チャンス』(1979年)がスクリーンに映し出される。
映画『チャンス』の原作は、
イエールジ・コジンスキー(イェジー コシンスキとも表記される)の小説「預言者」。


イエールジ・コジンスキーは私の大好きな小説「異端の鳥」の作家で、
映画『異端の鳥』のレビューを書いたときに詳しく書いた。(コチラを参照)
私は、イエールジ・コジンスキーの「預言者」も読んで、映画『チャンス』も見ていたので、
『チャンス』がスクリーンに映し出されたときには(極私的に)とても感動した。
若い人はピンとこないかもしれないが、
50代後半から60代、70代の人には胸に刺さるシーンがたくさんあり、
「何を見ても何かを思いだす」状態となる。



⑤映画、映画館への愛。
私は映画館でのバイト経験があり、
映画館の内部もある程度知っている。
従業員の休憩室で横になっていたら、
出勤してきた(ヒラリーのような)中年女性が制服に着替えるために服を脱いで、
艶めかしい下着姿を見せつけてきた……という体験もしている。(笑)
映画館で見る映画は、闇があってこそ見ることができるが、
映画館にも光と闇があり、
闇の部分には猥雑さやエロティシズムがある。


そういった闇があるからこそ、光は一段と輝きを増す。
それは人生についても言えることのように思う。
『エンパイア・オブ・ライト』とは「光の帝国」などと訳されると思うが、
“エンパイア”とは、舞台となる映画館の名称でもあり、
エンパイア劇場と、光の芸術を映し出す映画館の、
両方を意味するタイトルになっている。
闇の中で、
映画館に灯された光、
スクリーンに映し出された光は、
やがて見る者の心にも希望の光を灯す。
映画が好きな人の多くは、
人生での辛いときや苦しいときに、映画に救われた経験があると思う。
ヒラリーもスティーヴンも、映画館で働くことで、
辛い経験もするが、映画に救われ、希望を見出していく。
コロナ禍で映画館が閉鎖された時期もあり、
映画館で映画を見ることが当たり前ではなくなった世界状況の中で作られた本作は、
映画、映画館への敬愛、敬慕が感じられる作品となっている。



映画の終盤、映画『チャンス』の「人生とは心の在り方だ」という名言が引用されるが、
この言葉が身に染みる傑作であった。
第10回「一日の王」映画賞の、【作品賞・海外】部門の有力候補が、
早くも誕生したことに喜びを感じている。

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