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オーケストラや指揮者を題材にした映画が好きだ。
これまで見た映画の中で、もっとも印象に残っているのは、
福岡のKBCシネマで12年前(2010年)に見た『オーケストラ!』という作品で、
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……ラスト12分22秒、身震いするほどの感動が……
とのサブタイトルを付してレビューを書いた。
その一部を引用してみる。
で、実際に見た感想はというと……
思いっきり笑わせて、
思いっきり泣かせて、
思いっきり感動させてくれた映画でした。
「素晴らしい」の一言。
福岡まで見に来た甲斐がありました。
いや~、映画って、やっぱり好いですね~
アンドレイを演じた、主演のアレクセイ・グシュコブ。
ロシアでは40本以上の映画に出演し、名誉芸術家にも選ばれている名優。
この作品では、まったく喋れなかったフランス語をマスターし、未知の分野だった音楽の世界をものにし、見事に天才指揮者を演じきっている。
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両親を知らないフランスの人気ヴァイオリニスト・ジャケを演じたメラニー・ロラン。
パリ生まれの27歳。
ジェラール・ドパルデューに見出され、1999年デビュー。
『マイ・ファミリー 遠い絆』で、ロミ・シュナイダー賞の他、セザール賞とリュミエール賞の最有望女優賞を受賞。
タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』で世界的に注目される。
美しく、繊細なヴァイオリニストを好演。
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「クラシックのソリストには、殻に閉じこもった気難しいイメージがある。そうした部分を持ちながら、最後のコンサートで自分の内面や弱さを表現しきれる女優さんが必要でした。メラニーはとてもクールで、近寄りがたいイメージなのですが、女優としての才能はもちろん、4ヶ月間ヴァイオリンの練習を欠かさない意志の強さも持っていました。美しさは言うまでもありませんから」
と、ラディ・ミヘイレアニュ監督が語るように、メラニー・ロランを起用したことで、この映画はかなりの部分で成功を約束されたのではないかと思う。
それほどメラニー・ロランは素晴らしかった。
蛇足だが、
私の悪い癖で、
また彼女に一目惚れしてしまった。(コラコラ)
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(中略)
とにかく、ラストのコンサートシーンが素晴らしい。
この、12分22秒のシーンの為に、約3週間かけて撮影されたとか。
「演技者もトランス状態となり、感極まって撮影が一時中断したほど」
とメラニー・ロランが語るように、見る者も、身震いするほどの感動を受ける。
私は涙で顔がぐしょぐしょになった。(笑)
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あのときの感動をもう一度……ということで、
同傾向の映画を探し、見るのだが、
なかなか(私が)思ったような作品に巡り逢わない。
日本映画でも、
『リトル・マエストラ』(2013年)
『マエストロ!』(2015年)
『オケ老人!』(2016年)
などが公開されたが、
イマイチの作品ばかりで、
レビューを書いたのは『オケ老人!』のみ。
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そのレビューも、
映画を見た感想は、
やはり、ありふれた題材だし、新鮮味もなかったので、
杏の映画初主演作でなかったら、レビューは書くか書かないか迷うところ。
杏の記念すべき映画初主演作ということで、
レビューを書き残しておきたいという気持ちが勝り、
こうしてブログ更新している次第。
とはいうものの、
この映画を見に来た人は、
中年、老年夫婦が多く、
あちこちで笑い声が聴こえ、
皆、楽しそうであった。
実は、私の配偶者も珍しくこの映画を見たいと言い、
一緒に鑑賞した後に感想を訊くと、
「面白かった~」
と言っていたので、
私のような“すれっからし”でなかったら、
大いに楽しめる作品ではないかと思った。(全文はコチラから)
と、あまり気乗りしないものであった。(笑)
そんな私であったので、
『クレッシェンド 音楽の架け橋』という映画が公開されると知ったときも、
興味津々というわけではなかった。
長く紛争の続くイスラエルとパレスチナから集った若者たちがオーケストラを結成し、
コンサートに向けて対立を乗り越えていく姿を、
実在する楽団をモデルに描いたヒューマンドラマ……とのことだったが、
「音楽の架け橋」という邦題が「いかにも」な感じがして、
半信半疑というより、疑う部分の方が大きかった。
だが、実際に見てみないことには何も言えない。
2022年1月28日に公開された作品であるが、
佐賀では約1ヶ月遅れの2月25日からシアターシエマで公開された。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。
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世界的指揮者のスポルク(ペーター・シモニスチェク)は、
紛争中のパレスチナとイスラエルから若者たちを集めてオーケストラを編成し、
平和を祈ってコンサートを開くという企画を引き受ける。
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オーディションを勝ち抜き、
家族の反対や軍の検問を乗り越え、
音楽家になるチャンスを掴んだ20余人の若者たち。
しかし、戦車やテロの攻撃にさらされ憎み合う両陣営は激しくぶつかり合ってしまう。
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そこでスポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。
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寝食を共にし、
互いの音に耳を傾け、
経験を語り合い、
少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。
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だがコンサートの前日、
ようやく心が一つになった彼らに、
想像もしなかった事件が起きる……
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いくつもの難関を乗り越え、
ラストのコンサートシーンで感動の嵐を巻き起こす……というのが、
この手の映画の王道であるし、
(ベタだと思いつつも)私も密かにそれを期待している部分があったのだが、
(良い意味で)見事に裏切られた。
そんな生易しい映画ではなかったのである。
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“世界で最も解決が難しい”と言われるイスラエルとパレスチナの紛争は、
紀元前からの長きにわたるさまざまな歴史を背負いつつ、
いまなお続いている現在進行形の対立であり、
その根深さ、憎悪の大きさは、日本人の想像を絶する。
映画はまず、
パレスチナ人のレイラ(サブリナ・アマーリ)が、
自宅で必死にヴァイオリンを練習しているシーンから始まる。
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部屋の外では暴動が起きており、
爆撃音やサイレン、人々の言い争う声が聞こえてくる。
すると突然、ある異変に気が付いた彼女は演奏を止め台所へ行き、
おもむろに玉ねぎを切り、断面の匂いを大きく吸い込み始める。
催涙ガスの痛みを玉ねぎが和らげるという、
今もイスラエルと闘い続けるパレスチナの人々の知恵であるらしい。
そして、レイラや、レイラの音楽仲間のオマル(メフディ・メスカル)は、
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家族の反対を押し切り、
危険地帯をかいくぐって“和平コンサート”のオーディションを受けに行く。
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どんなに過酷な状況下ででも、「音楽をやりたい」という意志が伝わってくる冒頭シーンだ。
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そんな風に音楽家を夢見て集った若者たちであったが、
最初から相手を罵り合い、話し合いの余地すらない。
“絶望”の二文字が最初からチラつき、
“希望”はまったく見えない。
「このままではダメだ」
と、スポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。
(この南チロルで見るアルプス山脈の風景が素晴らしい)
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だが、そこでも両陣営は激しくぶつかり合う。
楽団員の分断が最高潮に達したとき、
スポルクが自分の親のおぞましい過去(ホロコースト、大量虐殺への関与)を吐露する。
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ユダヤ人への計り知れない罪を背負ったドイツ人の指揮者、
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ドイツ人から被害を被ったユダヤ人の楽団員、
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ユダヤ人から占領され、差別されているパレスチナ人の楽団員。
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「負の連環」でつながった指揮者と楽団員たちではあったが、
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寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合ううちに、
少しずつ心の壁を溶かしていく……
そして、
パレスチナの若者のリーダーのレイラ(サブリナ・アマーリ)と、
イスラエルの若者のリーダーのロン(ダニエル・ドンスコイ)は、
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お互いを尊重するようになり、
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クラリネット奏者のパレスチナ青年オマル(メフディ・メスカル)と、
ホルン奏者のイスラエル人の娘シーラ(エーヤン・ピンコヴィッチ)は、
互いに惹かれ合っていく。
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だが、悲劇がすぐそこまで迫っていた……
パレスチナ青年オマルと、ホルン奏者のイスラエル人の娘シーラの恋は、
さながら現代版『ロミオとジュリエット』であり、
クラシック音楽版『ウエスト・サイド・ストーリー』であったと思う。
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スティーブン・スピルバーグ監督は、
『ウエスト・サイド物語』をリメイクするよりは、
やはり『クレッシェンド 音楽の架け橋』のような作品を手掛けるべきではなかったか……
と思わされた。
スピルバーグは『ウエスト・サイド物語』をリメイクした理由を、
「“分断”の時代だからこそ必要だ」
と語っていたが、
そういう意味では『クレッシェンド 音楽の架け橋』の方がより“分断”を描いていたし、
感動的であったし、『ウエスト・サイド・ストーリー』よりも心を揺さぶられた。
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本作では、
パッヘルベル「カノン」
ドヴォルザーク「新世界より」
ヴィヴァルディ「四季」より《冬》
ラヴェル「ボレロ」
が重要なシーンで演奏されるが、
特に、「ボレロ」が演奏されるシーンは秀逸。
「ボレロ」は最初に主旋律を一人が演奏し、
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曲が進むにつれて演奏者がどんどん増えて、
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最後は大合奏となるのだが、
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この曲の構成が、その重要シーンに見事にマッチし、
絶望の中に希望がほの見える感動作となっている。
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ちなみに、
本作がインスパイアされた実在の楽団とは、
現代クラシック音楽界を代表する巨匠指揮者ダニエル・バレンボイムと、
彼の盟友の米文学者エドワード・サイードが、
中東の障壁を打ち破ろうと1999年に設立した和平オーケストラ。
ゲーテの著作のタイトルから、
「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」と名付けられたその楽団には、
二人の故郷であるイスラエルとパレスチナ、アラブ諸国から若き音楽家たちが集い、
「共存への架け橋」を理念に、
現在も世界中でツアーを行うなど活動を続けている。
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ラヴェル「ボレロ」
ダニエル・バレンボイム指揮:ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団
BBCプロムス2014より
本作は、
2019 年の「ルートヴィヒスハーフェン ドイツ映画祭」、
2019年の「ワルシャワ ユダヤ映画祭」、
2020年「ティーネック国際映画祭」、
2020年「サンディエゴ ユダヤ映画祭」で、
いずれも観客賞に輝いている。
映画人や評論家の審査による映画賞の受賞も価値あるものだが、
ドイツ映画祭、ユダヤ映画祭における観客賞は、
本作のメッセージが真に観客に伝わったからではないかと思われる。
「クレッシェンド」とは、「だんだん強く」を意味する言葉だが、
音楽により生まれた小さな共振が、
やがて世界に大きく響き渡っていくことを信じたい。