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映画『一命』を楽しみにしていた。
原作は、滝口康彦の短篇小説「異聞浪人記」。
滝口康彦と聞いて、
すぐに、人となりや作品名を即答できる人は、そう多くないと思う。
無理もない。
時代小説家であるが、現在、その作品のほとんどが絶版となっているからだ。
そんな地味な原作者である滝口康彦を、
なぜに最初に採り上げているかと言えば、
その生涯のほとんどを、私がいま住んでいる町で過ごしたからだ。
そう、滝口康彦は、わが町の誇りなのだ。
【滝口 康彦】(1924年3月13日~2004年6月9日)
本名は原口康彦。
生涯のほとんどを佐賀県多久市で過ごし、
旧藩時代の九州各地を舞台にした「士道」小説を数多く発表。
1924年、長崎県佐世保市万津町に生まれる。
1936年、実父の死去、実母の再婚後、佐賀県多久市に移る。
尋常高等小学校卒業後、運送会社、海軍通信学校、炭鉱勤務などを経て、
小説やラジオドラマの懸賞に応募。
1957年、「高柳父子」で作家デビュー。
同作を含め、計6回直木賞候補となる。
佐賀県多久市に在住し、九州在住の時代小説家として、
友人でもあった、北九州市門司の古川薫、福岡市の白石一郎と共に、
「西国三人衆」と呼ばれ、活躍した。
2004年6月9日、急性循環不全のため多久市内の病院で死去。(享年80)
コアな時代小説ファンには人気の作家であったが、
死後は、ほとんど忘れられたような感じであった。
ただ、私の住む町では、郷土の作家として有名で、
2007年には、文学碑が建立された。
除幕式には、俳優の仲代達矢、小説家の古川薫、佐木隆三らも駆けつけ、盛大に行われた。
文学碑は、多久市の西渓公園・入口右側にある。
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石碑には、滝口康彦の紹介と、
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「ペン置けば 窓の広さの 忘れ雪」との句が、
磁器のプレートにして嵌め込まれている。
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この文学碑がある場所からは、
滝口康彦が愛した天山が見える。
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映画『一命』の公開に合わせ、
佐賀県立図書館でも特設コーナーを設け、
滝口康彦と映画を紹介している。
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こちらには、映画のポスター
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滝口康彦直筆の原稿や、
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著作、
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サイン本、
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色紙などが展示されている。
あの真面目そうな滝口康彦が、
《命と思う文学と
恋といずれが重きやと
無二なる友の責むるとて
まどわず恋と答うべし》
とは、ちょっと意外な感じがした。
粋だ。
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滝口康彦・原作の映画『一命』は、10月15日(2011年)に公開された。
原作の短篇小説「異聞浪人記」は、
今回の公開にさかのぼること約50年前(1962年9月16日公開)に、
映画『切腹』(小林正樹監督)として一度映画化されている。
この映画『切腹』は名作の誉れ高く、
1963年にカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。
国内の第13回毎日映画コンクールでは、
日本映画大賞・音楽賞・美術賞・録音賞を受賞。
ブルーリボン賞でも、脚本賞(橋本忍)、主演男優賞(仲代達矢)を受賞。
私はこの『切腹』の方は何度か見ているが、
本当に素晴らしい作品であった。
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さて、そのリメイクとも言える映画『一命』はどうだったか?
戦国の世は終わり、平和が訪れたかのようにみえた江戸時代初頭、徳川の治世。
しかし、その下では大名の御家取り潰しが相次ぎ、仕事も家もなくし生活に困った浪人たちの間で【狂言切腹】が流行していた。
それは裕福な大名屋敷に押し掛け、「庭先で切腹させてほしい」と願い出ると、面倒を避けたい屋敷側から職や金銭がもらえるという、都合のいいゆすりだった。
ある日、名門・井伊家の門前に、一人の侍が切腹を願い出た。
名は津雲半四郎(市川海老蔵)。
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家老・斎藤勘解由(役所広司)は、数ヶ月前にも同じように訪ねてきた若浪人・千々岩求女(瑛太)の、狂言切腹の顛末を語り始める。
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武士の命である刀を売り、竹光に変え、恥も外聞もなく切腹を願い出た若浪人の無様な最期を……。
そして半四郎は、驚くべき真実を語り出すのだった……。
(ストーリーはパンフレット等より引用し構成)
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ここからは、映画の内容にかなり踏み込んだことを書いていくので、
これから映画を見たいと思っている人は、
映画を見た後に読んでもらう方がイイかもしれない。
映画の結末にも触れているので、どうか御了承を……
半世紀前の名作『切腹』と比較すると、
やはりその脚本の弱さが目立つ。
『切腹』の脚本は、かの橋本忍。
その骨格にいささかの弛みもない。
だが、『一命』は、その骨格が弱い。
ストーリーこそ原作ならびに『切腹』を踏襲しているものの、
肝心のシーンでほころびがある。
たとえば、最後に津雲半四郎が大立ち回りをやる場面。
津雲半四郎はなんと竹光で大勢を相手に立ち向かっていくのだ。
正直、これはありえない。
最後の見せ場であるし、ここで大暴れしなければならないのに、
竹光では、何もできない。
しかし『一命』では、竹光で何かをなそうとしている。
これには無理がある。
原作も『切腹』も、そのようになってはいない。
ここで、見る者に、いくばくかのカタルシスを与えなければ、
映画として完結できないのだ。
それが竹光では、欲求不満が残る。
事実、『一命』を見終わって、重苦しい気分のみが残った。
物足りなかった。
千々岩求女が竹光で切腹をするシーンは長すぎる。
あそこまでグロテスクに演出する必要はない。
映画『切腹』の方は、時間は短いが、『一命』以上の効果をあげている。
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切腹のシーンは長いのに、
津雲半四郎が沢潟彦九郎ほか2名の髷を獲るために闘う場面は、ないに等しい。
映画『切腹』では、
津雲半四郎役の仲代達矢と、沢潟彦九郎役の丹波哲郎が闘う場面が、
作品最大の見せ場になっているというのに……だ。
この決闘で、殺陣に使われるは、
撮影用の「竹光」ではなく、
「真剣」であったのは有名な話。
仲代達矢と丹波哲郎は、「真剣」で、それこそ命懸けで闘いのシーンを撮ったのだ。
それが見る者にも伝わり、凄まじい緊張感を生んだ。
このクライマックスと言っていいシーンを、『一命』はなぜ疎かにしたのだろう。
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キャストを見比べると……
まず主人公・津雲半四郎役の市川海老蔵であるが、
若すぎると思った。
原作の小説では、55歳くらいの設定。
ちなみに主要3人の実年齢はというと、
十一代目市川海老蔵 (津雲半四郎)1977年12月6日生まれ(33歳)
満島ひかり (津雲美穂)1985年11月30日生まれ(25歳)
瑛太 (千々岩求女)1982年12月13日生まれ(28歳)
津雲半四郎と津雲美穂は父娘。
千々岩求女は津雲美穂の夫だから義理の息子。
どうみても親と子の関係には見えない。
市川海老蔵と瑛太は5歳、
市川海老蔵と満島ひかりは8歳の差しかない。
実年齢が、そのままスクリーンに表れている。
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映画『切腹』の方を調べてみると、
仲代達矢 (津雲半四郎)1932年12月13日生まれ(78歳)(公開時29歳)
岩下志麻 (津雲美保)1941年1月3日生まれ(70歳)(公開時21歳)
石浜朗 (千々岩求女)1935年1月29日生まれ(76歳)(公開時27歳)
で、公開時は『一命』のキャストよりも若かったのだ。
これには正直驚いた。
仲代達矢と石浜朗は2歳しか違わないし、
仲代達矢と岩下志麻も8歳しか離れていない。
それなのに、ちゃんと親子の関係に見える。
29歳の仲代達矢は、本当に50代の浪人に見えるし、
岩下志麻も石浜朗も、10代と20代をきちんと演じ分けている。
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『一命』と『切腹』を比較すればするほど、『切腹』の凄さが際立ってくる。
比較などしないで、素直に見れば、それなりに楽しめるとは思うが、
でも、あのラストでは、やはり不満が残ると思う。
映画『一命』で、もっとも印象に残ったは、満島ひかりの演技。
これは本当に素晴らしかった。
『一命』を見る価値のあるものにしているのは、彼女の演技のみかもしれない。
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ここまで書いて、
映画『一命』に対し、少し厳しいことを並べ過ぎたような気がする。
滝口康彦、映画『切腹』に対する、私の愛が深き故に……
三池崇史監督作品は嫌いではないし、
本作は、見て損な作品でもない。
これまで述べたことは、私の私的感想ということで、
あまり気にせず、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思う。
そして、できれば、映画『切腹』の方も、機会があったら見てもらいたい。
それから滝口康彦の小説も……
映画化されたということもあって、
「異聞浪人記」「貞女の櫛」「謀殺」「上意討ち心得」「高柳父子」「拝領妻始末」の6編が収められた文庫(講談社文庫)が出版されている。
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滝口康彦の代表作ばかりを収めたベスト盤といえる本なので、
滝口康彦の作品をまだ一度も読んだことがないという人に、
オススメの一冊である。
原作は、滝口康彦の短篇小説「異聞浪人記」。
滝口康彦と聞いて、
すぐに、人となりや作品名を即答できる人は、そう多くないと思う。
無理もない。
時代小説家であるが、現在、その作品のほとんどが絶版となっているからだ。
そんな地味な原作者である滝口康彦を、
なぜに最初に採り上げているかと言えば、
その生涯のほとんどを、私がいま住んでいる町で過ごしたからだ。
そう、滝口康彦は、わが町の誇りなのだ。
【滝口 康彦】(1924年3月13日~2004年6月9日)
本名は原口康彦。
生涯のほとんどを佐賀県多久市で過ごし、
旧藩時代の九州各地を舞台にした「士道」小説を数多く発表。
1924年、長崎県佐世保市万津町に生まれる。
1936年、実父の死去、実母の再婚後、佐賀県多久市に移る。
尋常高等小学校卒業後、運送会社、海軍通信学校、炭鉱勤務などを経て、
小説やラジオドラマの懸賞に応募。
1957年、「高柳父子」で作家デビュー。
同作を含め、計6回直木賞候補となる。
佐賀県多久市に在住し、九州在住の時代小説家として、
友人でもあった、北九州市門司の古川薫、福岡市の白石一郎と共に、
「西国三人衆」と呼ばれ、活躍した。
2004年6月9日、急性循環不全のため多久市内の病院で死去。(享年80)
コアな時代小説ファンには人気の作家であったが、
死後は、ほとんど忘れられたような感じであった。
ただ、私の住む町では、郷土の作家として有名で、
2007年には、文学碑が建立された。
除幕式には、俳優の仲代達矢、小説家の古川薫、佐木隆三らも駆けつけ、盛大に行われた。
文学碑は、多久市の西渓公園・入口右側にある。
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石碑には、滝口康彦の紹介と、
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「ペン置けば 窓の広さの 忘れ雪」との句が、
磁器のプレートにして嵌め込まれている。
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この文学碑がある場所からは、
滝口康彦が愛した天山が見える。
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映画『一命』の公開に合わせ、
佐賀県立図書館でも特設コーナーを設け、
滝口康彦と映画を紹介している。
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こちらには、映画のポスター
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滝口康彦直筆の原稿や、
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著作、
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サイン本、
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色紙などが展示されている。
あの真面目そうな滝口康彦が、
《命と思う文学と
恋といずれが重きやと
無二なる友の責むるとて
まどわず恋と答うべし》
とは、ちょっと意外な感じがした。
粋だ。
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滝口康彦・原作の映画『一命』は、10月15日(2011年)に公開された。
原作の短篇小説「異聞浪人記」は、
今回の公開にさかのぼること約50年前(1962年9月16日公開)に、
映画『切腹』(小林正樹監督)として一度映画化されている。
この映画『切腹』は名作の誉れ高く、
1963年にカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。
国内の第13回毎日映画コンクールでは、
日本映画大賞・音楽賞・美術賞・録音賞を受賞。
ブルーリボン賞でも、脚本賞(橋本忍)、主演男優賞(仲代達矢)を受賞。
私はこの『切腹』の方は何度か見ているが、
本当に素晴らしい作品であった。
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さて、そのリメイクとも言える映画『一命』はどうだったか?
戦国の世は終わり、平和が訪れたかのようにみえた江戸時代初頭、徳川の治世。
しかし、その下では大名の御家取り潰しが相次ぎ、仕事も家もなくし生活に困った浪人たちの間で【狂言切腹】が流行していた。
それは裕福な大名屋敷に押し掛け、「庭先で切腹させてほしい」と願い出ると、面倒を避けたい屋敷側から職や金銭がもらえるという、都合のいいゆすりだった。
ある日、名門・井伊家の門前に、一人の侍が切腹を願い出た。
名は津雲半四郎(市川海老蔵)。
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家老・斎藤勘解由(役所広司)は、数ヶ月前にも同じように訪ねてきた若浪人・千々岩求女(瑛太)の、狂言切腹の顛末を語り始める。
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武士の命である刀を売り、竹光に変え、恥も外聞もなく切腹を願い出た若浪人の無様な最期を……。
そして半四郎は、驚くべき真実を語り出すのだった……。
(ストーリーはパンフレット等より引用し構成)
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ここからは、映画の内容にかなり踏み込んだことを書いていくので、
これから映画を見たいと思っている人は、
映画を見た後に読んでもらう方がイイかもしれない。
映画の結末にも触れているので、どうか御了承を……
半世紀前の名作『切腹』と比較すると、
やはりその脚本の弱さが目立つ。
『切腹』の脚本は、かの橋本忍。
その骨格にいささかの弛みもない。
だが、『一命』は、その骨格が弱い。
ストーリーこそ原作ならびに『切腹』を踏襲しているものの、
肝心のシーンでほころびがある。
たとえば、最後に津雲半四郎が大立ち回りをやる場面。
津雲半四郎はなんと竹光で大勢を相手に立ち向かっていくのだ。
正直、これはありえない。
最後の見せ場であるし、ここで大暴れしなければならないのに、
竹光では、何もできない。
しかし『一命』では、竹光で何かをなそうとしている。
これには無理がある。
原作も『切腹』も、そのようになってはいない。
ここで、見る者に、いくばくかのカタルシスを与えなければ、
映画として完結できないのだ。
それが竹光では、欲求不満が残る。
事実、『一命』を見終わって、重苦しい気分のみが残った。
物足りなかった。
千々岩求女が竹光で切腹をするシーンは長すぎる。
あそこまでグロテスクに演出する必要はない。
映画『切腹』の方は、時間は短いが、『一命』以上の効果をあげている。
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切腹のシーンは長いのに、
津雲半四郎が沢潟彦九郎ほか2名の髷を獲るために闘う場面は、ないに等しい。
映画『切腹』では、
津雲半四郎役の仲代達矢と、沢潟彦九郎役の丹波哲郎が闘う場面が、
作品最大の見せ場になっているというのに……だ。
この決闘で、殺陣に使われるは、
撮影用の「竹光」ではなく、
「真剣」であったのは有名な話。
仲代達矢と丹波哲郎は、「真剣」で、それこそ命懸けで闘いのシーンを撮ったのだ。
それが見る者にも伝わり、凄まじい緊張感を生んだ。
このクライマックスと言っていいシーンを、『一命』はなぜ疎かにしたのだろう。
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キャストを見比べると……
まず主人公・津雲半四郎役の市川海老蔵であるが、
若すぎると思った。
原作の小説では、55歳くらいの設定。
ちなみに主要3人の実年齢はというと、
十一代目市川海老蔵 (津雲半四郎)1977年12月6日生まれ(33歳)
満島ひかり (津雲美穂)1985年11月30日生まれ(25歳)
瑛太 (千々岩求女)1982年12月13日生まれ(28歳)
津雲半四郎と津雲美穂は父娘。
千々岩求女は津雲美穂の夫だから義理の息子。
どうみても親と子の関係には見えない。
市川海老蔵と瑛太は5歳、
市川海老蔵と満島ひかりは8歳の差しかない。
実年齢が、そのままスクリーンに表れている。
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映画『切腹』の方を調べてみると、
仲代達矢 (津雲半四郎)1932年12月13日生まれ(78歳)(公開時29歳)
岩下志麻 (津雲美保)1941年1月3日生まれ(70歳)(公開時21歳)
石浜朗 (千々岩求女)1935年1月29日生まれ(76歳)(公開時27歳)
で、公開時は『一命』のキャストよりも若かったのだ。
これには正直驚いた。
仲代達矢と石浜朗は2歳しか違わないし、
仲代達矢と岩下志麻も8歳しか離れていない。
それなのに、ちゃんと親子の関係に見える。
29歳の仲代達矢は、本当に50代の浪人に見えるし、
岩下志麻も石浜朗も、10代と20代をきちんと演じ分けている。
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『一命』と『切腹』を比較すればするほど、『切腹』の凄さが際立ってくる。
比較などしないで、素直に見れば、それなりに楽しめるとは思うが、
でも、あのラストでは、やはり不満が残ると思う。
映画『一命』で、もっとも印象に残ったは、満島ひかりの演技。
これは本当に素晴らしかった。
『一命』を見る価値のあるものにしているのは、彼女の演技のみかもしれない。
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ここまで書いて、
映画『一命』に対し、少し厳しいことを並べ過ぎたような気がする。
滝口康彦、映画『切腹』に対する、私の愛が深き故に……
三池崇史監督作品は嫌いではないし、
本作は、見て損な作品でもない。
これまで述べたことは、私の私的感想ということで、
あまり気にせず、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思う。
そして、できれば、映画『切腹』の方も、機会があったら見てもらいたい。
それから滝口康彦の小説も……
映画化されたということもあって、
「異聞浪人記」「貞女の櫛」「謀殺」「上意討ち心得」「高柳父子」「拝領妻始末」の6編が収められた文庫(講談社文庫)が出版されている。
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滝口康彦の代表作ばかりを収めたベスト盤といえる本なので、
滝口康彦の作品をまだ一度も読んだことがないという人に、
オススメの一冊である。