一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ツレがうつになりまして。』 …原作に忠実に、そして誠実に作られた傑作…

2011年11月12日 | 映画
この映画は少し前に見たのだが、
なかなかレビューが書けなかった。
単に書く時間がないという理由もあったのだけれど、
どう書いていいのか迷う部分もあって、
書きあぐねていたのだ。
タイトルを見れば分かる通り、この映画はうつ病を扱っている。
非常にデリケートな題材であって、
そのことを抜きにして、
普通の映画として、
「面白かった」とか「面白くなかった」とか論じれば簡単なのだけれど、
そうはできない雰囲気をこの作品は持っていた。

私が『ツレがうつになりまして。』を見ようとしたキッカケは、
図書館から借りた細川貂々著『7年目のツレがうつになりまして。』(2011年9月刊)を読んだからだった。


細川貂々さんには、それ以前に、
『ツレがうつになりまして。』(2006年3月刊)
『その後のツレがうつになりまして。』(2007年11月刊)という本があることや、
この2冊を題材にしたTVドラマが制作されたことも知ってはいたが、
うつ病に対して切実な関心を持っていた訳ではなかったので、
私はどちらもスルーしていた。

『7年目のツレがうつになりまして。』は、
うつ病を発症したツレの闘病生活、病気の回復への道のり、
その経験を描いた『ツレがうつになりまして。』が大ヒットしたことなどが語られていた。
その後、待望の子どもが生まれ育児に奮闘したり、
書籍のドラマ化、映画化が決定した経緯についても紹介されている。
TVドラマ化は2009年にNHKでなされているが、


それよりも映画化の話が先にあったそうで、
脚本はTVドラマよりも映画の方が先にできていたとか。
このような知られざるエピソードなどが私の興味を惹いた。
映画『ツレがうつになりまして。』を見てみたいと思った。

高崎晴子(宮あおい)の家族は、夫・幹男(堺雅人)と、イグアナのイグ。
晴子がツレと呼ぶ幹男は、ハードウェイメーカーに勤めるサラリーマンであった。
リストラで社員が減らされ、ほとんど一人でサポート係(お客様相談係)をしていた。
激務が半年ほど続いたある日、ツレは真顔で「死にたい」と呟く。


心配した晴子はツレに病院へ行くように勧める。
病院での診断結果は、うつ病(心因性うつ病)であった。
ツレは精神的に強いし、明るい性格なのに、なぜうつ病に……
仕事のストレスが原因らしいが、ツレはその後も会社に通い続けていた。


だが、症状は重くなるばかり。
うつ病になるまでツレの変化に気付かなかった晴子は、
ツレに謝りながら、「会社を辞めないなら離婚する」と告げる。
引き継ぎのためにすぐには辞められなかったが、1ヶ月後に無事退職する。
ツレは主夫となり、家事を担当することに……
家事嫌いの晴子は内心喜ぶ。
だが、「申し訳ない」を何度も繰り返したり、
突然泣き出したり、
自殺しようとしたりするなど、
ツレの精神状態は不安定なまま。


それでも、それら数々の危機を、夫婦は明るく乗り越えていく。
ところがツレの退職金も失業保険も使い果たし、
高崎家は貧困街道まっしぐら。
そこで晴子は編集部へ行き、
「ツレがうつになりまして、仕事をください」
と懇願。
晴子は新しい仕事をもらい、ツレの体調も徐々に回復していく。


ツレがうつ病になったことで、精神的に成長していくふたり。
“がんばらない”平凡な毎日から、ささやかな幸せを感じるようになり、
考え方次第で人生はハッピーになることを知る。
そして、そんなふたりを、ある奇跡のような出来事が待っていた……


映画を見た感想は、
とても誠実な作り方がなされている作品だな……ということだった。
演出や映像に真新しいものはないが、
しっかりと堅実に作られている印象であった。

映画を見たあと、
『ツレがうつになりまして。』
『その後のツレがうつになりまして。』
の2冊を読んでみた。


映画は、この2冊からほぼ正確に脚本が作られており、
原作に忠実に映画づくりがなされていることを実感した。
制作者側のその思いが届いたのか、
映画の上映中、涙を流している人が多かったように思う。

ネットでいろんな人の映画評を見てみたが、
「うつ病はあんなものじゃない」
「きれいごとすぎる」
などの意見もあり、
うつ病の症状が人ぞれぞれであることを知らされる。

ツレさんは、うつ病になったとき、うつ病について書かれたいろいろな本を読んだそうだ。
だが、どの本を読んでも自分と同じ症状の人は出てなくて、
本を読めば読むほど「自分だけが特別なのか」と心配していたそうだ。
貂々さんがツレさんのことを本にしようと提案したとき、
「ぼくと同じ症状の人はいないと思うから、やめた方がイイのでは……」
と言ってみたこともあるとのこと。
だが、実際に出版してみると、
「私と同じ症状が書いてあり、自分だけじゃなかったと安心しました」
という声がたくさん届いたそうだ。


映画は、うつ病のすべてを描いているのではなく、
幹男さんといううつ病経験者の一症例を描いているにすぎない。
そう思って作品を見ると、すべてが胸の中にスッと入ってくる。
うつ病という題材を明るくコミカルに描いた傑作として心に残る。

この映画では、宮あおいも堺雅人も素晴らしい演技をしている。
映画そのものも良い出来なので、
年末の賞レースには、いくつかの賞にノミネートされることだろう。

この作品には、春の母親役で、私の好きな余貴美子も出ている。
晴子と幹男をやさしく見守る「優しさの塊」のような役。(笑)
彼女が出ていることで、作品に広がりが出て、より深みのある作品になった。
やはり余貴美子は素敵だ。


12月3日公開の『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』も待ち遠しい。


最後に……
先日、加賀乙彦著『不幸な国の幸福論』(集英社新書/2009年12月刊)を読んでいたら、
ショッキングな文章が目に飛び込んできた。
1998年からずっと日本における自殺者の数が年間3万人を超えていることはご存知のことと思う。
このことについて、本書には次のようなことが書かれている。

自殺率(人口十万人あたりの自殺者数)で見ても、WHO(世界保健機関)がデータを収集している百一ヶ国中ワースト八位。日本より自殺率が高いのは、旧ソ連諸国など社会情勢が不安定な国ばかりです。主要先進国のなかでは突出しており、アメリカやカナダの倍、イギリスの三・五倍にものぼる。
これだけでも暗澹たる思いになりますが、自殺未遂者は既遂者の十倍は存在すると推定されている。つまり、年に三十万人もの人が自殺をはかっていることになるわけです。
さらに、年間三万人どころか実際には十万人が自殺しているという説もある。病院以外の場所で医師に看取られず不慮の死を迎えると、すべて変死扱いになるのはご存知でしょう。WHOは、変死者のおよそ半数が自殺だと述べています。そのため、変死者の半数を自殺者統計に加えている国が多いのですが、日本はそうではありません。
わが国では変死者数も九十年代から急増しており、この数年は十四~十五万人で推移している。諸外国のようにその半分を自殺に含めれば、自殺率世界一のリトアニアをも軽く抜き去ってしまいます。


世界標準の自殺率算出法だと、日本の自殺者は10万人なのだ。
となると、自殺未遂者は既遂者の10倍だから、
年間100万人もの人が自殺をはかっているということになる。
この国は病んでいるとしか言いようがない。
このような国では、正気でいる方がむしろ難しい。

うつ病の患者数(躁うつ病を含む)が初めて100万人を突破したということが発表されたのが、2008年のことだった。
患者数は今も増え続けている。
病んだ時代に生きる我々は、
いつ、だれがうつ病になっても不思議ではない。

うつ病になったことのある人はもちろん、
うつ病になったことのない人、うつ病を知らない人も、
映画『ツレがうつになりまして。』をぜひ見てもらいたい。
共感するか、反発するか、人それぞれかも知れないが、
ハルさんとツレさんのうつ病に対しての向き合い方、支え方、解決の仕方は、きっと参考になる筈だし、あなたを少しだけ元気にしてくれると思う。


「うつになった原因を考えるのではなく、うつになった意味を考えたい」

ハルさんとツレさんのこの言葉に、未来への明るい光を感じた。

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