石井裕也監督作品には、
『川の底からこんにちは』(2009年)で初めて出会い、
以降、
『舟を編む』(2013年4月13日公開)
『ぼくたちの家族』(2014年5月24日公開)
『バンクーバーの朝日』(2014年12月20日公開)
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年5月13日公開)
などを鑑賞し、このブログにレビューも書いてきた。
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
好きな監督であるし、
傑作が多い監督なので、
6月7日に公開された本作『町田くんの世界』も見ようと思っていた。
だが、少女漫画が原作で、
名前を聞いたこともない新人二人が主演と聞いて、
少し、興味が薄れてしまった。
なので、
〈まあ、そのうち、いつか……〉
と思っていたら、
あっという間に6月末が近づいてきた。
〈このままでは、上映が終了してしまう……〉
と思い、慌てて映画館に駆けつけたのだった。
運動も勉強も苦手で、
見た目も地味で、
何も取り柄がなさそうに見える町田くん(細田佳央太)には、
人を愛することにかけてズバ抜けた才能があった。
困った人のことは絶対に見逃さず、
接した人々の心を癒し、
世界を変えてしまう不思議な力をもつ町田くん。
しかし、そんな彼の前に現れた女の子・猪原さん(関水渚)は、
これまでの人々とは違っていた。
初めてのことに戸惑い、
自分でも「わからない感情」が胸に渦巻く町田くんだったが、
「わからないことから目を背けてはいけない」
という父親の言葉を胸に、
「わからない」の答えを求めていくのだった……
原作は、第20回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した安藤ゆきの同名コミック。
先程もちょっと述べたが、
石井裕也監督にとっては初の少女漫画原作であり、
主人公の二人には、演技経験がほとんどない新人を抜てきしているとあって、
正直、それほどの期待はしていなかった。
公開直後に本作を見に行っていなかったことでも、
私の熱意がイマイチであったことが窺えるであろう。
で、映画を鑑賞した感想はというと、
〈なぜもっと早く見に行かなかったのか……〉
と後悔することしきりであった。
紛うことなき傑作であったのだ。
畏るべし石井裕也監督。
良いところを列記していく。
①主演の新人二人(細田佳央太と関水渚)がすこぶる好い。
町田くんを演じた細田佳央太。
2001年生まれ。東京都出身。
小学2年生の時テレビ出演に興味を持ち、
母親が履歴書を送ったことがキッカケで芸能の道へ。
今までにCM出演や、登場人物の幼少期役を演じるなどの演技経験はあったものの、
本作が初主演映画作品となる。
演技経験ほぼゼロからの主演抜擢理由について、石井監督は、
「オーディションで一人だけ異彩を放っていて、理屈でも経験でもない、作品に人生を捧げられる人だと感じました。この人と組めば間違いないと16歳(当時)に思わせられました。」
と語る。
今後も、未発表だが、話題のドラマ・映画作品への出演が控えている。
善人のかたまり・町田くんを演ずるのに、
彼ほど適した若き俳優はいないのではあるまいか……
そう思わせるほどの適役であった。
けっして野蛮な作品にはしたくない、という思いが僕の中にはありました。なぜなら、この映画で僕は若い人のみずみずしさであったり、青春期の身体的な躍動を撮りたかったからです。そうなると、自ずと新人を起用するという発想に着地するんですね。しかも、町田くんというキャラクターは特殊で、彼には恋というものが何であるかわからない。その上、神様みたいだし、見返りを期待せずに他者に奉仕する。じゃあどういう人に演じてほしいかなと考えた時、「こう芝居すれば、神様みたいになるよね」とテクニカルなアプローチをされるのはイヤだし、あり得ない。むしろ芝居について何もわからない、ものすごく無垢な人にしかできないのではないかと。多少の経験にかぶれた僕から見ると、何も色がついていない若い俳優は崇高に映るんですよ。美しいとさえ思えてくる。そういう人にしか町田くんというキャラクターは演じられないと信じてオーディションした結果、細田(佳央太)くんに出会えたというわけです。(『キネマ旬報』2019年6月下旬号)
石井監督はこう語っていたが、
町田くんを演ずる細田佳央太の出現は、
私にとっては、
大林宣彦監督作品の、
『転校生』(1982年)で尾美としのり、
『青春デンデケデケデケ』(1992年)で林泰文が登場したときのような、
新鮮な感動と驚きをもたらしてくれた。
将来性が感じられ、素晴らしい役者になっていくような気がする。
町田くんが特別な感情を抱くようになる女の子・猪原奈々を演じた関水渚。
1998年生まれ。神奈川県出身。
2017年4月「アクエリアス」のCMでデビュー。
話題になり、雑誌などでも活躍。
初めて参加した映画主演のオーディションが本作だったが、
プロデューサーが、
「演技経験もテクニックも何もないはずなのに、不思議な魅力というか華やかさというか、とてつもない伸びしろを感じ、彼女に賭けてみようと思った」
と語るほどの存在感で、見事役を射止めた。
町田くん役の細田佳央太同様、今後、話題作・大作映画への出演を控えている。
細田佳央太以上に強いインパクトを残したのが、関水渚であった。
ほとんど演技経験がなかったとのことだが、
そうは思えないほどに演技も上手く、感情表現も素晴らしかった。
写真よりも動いている姿や表情が素晴らしく、
スクリーン映えする女優だと思った。
広瀬すずに似ていると評判のようだが、
私は、「北川景子を若くしたような感じ」に思えた。
まだ若いので、これから美しさも磨かれていくと思うが、
彼女にも限りない将来性を感じることができた。
②高校生を演じている前田敦子や高畑充希が素晴らしい。
町田くんの同級生・栄りらを演じている前田敦子。
蛮カラのキャラクターを怪演しているのだが、
その演技が秀逸。
スケバンのような、ひねくれ系、不良系のキャラクターなのだが、
なぜか町田くんや猪原奈々を応援する側に組しており、
ボソッと呟く言葉が可笑しく、
笑いの多い本作のスパイスの役目を果たしている。
前田敦子は何だか凄い女優になりつつある。
高嶋さくらを演じた高畑充希。
氷室雄(岩田剛典)にフラれたときに優しくしてくれた町田くんに好意を抱くのだが、
純粋な性格と思いきや、
これが一筋縄ではいかぬ性格で、(笑)
多面性のある女子高生を実に巧く演じていた。
前田敦子や高畑充希に限らず、
氷室雄役の岩田剛典や、
西野亮太役の太賀など、
20代後半の俳優たちが高校生を演じているのが可笑しい。
太賀の高校生役といえば、TVドラマの『今日から俺は!!』(2018年10月14日~12月16日、日本テレビ)での今井を思い出すが、
本作『町田くんの世界』は『今日から俺は!!』的な可笑しみもあり、
随所で笑わされるのである。
③脇にいけばいくほど大物俳優が配されている。
新人二人が主役で、
前田敦子、高畑充希、岩田剛典、太賀などが、
同級生や先輩・後輩の高校生を演じているのだが、
出番の少ない役で、
池松壮亮(吉高洋平 役)、
戸田恵梨香(吉高葵 役)、
佐藤浩市(日野 役)、
北村有起哉(町田あゆた 役)、
松嶋菜々子(町田百香 役)などが出演しているのである。
新人二人を、
成長株の若手俳優が囲み、
それをベテラン俳優たちがさらに包むように囲い込む。
この構図が、この映画が破綻するのを防いでいるし、
鑑賞者に安心感をもたらしている。
④「少女漫画が原作」という仮面をかぶっている。
昔、私が上京したとき、
映画をたくさん見たが、ピンク映画もたくさん見た。(コラコラ)
そのピンク映画の中には、
小津安二郎監督作品風なものや大島渚監督作品風なものもあり、
〈なんじゃこりゃ〉
と思うようなものが多く混じっていたのだが、
昔の優秀な監督たちは、若いときに、こうしてロマンポルノやピンク映画で腕を磨き、
今の有名な監督になっている。
現代では、そのピンク映画の役目を、少女漫画を原作とする青春映画が担っているのではないか……と思うのである。
山戸結希監督の『溺れるナイフ』や『ホットギミック ガールミーツボーイ』などがそうであるように、今の若手監督たちも、キラキラ青春映画を装いながら、自分が本当に表現したいものを創り出しているような気がするのだ。
石井裕也監督が、少女漫画が原作の映画を撮ると聞いたときには、
ちょっと違和感を覚えたものだが、
本作『町田くんの世界』を見て、
石井裕也監督は、「少女漫画が原作」という仮面をかぶりながら、
いろいろな実験をしているように感じた。
特に、ラスト近くのクライマックスに、
主人公の町田くんが、ヒロイン・猪原さんの元へと飛んでいくシークエンスには、
唖然とさせられた。
ここは賛否が分かれるところであろうが、
クライマックスに原作になかったオリジナルの展開を持ち込むことで、
石井裕也監督は石井裕也監督としての「らしさ」を表現しているように感じた。
こう書くと、なにやら難しい映画のように感じる人もいるかもしれないが、
そうではない。
面白くて、随所で笑わされるし、
青春映画としての胸キュン的なシーンもある。
また見たいと思わせる魅力あふれる作品なのである。
私としては、猪原さん(関水渚)にまた逢いたい。
皆さんも、映画館で、ぜひぜひ。