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映画『PERFECT DAYS』のレビューの1回目は、
主に、出演している女優たちについて書いた。(コチラを参照)
2回目の今回は、主人公の平山という男について論じてみたい。
公開されて1週間が経ち、
いろんな人のレビューを読んでみると、
主人公の平山のことを「修行僧のようだ」と書いている人が案外多かった。
だが、私はそうは思わなかった。
確かに、寡黙な中年の清掃作業員・平山の日常は変化に乏しく、
判で押したようなルーティンで一日一日が過ぎていくが、
子細に眺めてみると、そこには、実に人間臭い、普通の男がそこにいる。
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例えば、アヤ(アオイヤマダ)とのやりとり。
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一緒に働く若い清掃員・タカシ(柄本時生)は、
「どうせすぐ汚れるのだから」
と作業は適当にこなし、
通っているガールズ・バーのアヤ(アオイヤマダ)と深い仲になりたいが金がないとぼやいてばかりいる。
このアヤも、タカシよりも平山の方に親近感を抱く。
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と1回目のレビューに書いたのだが、
このアヤが平山の頬にキスをするシーンがある。(予告編でも見ることができる)
そして、キスをされたその後の平山が、実に嬉しそうなのだ。(笑)
私は、好きになった映画のパンフレットは買うようにしていて、
当然、この映画『PERFECT DAYS』のパンフレットも購入したのだが、
そのパンフレットに、
本作の発案者であり資金提供者でもある柳井康治と、
作家の川上未映子との特別対談が掲載されていて、
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そこで川上未映子が次のように語っていた。
川上 平山さんって、異性にたいして、ものすごく過剰に反応しますよね。
柳井 そうですね。ほっぺにキスされるシーンがあるのですが、その後の曲が、ルー・リードの「Perfect Day」ですからね。
川上 そうそう。平山さんの言動は、傷つき方も、リアクションも「子ども」なんですよね。身体は老いていくのに成熟することのない日本のメタファーにもなっています。大人になることを望まなかったのか、あるいは、そこから逸脱してしまったのか。そもそもその道はなかったのか。平山さんのバックボーンが描かれすぎていないことが作用して、この映画が自発的に持ってしまうメッセージがポリフォニーになっているんですよね。
キスされた後、少しにやけながら平山が運転しているシーンに流れる曲がルー・リードの「Perfect Day」だったので、私も思わず笑ってしまったのだが、
川上未映子が言うように、反応が「子ども」に近く、そこに修行僧のイメージはない。
一緒に働く若い清掃員・タカシ(柄本時生)が勝手に仕事を辞めて、
すぐには欠員の補充がなく、タカシの分まで仕事をしなければならなかったときに、
会社に電話をして文句を言う平山にも修行僧のイメージはなかったし、
〈平山も怒るときがあるんだ~〉
と、ちょっと意外な感じがしたのを憶えている。
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ある日、
行きつけの小さな居酒屋の女将(石川さゆり)と元夫(三浦友和)が抱き合っているのを目撃し、ちょっと嫉妬しているような、ちょっとふてくされているような、いやそこまではないのかもしれないが、ちょっと寂しげな素振りを見せる場面があり、このシーンにも人間臭さを感じたし、追いかけてきた(のかな?)元夫(がんを患っているという設定)から、
「あいつこと、よろしくお願いします」
と言われ、この元夫と心を通わすシーンにも修行僧のイメージはなかった。
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平山の妹・ケイコ(麻生祐未)が、
娘のニコを迎えに来たとき、
平山がケイコをハグした後、
平山が感情を抑えられず肩を震わせて泣くシーンがあるのだが、
ここまで感情表現する男だとは思っていなかったので、
意外であったし、心を揺さぶられた。
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いつもの公園、あるいは街角で、平山は同じ一人のホームレスを度々目撃する。
時々、目が合ったりもする。
その度に何かを見透かされるような気がする。
彼はもしかしたら自分にしか見えない存在なのか?
彼はもしかしたら近い将来の自分の姿なのか?
漠然とした不安を抱く平山にも、人間臭さを感じた。
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このように、一見、修行僧のように見える平山にも、
ごく普通の感情があり、喜怒哀楽の表出がある。
だからこそ、我々は平山に親しみを感じるし、本作を好もしく思えるのである。
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そして、ラストシーン。
車を運転する平山の表情が、延々と映し出されるのだが、
このときの役所広司の演技が素晴らしい。
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先程紹介した特別対談で、川上未映子が、
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映画としてはただ平山さんというおじさんのルーティンがくりかえされるのですが、編集の妙で、こちらの気持ちにいろんな波風が起きて、いろんなことを考えるわけなんです。じりじりしたり、どうなんだよ、って思ったりね。でも、最後のあのシーンですよね。役所広司さんという役者のあの演技。彼岸と此岸が同時にあるというか、本当の正午には自分の影が存在しなくなる一瞬がある、まさにそのニーチェ的な邂逅というか。あのスクリーン一面の表情です。あのすごさは、うまく言葉にすることができません。
と語っていたが、このラストシーンが俳優・役所広司の真骨頂であった。
それまでのあれこれは、このラストシーンを見るための120分だったことが解る。
「自分にとって大切な作品には、いつも不穏な気持ちにさせられます」
と語る川上未映子は、
「不穏さによって、嫌な気持ちになりますか?」
という問いに、
いいえ。不穏な気持ちにならないものに触れてもしょうがないです。たとえいい感じに感動しても、この感動がなんなのか、不安になります。感動するって気持ちいいじゃないですか。でも感動させること、することには、いつだって懐疑を持たないといけない。その疑いを持つ瞬間が、たくさんある映画でした。でも、なんといっても、役所さんが演じる平山さんのラストシーンですよね。自分も、ああいう一瞬を描くことができれば、と思いますね。
続けて、
イノセンスと、老いていずれ死にゆく肉体を生きていくこと。それが、今、すべての人に、べつべつに起きていて、誰もが一度きりの今を生きているということ。私はこれからも、ラストシーンを観たときのあの感覚を、何度でも思いだすと思います。
とまで語っている。
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優れた作家に、こうまでも言わせた本作『PERFECT DAYS』は、
やはり“傑作”と呼ぶに相応しい作品だったと言えよう。