一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『サニー/32』 ……『凶悪』の白石和彌が撮った北原里英のアイドル映画……

2018年02月25日 | 映画


NGT48でキャプテンを務める北原里英の映画初主演作である。
初主演作に、白石和彌監督作品を選んだのは、北原里英本人だという。
私から言わせると、
「スゴイ!」
としか言いようがない。
白石和彌監督といえば、
『凶悪』(2013年)
『日本で一番悪い奴ら』(2016年)
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)
など、ある意味ヤバイ作品ばかりものしている監督なのである。
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)


なぜ白石和彌監督作品だったのか?
北原里英は語る。

(映画のスーパーバイザーを務める)秋元(康)先生から、
「北原はどんな映画に出たいの?」
と訊かれたとき、『凶悪』を見た後だったんです。
すごく面白くて、心に残っていたので、
「凶悪のような映画に出たいです」
と言いました。


「いやはや」である。(笑)
白石和彌監督の方も、

秋元(康)先生から、
「北原さんで撮ってください」
とお話をいただいて。
僕はどこかでアイドル映画をやりたい思いがあったので、
せっかくのチャンスですし、やろうと。
だから、うれしかったです。
まして、オリジナルでやれるのも、昨今なかなかないですし、
「日本のトップアイドルを好きなようにしていいよ」
みたいな話ですから。(笑)


と、快諾。
脚本は、オリジナルということで、
白石和彌と高橋泉の『凶悪』コンビが再タッグを組み、
ネット上で神格化された殺人犯の少女「サニー」を信奉する男たちに誘拐・監禁された女性教師の壮絶な運命を描いたサスペンスドラマに仕上げたのだという。
この話を聞いただけで、
私はもうワクワク感が止まらなかった。(笑)
佐賀県には上映館がなかったので、
博多駅のビルの9階にあるTジョイ博多まで出掛けたのだった。



冬の新潟のある町で、
仕事も私生活も振るわない中学校教師・藤井赤理(北原里英)は、
24歳の誕生日を迎えたその日、何者かに拉致された。


やったのは、
柏原(ピエール瀧)と、小田(リリー・フランキー)の二人組で、
雪深い山麓の廃屋へと連れ去り、彼女を監禁する。


小田は嬉々としてビデオカメラを回し、


柏原の方は、
「ずっと会いたかったよ、サニー……」
と、赤理のことを何故か“サニー”と呼ぶのだった。


“サニー”とは、2003年に世間を騒がせた、
「小学生による同級生殺害事件」の犯人の通称だった。
当時11歳だった小学生女児が同級生を殺害したというもので、
突然、工作用のカッターナイフで首を切りつけたのだ。
事件発覚後、
マスコミが使用した被害者のクラス写真から、加害者の女児の顔も割りだされ、
いたいけで目を引くルックスゆえに、
「犯罪史上、最も可愛い殺人犯」
とたちまちネットなどで神格化され、
狂信的な信者を生み出すことになった。
出回った写真では、
独特の決めポーズ(右手が3本指、左手は2本指でピースサインをつくる)も話題を集め、
それは信者たちの間で「32(サニー)ポーズ」と名付けられ、
加害女児自体も“サニー”と呼ばれるようになった。


奇しくも、この“サニー”の起こした事件から14年目の夜に、
二人の男によって拉致監禁された赤理。
柏原も小田もカルトな信者で、
二人は好みのドレスに着替えさせ、
赤理の写真や動画をネット上の「サニーたんを愛する専門板www」にアップ。


赤理は正気を失っていきながらも、
必死に陸の孤島と化した豪雪地帯の監禁部屋から脱出を試みる。
が、それは驚愕の物語の始まりにすぎなかった……




映倫区分は「PG12」ということで、
アイドル映画でありながら、
子供は見てはいけないのである。(笑)
大人の私は、とても面白く見たが、
衝撃的なシーンも多く、


北原里英のファンにとっては、
辛く、試練の映画だったかもしれない。(笑)


事実、ファンらしき人々が多く書き込んでいるように見える「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどでは、酷評している人が多く、評点も低い。
だから、
極私的感情が入ったこの手のユーザーレビューなどには惑わされずに見た方がイイ。
『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』『彼女がその名を知らない鳥たち』ほどではないにしろ、
ちゃんと白石和彌監督作品になっているし、
これまで白石和彌監督作品を楽しんできた人なら、
この『サニー/32』も間違いなく楽しめることだろう。



拉致された中学校教師・藤井赤理を演じた北原里英。


まずは、白石和彌を自らの初主演映画の監督に選んだことを褒めたい。
そして、事前に『凶悪』という作品を見ていたということも褒めたい。
2012年だったか、
映画『悪の教典』の「AKB48特別上映会」で、大島優子が、
「私はこの映画が嫌いです」
と、涙を浮かべて退場したが、
普通、アイドルは、この手の映画は嫌うものである。
それが、自ら望んで『凶悪』の世界に入って行くとは、見上げた“心意気”いや“志”だ。
映画は2017年2月2日、北原が所属する「NGT48」の拠点でもある新潟でクランクインし、
厳寒のロケは想像以上に過酷だったという。


横殴りで吹き付ける雪、風、霙。
おまけに、サニー信者たちから祀り立てられるヒロイン役の北原は、
アイドルの舞台衣装のような薄着で、しかも、素足同然。
インタビューで、
「寒くて泣いたのは、生まれて初めてでした」
と語っていたが、それほど過酷だったのであろう。


正直、演技は「まだまだ」であるが、
頑張りは見る者にも伝わってきたし、
女優としての“覚悟”も感じられ、
今後の活躍にも大いに期待できる熱演だったと思う。


ことに、それまでオドオドしていた赤理が、
「サニー」としてのスイッチが入った途端、
「サニー」になりきって小田や柏原などをいたぶるシーンは秀逸であった。


(このシーンを見るだけでも本作を見る価値はあると思う)
私としては、「一日の王」映画賞の新人賞候補にリストアップしておくつもりでいる。



柏原を演じたピエール瀧と、


小田を演じたリリー・フランキー。


言わずと知れた傑作『凶悪』コンビで、
『凶悪』の世界を望んで挑んできた北原里英を迎え撃つ側でありながら、
北原里英の強力な“助っ人”でもあった。
赤理を拉致した凶悪犯なのだが、
なんだか北原里英と共演していることが嬉しそうで、
これまでの作品とは違った雰囲気を醸し出していた。
「サニー」としてのスイッチが入った赤理(北原里英)からいたぶられるシーンでは、
特に、小田を演じたリリー・フランキーが嬉しそうで、(爆)
彼が奇声を発する度に、私は笑いをこらえるのに必死だった。



もう一人の「サニー」を演じた門脇麦。


出演シーンは短いものの、
見る者に鮮烈な印象を残す。
さすが、門脇麦。
好きな女優なので、本作でも見ることができて嬉しかった。
彼女を見ていたら、
〈北原里英が目指すべき女優は、門脇麦なのかもしれない……〉
と思わされた。
二人共、“唇”が印象的だし、共通項も多いような気がするからだ。
ただし、門脇麦の高みへ到達するには、まだまだ試練が必要だ。
門脇麦はすでにそれほどのレベルに達している。



北原里英は、殺人犯という役を演じてみて、

監督に「アイドル映画にしたい」と言われたんですけど、
脚本を読んだとき「アイドル映画じゃない!」と思いました。(笑)
でも完成してみて、
赤理がネットを通じて崇拝されていくという意味で、アイドル映画だなと思いました。


と語っている。
現代はネットによって人との付き合い方が変わってきており、
社会のゆがみを曝け出した本作『サニー/32』は、
紛うことなきアイドル映画なのかもしれない。


北原里英のファンも、
そういうアイドル映画を選択した彼女を誇りに思うべきだし、
それが真のファンの姿なのではないかと私は考える。

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