一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ちひろさん』 ……有村架純の演技が素晴らしい今泉力哉監督の傑作……

2023年04月27日 | 映画


本作『ちひろさん』を見たいと思った理由は二つ。
①今泉力哉監督作品であること。


➁有村架純の主演作であること。



今泉力哉監督作品とは、
『愛がなんだ』(2019年)
で、出合い、以降、
『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)
『mellow』(2020年)
『街の上で』(2021年)
『あの頃。』(2021年)
『かそけきサンカヨウ』(2021年)
『愛なのに』(2022年)脚本を担当(城定秀夫と共同脚本)、監督・城定秀夫
『猫は逃げた』(2022年)
『窓辺にて』(2022年)

などを鑑賞し、レビューを書いてきた。
今泉力哉監督作品は、
前衛的だとか、これまで見たことない映像世界というのではなく、
ありがちな題材で、ゆるめのテンポでストーリーが展開するのだが、
凡庸な映画にならずに、最後まで興味を持って鑑賞させられてしまう。
特に昨年(2022年)は、
城定秀夫と今泉力哉が、互いに脚本を提供しあった、
R15+指定のラブストーリー映画を製作するコラボレーション企画「L/R15」の2作、
『愛なのに』(監督・城定秀夫、脚本・今泉力哉)
『猫は逃げた』(監督・今泉力哉、脚本・城定秀夫)

と、
中村ゆり、玉城ティナが魅力的だった『窓辺にて』で、
大いに楽しませてもらった。
なので、今年(2023年)の新作『ちひろさん』にも期待するものは大きかった。


有村架純という名を知ったのは、
映画『阪急電車 片道15分の奇跡』(2011年)
であったが、
私が有村架純を女優としてしっかり認知したのは、
『映画 ビリギャル』(2015年)においてだった。
そのレビューで私は次のように記している。

魅力的な映画になった第一の要因は、
やはり、有村架純が主人公さやかを演じたからだろう。
ちょっととぼけた感じの、
それでいて、ひたむきで、
しかも可愛い少女を、
じつに丁寧に演じていた。



NHKの朝ドラ『あまちゃん』で、
天野アキの母親(小泉今日子)の若い頃を演じていたことも影響しているかもしれないが、



なんだか有村架純が主役のアイドル映画を見ているような気分であった。


土井裕泰監督も有村架純を実に魅力的に撮っている。
特に、エンドロールは、
大林宣彦監督作品『時をかける少女』のエンドロールにそっくり。
大林監督がラストに原田知世の顔を大写しにしたように、
土井監督もラストに有村架純の顔をアップで撮っている。
あの有村架純のアップの顔は、
新たな伝説になるかもしれない。



その後、
NHKの朝ドラ「ひよっこ」(2017年4月3日~9月30日)
で主演し、
第67回NHK紅白歌合戦(2016年12月31日)
第68回NHK紅白歌合戦(2017年12月31日)
で、2年連続で紅組司会を担当するなど、
一躍、国民的女優となった。


映画でも、多くの作品に出演し、
私自身も、
『何者』(2016年)
『3月のライオン』(2017年)
『ナラタージュ』(2017年)
『コーヒーが冷めないうちに』(2018年)
『かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発』(2018年)
『花束みたいな恋をした』(2021年)
『るろうに剣心最終章The Final / The Beginning』(2021年)
『太陽の子』(2021年)
『前科者』(2022年)
『月の満ち欠け』(2022年)

などを鑑賞し、レビューを書いている。(書いていないものも一部ある)
2019年4月20日(土)、4月21日(日)に開催された、
「くまもと復興映画祭2019 Powered by 菊池映画祭」では、2日間とも参加し、
生の有村架純を近くで見ることができ、感動した。(コチラを参照)
ジワジワと好きになっていった女優で、
有村架純主演の新作映画ならばぜひ見たいと思った。


原作は、安田弘之のコミック「ちひろさん」(全9巻)。


主演の有村架純の他、
豊嶋花、佐久間由衣、市川実和子、リリー・フランキー、風吹ジュンなどが共演しており、


ロックバンド「くるり」の岸田繁が音楽を手がけている。
2023年2月23日公開の映画であるが、
佐賀では(いつものごとく)遅れて、4月21日から公開された。
(Netflixでも2023年2月23日から配信されていたので、パソコン等で観ることは可能であったが、映画は映画館のスクリーンで見る主義なので、佐賀での公開日を待った)
で、佐賀での公開直後に上映館であるシアターシエマで鑑賞したのだった。



ちひろ(有村架純)は、
風俗嬢の仕事を辞めて、今は海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働いている。


元・風俗嬢であることを隠そうとせず、ひょうひょうと生きるちひろ。
彼女は、
自分のことを色目で見る若い男たちも、
ホームレスのおじいさんも、
子どもも動物も、
誰に対しても分け隔てなく接する。


そんなちひろの元に吸い寄せられるかのように集まる人々。
彼らは皆、それぞれに孤独を抱えている。
厳格な家族に息苦しさを覚え、学校の友達とも隔たりを感じる女子高生・オカジ(豊嶋花)。


シングルマザーの元で、母親の愛情に飢える小学生・マコト(嶋田鉄太)。


父親との確執を抱え続け、過去の父子関係に苦悩する青年・谷口(若葉竜也)。


ちひろは、そんな彼らとご飯を食べ、言葉をかけ、
それぞれがそれぞれの孤独と向き合い前に進んで行けるよう、
時に優しく、時に強く、背中を押していく。




そしてちひろ自身も、幼い頃の家族との関係から、孤独を抱えたまま生きている。
母親の死、
勤務していた風俗店の元店長・内海(リリー・フランキー)との再会、
入院している弁当屋の店長の妻・多恵(風吹ジュン)との交流。
揺れ動く日々の中、
この街での出会いを通して、
ちひろもまた、自らの孤独と向き合い、少しずつ変わっていく……




すでに公開から2ヶ月以上経っているし、
Netflixで鑑賞している人も多く、
ネットにもレビューが多く書かれていたが、
「Yahoo! 映画」のユーザーレビューで、(5点満点の)3.4点、
「映画.com」ユーザーレビューで、(5点満点の)3.6点で、
まあまあの評価ということのようだ。
マイナス評価としてのコメントでは、
「何を言いたいのか分からなかった」
「今泉力哉監督作品としては薄味」
「終始ゆるやかな話の展開で,大きな盛り上がりもなく、退屈だった」
などの感想が寄せられていたが、
私自身の評価としては、(5点満点の)4点以上が与えられるべきだと思ったし、
今泉力哉監督作品の中では上位に位置する作品だと思った。
では、何が良かったのか……思いつくままに挙げてみたい。


①有村架純の演技が素晴らしい。

元・風俗嬢という難しい役であったが、
風俗嬢時代の生々しい映像がない(そこが物足りないという意見もあるようだ)にもかかわらず、
男あしらいの上手さや、ふと見せる表情や仕草などで、
過去にどんなことがあったかを見る者に想像させる。
これまで様々な役を演じてきたことが実を結んでいるし、
演技が進化していることを感じさせた。
どんな役を演じても見る者を不快にさせない清潔感があるので、
ずっと見ていたい気分にさせられる。
誰かが、
「有村架純はいまの労働者階級のマドンナ」
と言っていたが、
言い得て妙。
こんな女優、なかなかいない。



➁全キャストがそれぞれの役にハマっていて素晴らしかった。

私は原作を読んでいないので、映画だけを見た感想であるが、
キャスティングされている役者で、違和感を抱いた人が一人もいなかった。
それぞれが役にピタリとハマっており、楽しく見ることができた。


ちひろのストーカーをしている瀬尾久仁子(通称・オカジ)を演じた豊嶋花。


NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で、
有村架純が天野春子(小泉今日子)の若き日(青年期)を演じていたとき、
その天野春子の幼少期を演じたのが豊嶋花で、
そういう意味でも縁があり、
ちひろを演じた有村架純とも相性が良かったと思う。
小学生の佐竹マコト(嶋田鉄太)とは名コンビで、
見ているこちら側も幸せな気持ちにさせられた。



小学生の佐竹マコトを演じた嶋田鉄太。
原作とはかなり違っていたらしく、
原作ファンの一部からは批判めいた意見も出ていたようだが、
私は演技の上手い子役だと思った。
本作でマコト(嶋田鉄太)が果たした役割は限りなく大きいと思う。



佐竹マコト(嶋田鉄太)の母・ヒトミを演じた佐久間由衣。


佐久間由衣は私の好きな女優で、
本作を見たいと思った理由の三つ目を挙げるとしたら、
佐久間由衣が出演していたから……ということになる。
出演シーンはそれほど多くなかったが、
ヒトミ(佐久間由衣)が焼きそばを作ってオカジ(豊嶋花)に食べさせるシーンでは、
涙が止まらなかった。
綾野剛と結婚したが、これからもずっと女優業を続けていってほしいと願う。



ちひろが働いていた風俗店の店長・内海を演じたリリー・フランキー。


大好きな男優で、リリー・フランキーが出演しているだけで、
〈見るべき映画だ〉
と思うところが私にはある。
本作でも期待に違わぬ演技で、ちひろを、そして有村架純をサポートする。



ちひろが働いている弁当屋の主人・尾藤(平田満)の妻・多恵を演じた風吹ジュン。


過酷な過去を持つちひろが、唯一、母のように慕った女性を、
風吹ジュンは慈愛に満ちた、包み込むような演技で魅せる。
若い頃のキラキラした時代を知っているだけに、
現在の老いた女性を演じる風吹ジュンが一層愛おしい。
若い頃よりも、現在の方が、断然好いと思う。



ちひろが幼少期に出会った「ちひろ」と名乗る風俗嬢チヒロを演じた市川実和子。


出演シーンは極端に少ないが、
存在感のある佇まいと演技で、強烈な印象を残す。
好きな女優なので、彼女が出演していたのも嬉しかった。



その他、
ちひろが働いていた風俗店の元同僚・バジルを演じたvan、


ちひろが働いている弁当屋のパート・永井を演じた根岸季衣、


弁当屋の常連客・谷口を演じた若葉竜也、


宇部千夏(通称・べっちん)を演じた長澤樹、


浮浪者のおじさんを演じた鈴木慶一などが、
それぞれの役を自分のものにして、作品を盛り上げていた。



③名言にあふれている。

「僕たちはみんな人間っていう箱に入った宇宙人なんだ」

ちひろの世界観とも言える言葉。
ちひろが風俗嬢をしていたとき、お客さんから、
「同じ人間だなんてよくいうけどさ、一人一人みんなやってきた星はバラバラなんだからさ、わかりあえないのは当然なんだよ。だってしょうがないじゃない。そもそも別の星の人なんだから。そう考えた方が楽じゃない」
と言われたことあり、
以来、ちひろは、周囲の人々を宇宙人だと思うようにしている。
他人がみんな宇宙人だと考えれば、理解できないのは当たり前で、
何があっても腹も立たない。
そして、生涯のなかで、「同じ星の人」と思える人と出会えることが出来たら、
それは、とても幸せなことなのだ。


「みんなで食べた方が美味しいっていうけどさ、みんなで食べても美味しくないものもあるし、一人で食べたって美味しいものは美味しいよ」

「食卓に着くと味がしない」というオカジの家の話を聞いて、
ちひろが語る言葉なのだが、
みんなで食べると美味しいという常識というか、観念を覆す言葉。
有村架純も自身のインスタグラムで紹介していた言葉で、
そのコメント欄には、
「そのセリフ、心に刺さった」
など、共感する声が寄せられていた。


「あなたならどこにいたって孤独を手放さずにいられるわ」

ラスト近く、BBQパーティ会場から、一人でその場を去ったちひろに、
多恵(風吹ジュン)が電話で伝える言葉。
「もういんじゃない? どこにも行かなくたって。あなたならどこにいたって孤独を手放さずにいられるわ」
だが、ちひろは……という展開になるのだが、
ちひろは、周囲の人々と家族のような関係になって、孤独ではなくなってしまうことに、
恐怖を感じていたのかもしれない。
「孤独を手放す」ことが恐怖なのだ。
それを察知した多恵は、
「あなたならどこにいたって孤独を手放さずにいられるわ」
と諭す。
ちひろの人生観にかかわる言葉であるし、本作『ちひろさん』のテーマでもある。
この言葉に共感する人も多いことと思う。


この他にも、人生における名言が散りばめられており、
人生経験を多く重ねた人ほど感動するのではないだろうか。


④ロケ地の静岡県焼津市の風景が素晴らしい。



私自身が長崎県の佐世保市出身で、港町が好きなこともあって、
本作のロケ地となっている焼津市の風景に癒された。


町と海の近さや、どこか感じるもの寂しさ、屋上から海が見える立地など、色々な面で焼津市がイメージに合いました。加えて、原作にはそれほど船が出てくるわけではありませんが、船着き場や漁港の空気はとても魅力的で取り入れていきました。

今泉力哉監督はこう語っていたが、
この海辺の町へ行って、ちひろさんに逢いたい……と思わせる魅力があった。


ロケ地マップも作成されているようなので、
近くならばロケ地巡りでもしたいところだ。



⑤ちひろが働いている「のこのこ弁当」の弁当が美味しそう。


『かもめ食堂』『南極料理人』『深夜食堂』など、
多くの作品で日本映画を食で彩ってきた飯島奈美がフードスタイリストを務めているので、


弁当だけではなく、本作に出てくる食べ物すべてが美味しそうに見える。
どんなにつらいことがあっても、人はお腹が空くし、ご飯を食べる。
食べることは生きることであり、悲しみや孤独を癒やしてくれる。


〈ちひろが弁当屋で働いているのは、弁当と同じく、ちひろが周囲の人々の悲しみや孤独を癒やしてくれる存在だからなのかもしれない……〉
と思った。



ちひろに惹かれて集まってくる(悩みや傷、孤独を抱えた)人々は、
ちひろと出会うことで、少しずつ前を向けるようになっていく。
それだけでは「癒しの存在」みたいな話で終わってしまうが、
ちひろは、それだけの人物ではない。

ちょっとニュアンスを間違えると、なんでも受け入れてあげるよ、というキャラクターになっちゃうなと思ったので、あくまでそんなに人に興味がない、人生を諦めた後で一周まわったぐらいのカラッとした感じというか、人に対して粘度を感じさせないように、気をつけながら演じていたように思います。決して自ら踏み込んで手を差し伸べるのではなく、存在してくれているだけで力をもらえるというか。音楽やアートに癒されたり救われたりするようなことに近いかもしれませんね。(「好書好日」インタビューより)

有村架純はこう語っていたが、
「そんなに人に興味がない、人生を諦めた後で一周まわったぐらいのカラッとした感じ」
という、ちひろの「人との距離のとり方」が絶妙で、
「他人と深く関わらずに生きていきたい」私にとっても、(コチラを参照)
とても参考になる、手本となる生き方のようにも思えた。
〈人はただ存在しているだけの好いのだ……〉
そう思わせてくれた131分だった。

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