毎日が日曜日、もとえ、毎日が真夏日の今日この頃、絞り水のお湿りを目当てにアゲハチョウが吸水にくる時節になった。フイールドの行き帰りの林道上には朝からアゲハが降りているから走行時にタイヤで潰さないように気を使う。一昔も前にはアゲハだけでもお山の全種が集まって吸水する場面は珍しくもなかったが最近はせいぜい1~2頭程度で今昔の感がある。
少ない種類の中で今期に目立つのはカラスアゲハでどう言う訳か他のアゲハは吸水に降りてはくれないのだった。今日も数頭があちこちで吸水していたけれどすべてがカラスアゲハだった。その中でも落ち着いて吸水中、と言うより度胸のよいアゲハだったのかもしれないけれど接近しても飛び立たないアゲハが居たのだ。
Sさんはスマホを構えにじり寄りじっくりと撮影していたものの、小生は乗り気にならずトンボを眺めていたけれど撮影した動画を見せられて1枚撮影する事にしたのだった。
今までも撮影しているし珍しいチョウでも無いから撮影したいのは美しい翅色を捕まえる事で抜き足差し足にじり足で1mまで接近して数枚を撮影できた。アゲハだって馬鹿でも無いから少し動きがクイックになったり大振りになると全身をピクッとさせ緊急飛翔体制になった事がわかる。声には出さずとも「敵ではないない安心をし」と念力を送りつつ写した写真の秀逸がこれ。視認して「美しい、綺麗だ!」の一端は捉えられていると思う。
吸水をみながら「オスだけなんだってね。寿司喰いねえ!」なんて雑談で思い出した事、それは現在北上中のアサギマダラは浜辺の何とかと言う植物の吸蜜をしながらなのだとかで、これもオスだけの行動とTVで言っていた。だからと言って信じている訳でも無いのだが「オスにはオスの憂いあり 爺には爺の悲しみや まして心の花園に 咲きしアザミの花ならば・・・。」元歌を知っている人は少なくなった。
そこで自らの深層心理に気が付いた「そうだったのかノアザミを植えるのは」。
少ない種類の中で今期に目立つのはカラスアゲハでどう言う訳か他のアゲハは吸水に降りてはくれないのだった。今日も数頭があちこちで吸水していたけれどすべてがカラスアゲハだった。その中でも落ち着いて吸水中、と言うより度胸のよいアゲハだったのかもしれないけれど接近しても飛び立たないアゲハが居たのだ。
Sさんはスマホを構えにじり寄りじっくりと撮影していたものの、小生は乗り気にならずトンボを眺めていたけれど撮影した動画を見せられて1枚撮影する事にしたのだった。
今までも撮影しているし珍しいチョウでも無いから撮影したいのは美しい翅色を捕まえる事で抜き足差し足にじり足で1mまで接近して数枚を撮影できた。アゲハだって馬鹿でも無いから少し動きがクイックになったり大振りになると全身をピクッとさせ緊急飛翔体制になった事がわかる。声には出さずとも「敵ではないない安心をし」と念力を送りつつ写した写真の秀逸がこれ。視認して「美しい、綺麗だ!」の一端は捉えられていると思う。
吸水をみながら「オスだけなんだってね。寿司喰いねえ!」なんて雑談で思い出した事、それは現在北上中のアサギマダラは浜辺の何とかと言う植物の吸蜜をしながらなのだとかで、これもオスだけの行動とTVで言っていた。だからと言って信じている訳でも無いのだが「オスにはオスの憂いあり 爺には爺の悲しみや まして心の花園に 咲きしアザミの花ならば・・・。」元歌を知っている人は少なくなった。
そこで自らの深層心理に気が付いた「そうだったのかノアザミを植えるのは」。
