水芭蕉の花が咲きました。
去年は4月8日だったので、10日遅れになります。
福寿草が咲いて、水芭蕉が咲くと他の花も芽吹き始めます。
鬼無里(きなさ)のご紹介
奥裾花自然園の水芭蕉大群落
日本一の大群落! 裾花川の源流、ブナ原生林におおわれた奥裾花は、草花や野鳥の宝庫。なかでも今池の水芭蕉は有名で、雪解けの5月中旬には81万株もの純白の花をほころばせます。また、この時期は、ブナの原生林が一斉に芽吹き、コブシやタムシバ、オオカメノキが白い花弁を広げ、足下ではスミレやオオイワカガミ等が小さな花を咲かせます。モリアオガエル(天然記念物)・ゴジュウカラ・フクロウ・オオルリ・アオゲラ・アカショウビン・ノスリ・猿等に出会えるかもしれません。 秋・・・奥裾花渓谷の秋葉紅葉は大自然の営みのすばらしさ感じさせてくれます。
鬼女紅葉のお墓があります
元和元年(1615)、村人は寺を建て、小岩獄村(現穂高町)より松巌芳祝禅師を迎え、師の名をいただいて松巌寺としました。境内には鬼女紅葉のお墓や紅葉の家来のお墓があります。本堂の格天井一面には、児玉果亭の高弟藤原紫僊が描いた花鳥画がはめられています。 また、鬼無里地区の木食仏と鬼女紅葉伝説がわかりやすく解説されています。 村人にとっては「鬼女」ではなく、「貴女紅葉」として慕われていたそうです。 |
鬼女紅葉伝説(きじょもみじでんせつ)
平安の頃、紅葉という高貴な女性が京の都から水無瀬(長野県長野市鬼無里)に追放されてきました。 村人は美貌と教養溢れる紅葉を敬慕し、内裏屋敷を造って敬愛しました。 しかし、紅葉は山里の暮らしに物足りなさを感じ、昼は村人に読み書きなどを教えていたものの、夜は変装して他村を荒らし回る生活を始めます。 やがて紅葉は鬼女と呼ばれるようになり、更に鬼女が京を狙っているという噂が流れました。 朝廷はその噂を聞き、平維茂(たいらのこれもち)に鬼女退治を命じました。維茂は多くの兵を連れ急ぎ討伐へ向かいましたが、紅葉の妖術を前に太刀打ちできず、失敗に終わります。 紅葉の妖術を破るためには神仏の力にすがる他ないと、維茂は別所北向観音に17日間参籠し必勝祈願をし、降魔の剣を授かりました。 剣の力で妖術は無効化され、ついに紅葉は征伐されました。 |
したっけ。
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お天気もよく、川辺で気持ちよさそう(*^^*)
夢見て咲いてきれいですね^^