年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

何か想定外の事が起きそうな

2025年01月16日 | 宅老のグチ
1月15日に世田谷ぼろ市に再度行って見た。人出は平日でも多い。暮のぼろ市は世田谷線の松陰神社前で降りて、安政の大獄で処刑された人たちの墓を見に行って、同志の墓の位置は松陰を中心に小さな墓だ並んでいた。その後に建設中の世田谷区役所を見つつ、ぼろ市に行って、気になったのが戦前の教科書を売っている所で混んでいて手に取ることなく、こんなものも買う人がいると思っていて、次はじっくりということで1月のぼろ市へ行く。
 今回のぼろ市行きは、戦前の小学校の教科書の販売状況を見るだけで、これでは単なる歩数稼ぎと思い、世田谷平和祈念館に行くことにした。場所は三軒茶屋から歩いても十数分だが、ぼろ市行きの経験から昭和女子大バス停から歩いたほうが良いように地図では見えた。
 世田谷公園に平和記念館がある。平日でほぼ無人の展示室。色々な平和記念館があるのだが世田谷で初めて見たのは軍隊に入隊する以前の心構えの本があった。陸軍模範兵講習録と言う。この本が家に戻って検索すると、古書店で出て来るが国会図書館にも所蔵されいていない。当然都内の図書館にもない。
記念館の説明では招集令状が来て軍隊に入ってどうなるかの予備知識の本の様だ。実際読んでみないと当時の様子と伝えられていて現実がどのような差があって、さらに軍隊では入隊したばかりの兵士を理不尽に暴力する言い訳をどのように説明していたか知りたい。これは時たま聞こえる自衛隊でもあるのだろうか。今は自衛隊でもセクハラと不同意性交の問題が裁判沙汰となる。何か新聞沙汰はハレンチ行為しか記事とならない。
 三菱の貸金庫事件で銀行の闇が暴露された。これで日本では金というのを保管する安全地帯がないことになる。緊縛強盗が多発し、家で金品を保管することは命の危険をもたらす。

 デジタル通貨も日本では波乱続き。それでも現金の使用率が下がっているという。まだ日本ではぼろ市や縁日の屋台で現金以外で支払う姿が見えない。それほど紙幣と貨幣の信頼があるのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

都のシルバ-パス利用の個人負担が半額?

2025年01月15日 | 宅老のグチ
バブル期並みの税収で東京都の新規の施策で来年度のシルバ-パス利用の負担金が70歳以上の普通所得者が20510円から半額という。70歳以上の低所得者は千円で1年間で都内の都営地下鉄、都バスの利用で出来た(ゆりかもめ線は除く)。更に民営バスの都内区間がパスで乘れる。隣の川崎市と横浜市の高齢者パスは何か値上がり報道があって、都内の高齢者住民の優遇が目立つ。この案は東京都の都議会議員選挙の高齢者票の獲得手段。都民の大部分は地元意識のない人で特に都心3区の昼間人口と住民票との人口差が激しい。
 この問題に気がついたのは築地市場移転問題で行政の中央区と区議会議員たちの反対姿勢だった。自分は当初から一貫して移転賛成派で、反対している人たちの根拠理由を調べていた。そこでは一度築地市場の分割工事で再建する案が通り、400億円ほどかけて工事用地の工事期間中の面積を減らさない立体工事が行われた。この時の最大の失敗は隅田川にふたをかける考えが出なかったことにある。河川法とか難航する折衝は3年ほどの周期で配置転換される都の職員には無理だった。
 結局最後の本工事の時に影響を受ける業者の問題でとん挫し放置された。東京都の予算の95%以上は誰が都知事となっても決まっている出費がある。そこで知事は選挙のために新規の案を出す。それは石原知事の築地移転と尖閣諸島の都有地化だった。それでも築地市場の移転は難儀し、結局オリンピック招致によって、東京都の職員が移転反対で新市場の業者会議を怠けている人たちを暗黙の国賊扱いの様だった。選手村と各会場の交通の要所は勝鬨橋でそこを開けるには築地市場の移転が必要だった。
 終わってしまえば多くの犯罪者を東京オリンピックに出してしまった。さらにコロナで無観客と言う天罰に近いものがあった。それでもGDPが上がった。このGDP評価主義が東アジアの混乱の根本とおもう。

 東京都の高齢者パスを毎日利用していて、行政富裕地方と貧困行政地域との差を感じる。横浜・。川崎は高齢者優遇交通パスを値上げという方向の様だ。さらに高齢者の記念品も格下げという声も聞く。表彰状より特別養護老人ホ―ムの拡充という声がおおい。特養の回転率のデ―タがあって、東京都の待機の人数が多い。退去の人のデ―タで60%ほどが死去で、20%ほどが病気で特養では治療できないので病院送りで3か月ごとに転院生活になる、さらに特養内の環境の変化で馴染めない人のノイロ―ゼ転院もあるという。ソロソロ少子の促進で都内の保育園は充足しそうで、次の都議会選挙では特養の誘致予算獲得競争となり、多くの小学校の1から2階は保育園と特養の混在施設で、さらに放課後学童保護施設となるだろう。
 税収の多い東京都の暴走は小池知事がトランプの様に見えてきた。どこまで税収が増えるのだろうか。ついでにゆりかもめ線もシルバ-パス利用が出来てほしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

底辺もの

2025年01月14日 | 宅老のグチ
都立中央図書館で立教関係の文献を読んでいて、2時間経って根気力が薄くなったときに、気分転換で月刊誌の所で頭を休めた。
 そこには10冊以上の経済月刊誌があって、普通の区立の図書館より専門性があって、さらに空いている。広尾・麻布という土地柄で勉強に来ている人が多く、そこで暇つぶしの読書の風景が感じられない。昔築地市場にいたとき、中央区役所の地下の中央図書館に閲覧室があって、夏場に行った時に混んでいて、一角が空いていた。そこに座ると汗臭い臭いで、空いている理由が判った。ホームレス風の人の臭いだった。見た目は中央区なので服装は普通人と変わらない。ただ汗臭いのだ。図書館で新聞・週刊誌等々を読んで、エアコンの効いている所で休む。追い出したら熱中症の恐れもある。
 広尾の図書館で月刊誌を眺め、今編集者たちがどのようなテ―マが読者を引き付けるかを一目でわかる。今はトランプと中国バブル崩壊後の見通し。すでに日本の不動産は高止まりの見込みのようで、今後は中国富裕層の日本への資産移転と個別の動向となるが、中国見下し感のあるライタ―達の何か新規性がない。つまり中国のヨイショの人とアンチ中国の人の自説論で一回は面白いが何回も書いていると、現実というか都営浅草線の両空港行きの電車内の風景と異なる。彼らは日本に一時滞在なのだ。観光でも投資でも今の日本には一時滞在・滞留富裕層となる。トランプの分断アメリカはいつ暴走した銃にやられる不安がある。ノウテンキの日本で観光と強権と監視の中国から脳と心のリフレッシュをしていて、特に気になるのがイスラム系の人達が浅草浅草寺で手を洗い、煙を浴び、お賽銭をあげ参拝している。イスラムの戒律に日本の神社・仏閣へ堂々と写真を故郷の仲間に見せている。浅草寺境内には何でもありの日本でもメッカに向けて祈るところがあるのだろうか。ネットで調べるとすでにイスラム系在留人は20万人を超え、寺院も100を超えているという。一部屋モスクもあるという。
 経済月刊誌で年金のことが書いてあった。高齢者の低額・無年金の年金者にはどんな対策があるのだろうかと読んでいると、驚く対策があった。これでは生活保護の人達が生活資金を得た日に、手配師やパチンコ屋に駆け込む理由があった。自分も実感するのだ給付のような生活保護の金はすぐに消費しないといけない制度の様に感じる。限度額を超える貯金は生活保護の打ち切りとなる。
 記事によると低年金者の仲間内の情報網で無料の食事、都内の無料で都バスに乘れるの生活保護者の交通券が違法に売り買いされているという。この結果はどんなインフレになっても彼らは困らない。空き缶回収は現金・領収書無しの世界で消費税がない。うっかり記録に残る労働をすると生活保護が打ち切られたり減額される。そこでうっかりを避けるため貯金はしないで仲間から借りた金銭を返す、消費することになる。もし盗まれたら、金の出所が詮索され安定収入の生活保護が危うくなる。この知識の情報が刑務所から出て、軽い犯罪で刑務所に出戻る犯罪者と同じである。生活保護者と刑務所内の受刑者と差はない。あるのは刑務所なら医者付きである。住まいもあるし一定の時間で食事が出る。そして刑の長さに関係なく、死を待つことになる。
 子供の見守りも有償か無償の差で、築地市場の周囲の歩道を山谷で集められた人たちが集団で見せつけるように朝日新聞社前の歩道を清掃行進していた。もしホウキが銃だったら戦時中の軍隊行進の様に見えるだろう。これは東京都の左派報道に対するやっている感の演出といつも築地で思っていた。やらせ報道。
 ある記者の回想で世の中が平穏な時に記事を探す時は動物園と築地市場と言うのがあった。本当に築地は知らないことが多すぎて、さらに日々変化している。日本で学歴が不要な世界。いるのは労働常識。 
無断欠勤はダメ。後は体力。できれば運転免許、最低は原付。
 
 戦後の過激派の幻想は資本主義がいきずまると、農民と下層労働者が武器を持って立ち上がると考えていた。とてもじゃないが立ち上がることは無い。10時のパチンコ屋の開店を多くの人が待機している。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戦後80年の今年はGHQによる日本占領の80年でもある

2025年01月13日 | 宅老のグチ
この頃立教学院(大学)の歴史本を読んでいる。戦死した叔父の調査の行き詰まりで気分転換を図るための調査でもある。
昭和20年8月の敗戦の後、GHQの占領政策の中で、元立教学院の英語教師ポール・ラッシュを教育においての戦争犯罪を追及する仕事に任命した。ポールは日本聖公会から派遣された人だった。
彼は立教学院で戦前には英語の教師をしていて、日本が開戦となってアメリカに送り返され、米国内で軍人のための日本語教育を行っていた。
「清里の父 ポール・ラッシュ伝」
この本を図書館で読んでいて、戦後に彼が立教学院に対して、GHQによる直接の命令で11人の立教関係者が追放された。立教関係者以外の教職追放はGHQの直接指示した追放令ではないという。教職の追放する組織によって、教育関係者の追放が決まったという。この遅れた教育関係者の追放は、特に師範学校の戦後史に混乱ぶりがみられる。8月15日まで鬼畜米英と生徒指導していて、敗戦となるとすぐに民主主義を唱える変節指導者がいて、責任を上層部の命令と言って、地位に留まろうとした様子が見える。
 そこから見えるのはポール・ラッシュと言う人の立教への想いと、同時に皇国日本の軍と対峙しなければならない立教大学の経営幹部の苦悩を理解させることが出来なかった。
 御真影の問題、派遣された軍事教官との調整は戦時の立教大学幹部の苦悩が見える。今の出版されたポール・ラッシュの伝記の記述は戦後史の上から書かれていて、日本の戦争責任問題がソ連の台頭によって中途半端の感がある。そこにGHQの民主化という御旗によって動いていた左翼勢力が弾圧されるようになっていった。
 ポール・ラッシュの評伝でアメリカの正義という日本では馴染みのない言葉が出て来る。これを立教学院の事例でそもそもアメリカの聖公会というキリスト教組織が築地の居留地で布教と病院を作ったことから始まる。いま中央区の聖路加病院の敷地内に立教学院の建学記念碑がある。アメリカの寄付金で出来た学校が配属将校の指示で文学部と経済学部が閉鎖され、それによってクリスチャンの教師が失業し、代わりに理学・工学の学部が出来た。チャペルが閉鎖され、防空壕の素材として壊された。この状態で戦争が終わってもラッシュが立教学園を視察した際に、復旧する意欲が学院幹部に見られなかった。
 戦後の立教は学校の再建と共に財政の問題も抱えていた。極度の戦後のインフレは戦前の30万ドルの基金の価値が2千ドルの価値となってしまった。
 多くの苦学生が立教の米国人教師の家で食をもらい飢えをしのいでいる様子が見える。従って一時とは言え立教の教師に戻った縣康は食の確保に苦労したと思われる。この時の話が今でも親族に伝わるのは何か印象的だったと思われる。いつ頃の話か聞いてみないと判らないが、GHQという言葉が叔父の遺品と遺書の処分に関係していると自分は思っている。何しろ鬼畜米英と信じていた農民が近所の南桜井の精工舎江戸川工場に進駐していた米軍兵士がウロウロしていてさらにGHQによる直接命令で教職追放された人物の食料支援をしていたと思われたら危険と勘違いもあるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界中がもやもやなのに

2025年01月12日 | 宅老のグチ
今月末にかけてのイベントに想像と希望と絶望・願望記事がネットをにぎわし、さらにその記事量を上回る、どうでも良いセクハラ記事で頭のゴチャゴチャをリセットし、経済ニュ-スでしばし冷静となる。今日のびっくりは三井住友銀行の初任給が30万円という。金融関係の就職を希望している人は常識として、40前後に銀行員はリセットとなる。従ってその期間に地位が上昇しないと金融機関から退出となる。前はしがみついている人が多いと感じていたが今は出戻りもある。

 ここにきて、日本の変化が激しい。医者通いで月初めの健康保険書確認で、マイナンバ-での確認しか出会わない。あれほど嫌っていたマイナンバ-を使わない患者はまだ密かに資格証明書で出しているのだろうか。銀行の紙による振り込みが1回1000円近くなった。キャッシュカードで振り込むと275円。結構不安でもある。それは個人情報を察知されないための銀行側の工夫でもある。

シンガポ-ルに転勤した知日人がコロナ前より米国人が日本に関心を持っているという。都営浅草線を利用していると雑多な人たちが日本に来ている。トランプの4年を日本で避難生活を送る米国人もあるだろう。
 つくづく日本に馴染むには空気を読めるかどうかということ。これは時間がかかるし、経験値の問題。単なる旅行者が定番のコ-スを回っても、表面上の知識で終わる。自分の調べているタクワン漬で香道の知識が必要と思っているがそれには源氏物語の素養が無いと見学も出きないと思っている。後は茶道の茶懐石で茶事の素養も必要となる。茶事の文献の香の物がタクワンと代わったころの時代はいつなのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

街歩きで小児医院の混雑/夕張メロンが食べたい

2025年01月11日 | 宅老のグチ
近所に小児医院がある。この医院はコロナ期間中に時々TVコメンテ-タ-として出ていて、医院の後ろに駐車場が数台停める場所があった。観察していると医院に電話で予約し、駐車場で他の病気の患者と分離して待機していて、時々防護服を着た看護師が出入りしていて、患者を捌いていた。
 今再び感染症が賑わっているようで混雑している。学校が始まったばかりで学級閉鎖の情報がまだないが増えると予想する。中国の感染症情報があって、今月末からの春節と札幌雪祭りが危険と感じる。でも国境封鎖は無いとおもう。なぜなら隔離の効果と経済効果を考えるとまだ不況回復途上の日本では無理だろう。
 政策的には日本も中国も韓国も高齢者優遇が終わりを告げるインフルエンザ蔓延となる。タミフルという特効薬が品切れしそうというニュ-スがあって、初詣で感染が広まっているかもしれない。

 3連休だが大雪警報で人出の制御、ガソリン価格が上がる。それより雪道が混まないのは高騰しているリフト代で日本人がスキ—が出来なくなった気がする。税金を払った後に残る金銭が少なく、英語の話せない日本人はスキ-場で肩身が狭いのではないかと思っている。今年は大雪だが昨年は正月でも雪のない地域が多かった記憶がある。雪は気まぐれ。ギャンブル的な投機・冬季スポ―ツと思う。それだから破綻した夕張市のスキ-場にはまだ外資が出てこないのだろう。スキ-場を維持するには周辺の自治体によって、道路整備が行われる。夕張はいつ負債が消えるのだろうか。ひょっとしたら中国が復活のモデルとして研究するかもしれない。
 夕張市の財政再建の状況は2026年度(令和8年度)末には「財政再生計画」の期間を終え、国へ返す借金、「再生振替特例債」の償還が終わる見込みという。今年のふるさと納税は夕張メロンにしようとおもう。夕張市は石炭の街だったが石炭産業が衰退し観光に向かったが失敗した。
 福神漬の歴史でベンジャミン・スミス・ライマン(Benjamin Smith Lyman、博士が出てきて、夕張炭鉱を発見した地質学者だった。石井研堂の缶詰の始まりに出て来るお雇い外国人某とはライマンという記述の明治事物起源事典にある。しかし根拠が薄い。しかしライマンと森有礼とその妻となる幕臣広瀬家の美女と言われていた常との婚姻は小説秋霖譜: 森有礼とその妻 森本 貞子に詳しく書かれていて、妙に納得できる作者の見解小説である。
 森と常が離婚後に常の写真が消えていて、多くの常の写真というのが妹の福の写真という。福は明治屋創業者磯野計の妻となり、第一子の女児菊を生んだ時に亡くなった。・親族が自由民権運動静岡事件に参加していたことから心労だったと森本は小説に書いている。日比谷線広尾駅に降りて、都立中央図書館へ行く道に三菱UFJ銀行があって、どうも敷地は磯野不動産となっているし、明治屋ストアがあって、酒悦の福神漬瓶詰が売られている。
 カレ―ライスと日本郵船・インド洋の遭難した常陸丸に積載されていた、明治屋の練乳と酒悦の福神漬の木箱写真。第一次大戦末期の悲しい事件でもある。
 出典の神戸大学図書館の新聞切り抜き 戦時海上保険
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

立教学院(大学)の事 11人の教職追放事件

2025年01月10日 | 宅老のグチ
九段下の昭和館でGHQの公職追放の文献を読んでいた。そこで山本礼子さんという人の文献を探した。公職追放の本は数人の人しか出てこない。多くの公職追放関連の研究は政治家・軍人と公務員という戦争指導者・さらに言論リ―ダーの本が多い。
 特攻に行って死んだ叔父の話を聞いている内に親族の戦後の話が出てきて、この状況を詳しく知らないといけないと感じていた。
 叔父と同期の台湾陸軍204飛行隊員と結婚した93歳になる中田芳子さんと知り合って、ほとんど特攻した隊員は遺書遺品を用意したという。ある隊員は懇意にした14歳の中田芳子さんに遺品と遺書を軍の検閲を逃れるため、委託したという。戦後に中田さんは遺品を遺族に無事に届けたという。
 そこで叔父にも遺品が届けられたということが想像できた。そして軍隊の上官が戦後に叔父の生家に訪問し、遺品等を届けた。この証拠は昭和20年4月に台湾の陸軍花蓮の新川飯店と言う所で撮った集合写真が自分の父の写真帳に残っていた。この写真は親族の人の手元には1枚もない。不思議だ。入隊写真は数多く保管されていて、最後の送別の記念写真が自分の家以外に見当たらない。この送別会の写真が逆さ歌という一芸で高齢者ユチュ-バ-として活躍していて、情報番組の最後に写真が写され、自分が中田さん探しを始めた。捜索は難航した。そこで叔父の眠る寺院で捜索断念の祈祷を依頼した。お経をあげてもらい、上空に飛行機の音がした。住職に聞くと羽田空港行きの飛行機と言う。江戸川・利根川は飛行機の経路となっている様だ。昭和20年叔父は台湾に行くため、生家を訪問した。その時に新規の飛行機・隼の習熟訓練飛行で叔父の家と出身小学校の上空を超低空飛行したという。
 さらに戦後の話から縣(あがた)という聞き慣れない人の話が出た。どうも血縁でないが知り合いで、戦後の食と住居の欠乏時期に村に避難していた様だ。いわば疎開となる。その縣さんは立教関係の人という。立教と言えばキリスト教系でまるで想像もできない付き合いとなる。従って時間の無駄だと思い調べることをしていなかった。
 今インフルエンザが大流行で出来るだけ家を出ないで調べることにしていて、今まで手に付けていない伝聞を確認して見たくなった。
 立教 縣と入力すると出て来る有名人だった。そこから戦後のGHQによる教職関係の追放者の人だった。詳細は立教の関係者のPDFで知ることが出来るが、縣康さんは戦前に軍からにらまれ、経済の教授から簿記の教授に格下げで、それらの事実をGHQに提出し、立教の11名の教職追放で最初に解除され、比較的に多くの文献がある。
 昭和館の文献で米軍の記録を読んでいるとどうも昭和19年頃には日本占領計画があって、その時の方針作成で教職の思想改造を画策しているようだった。
  GHQの関係者で清里の父という米国人が出てきて、今気になっている。
清里の父 ポール・ラッシュ伝 この本を読んでみたいと思っている。

 米軍の日本占領計画とソ連の台頭で占領計画が中途半端となり、皇国を否定していた政策から左翼弾圧に変わって行った。この辺りの日本史はまだ誰も納得できる歴史観がない。そこから35年不況が来ていて、解決策がなく、やっとロシアのウクライナ侵攻ということで、長期デフレが終わりそうになった。長期デフレの成功した対策は世界史ではまだない。事例がないのだ。多くのデフレは数年で終わっている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九段下の昭和館図書室で昭和の終わりの日の本を読む

2025年01月09日 | 宅老のグチ
都営新宿線九段下駅に隣接する昭和館図書室で北白川能久親王の書籍を出してもらっている時出てくるまでの時間に開架書棚を眺めていて、気になっていた本があった。
 図書室の係の人から本が出され、読み終えて時間を見ると、まだ2時間内で根気が残っている時間なので、気になっていた本を読みだした。昭和の終わりの日に皇居の様子で昭和64年1月7日の早朝に当番医師から緊急連絡があって、多くの人が昭和天皇陛下の病室に集まった。その中に北白川祥子という女官長の名前があった。もしかしてと思い、帰宅後に調べるとやはり北白川宮家の縁者だった。
 昭和は1月7日で終わった。始まりは1926年大正15年12月26日からで従って令和8年の12月25日で昭和は100年となる。
 昭和の節目はいくつかあって、後世の歴史家の分類では敗戦の昭和20年8月15日まで、つぎが難しいが昭和39年10月10日まで。東京オリンピック開催、新幹線開業、そして崩御の年まで。加えると平成元年の年に美空ひばり、松下幸之助が亡くなっている。
 平成2年なると景気過熱が意識されバブル崩壊に向かうが過去の経験を超えるバブルで結果として当初に予想した10年不況を超える35年不況となった。
 今しきりに中国が日本の失敗を研究し、長期不況を回避しようとしているが、統計の不備でどこまでの対策が有効かわからず、先の大戦の日本軍の過大戦果報告で実態に合わない結果を招き悲惨な戦争を継続してしまった。中国がマルクスの歴史観を信じすぎて、人為で制御できない病原菌・天候によって不都合な事態を招きつつある。そこに昔からある中華思想が周辺国のいら立ちがあって、どうも見ていると中国の資金を誘導し、借金を踏み倒す算段をしているように見える。さらに中国の安さと速さは先進国の労働者の利権を脅かす存在となっていて、日本製鉄がUSスチ-ルに拒絶されたのも中国の影響だろう。改革開放で世界の工場となった中国はこれから資金の流出となる。これは幕末の開国時に日本では金と銀の交換比率の問題で金が流出し、その対策として金の改鋳を行ったため、あっという間に日本がインフレとなり、庶民が開国が危険と実感し、攘夷の気風が生まれた。インフレとデフレはインフレの方が対策しやすい。ところが高齢者は働けないのでインフレには弱い。

 この対策として政府はピンピンコロリと死ぬ方向に向ける政策が良い。今は健康寿命と平均寿命の差が大きく、介護の費用が多大で、保育園の仕事と違って介護は家族の自己満足でしかない。日々劣化老化する親を介護する虚しさは体験しないと判らない。そこに介護の貢献度の問題が出る。金銭なら明確になるが家族の介護は公正な金銭評価できにくい。兄弟は時間差で生まれ、さらに親の収入状況によって、個人の受け止め方が異なる。
 何事もスピ-ドの早い中国の若者が体験の無い不景気に戸惑っている様子が見える。次は自信喪失となる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

病室WiFiで

2025年01月08日 | 宅老のグチ
今入院中の家人との連絡でほぼメ―ルで行っている。スマホより画面の大きいiPadを持たせた。病室にはカード式のテレビがあるが、汎用性と好みの問題で今はネット。
 時々深夜に気がついたときにメ―ルを送るとすぐに返信が来る。携帯電話なら話せない時間で、メ―ルなら音なし。これでテレビ電話の機能を活用すれば遠距離と感染症蔓延時期にも、面会できる。
 コロナ時期にアメリカで病院の施設と会いたい人のテレビ面会の様子が見えた。試行錯誤があるのだろう。アメリカの警察官の身に着けているカメラで取締りの正当性の画像を見っると、訴訟アメリカでどのようなことが争点になるか知ることが出来る。
 中国の治安維持の警察官がカメラを身に着けている様子が見えない。報道では秘密警察か監視カメラに頼っているのだろうか。

 病室で使っているレンタルWiFiを間も無く返却できそうだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

七草粥の行事を行っている所がどれくらいあるのだろうか

2025年01月07日 | 宅老のグチ
1月5日から中央卸売市場が始まるのだが、青果の方は水産のようなマグロのイベントも無く、さらにゴミ問題から初荷ののぼり旗も水産関係しか目立たない。そんな青果の方のセリ場に七草の野菜のセットものが売場に残っていた記憶がある。今はス-パ-が青果でも販売力があって、七草粥の話題も正月7日となれば話題にもならない。最もこの行事は中国から来た行事で旧暦の正月7日の行事となる。日本では明治の改暦で東京は新暦に合わせて、旧暦の行事を移行したので、全国では新暦・旧暦が混ざっている。
 一番不思議なのが恵比寿購で関西では1月10日の恵比寿購で、旧暦対応でない。お中元は関西は旧暦、東京は新暦、まるでエスカレーターの並び方の様だ。ある時、新幹線の新大阪駅のエスカレ-タを眺めていて、地元の大阪環状線のエスカレ-タ-は右に並び、そこから新幹線のホ―ムのエスカレ-タ-は左に並んでいた。この問題は諸説ありますがで逃げるのが普通となっている。
 間も無くこの行事が文献行事となりそうだ。

 戦前の童謡を懐かしくユ-チュ-ブで見ていると、歌詞の内容が悲惨ということに気がつく。特に里の秋という童謡は戦地から未帰還の父親を待っている歌で内容を知るとその後の展開が想像できる。酷い戦争をしたものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2億円を超える豊洲のマグロで

2025年01月06日 | 築地市場にて
1月5日は東京都の中央卸売市場の初荷の日である。これは日曜でも5日から始まる。そのための準備もある。東京では今でも土曜の深夜の大型トラックの都心の乗り入れ規制があって、環七の内側には原則として入れない。
築地から豊洲へ移転し、警視庁の規制地図では豊洲市場は区域外で、移転後に日曜開市の経験が無いので今回が初日曜開市かもしれない。
 警視庁の言い分では大型貨物自動車の走行による騒音、振動等の交通公害は大きな社会問題となっております。
このような情勢の中で、せめて土曜日の夜だけでも静かな東京にならないかという都民の要望をかなえるために、土曜日の夜の都心部において大型貨物自動車等の通行禁止を実施しております。
 これだと5日日曜日の初セリには規制があると、築地市場時代は問題が生じていた。そのため事前に築地市場協会から通達が回っていた。豊洲市場は高速道路と湾岸道路があって、特に正月の道路は都心は空いているので迂回しても罰金の懸念の少ない道を選択できる。
ここまで書いて令和になって1月5日が日曜となったのが初めてかどうかを調べると今年が初めてというチャットAIによる回答が来た。それゆえ豊洲市場協会よりの事前案内があったかは知らない。今はう回路があるので規制の連絡ミスとなるだろう。豊洲の荷下ろしは4日の夜から始まるので事故が無ければ、誰も知らない交通規制。これは警視庁のやっています感の象徴でもある。
 今年のマグロのセリ値が2億円を超し、過去二番目の高値という情報が5日午前6時過ぎに来た。自分的には今年のマグロセリ場の競争相手の報道が待たれる。マグロのセリはキロ単価でせり上げるので競争相手がいない通常日にはここまでセリが上がらない。さてライバルだが自分の予想する相手はすしざんまいの木村さんと思う。築地には意地のぶつかり合いがあって、時には想定外の価格となる。多くは得意先の奪い合いと従業員の引き抜きが原因となる。
 街を歩くと居酒屋の外に豊洲市場直送とあった。あれほど地下汚染と騒いでいた人たちの変節を感じた。海の魚には罪はない。罪があるのは魚が食するプラスチック汚染が人が行っているということである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

縁も知人もいない立教大学(学院)の歴史を調べに

2025年01月05日 | 宅老のグチ
正月の休みで、家人の入院ともあって、行事が中止となり、さらに感染症の危険ということで外出自粛となった。それでも脳内運動でネット検索をしている内に、過去の親族の伝聞の検証をしてみた。
 厩橋の親族に戦時中の話を聞いていた時に、戦後に漬物業を廃業したのはGHQにマークされたという話だった。自分は叔父が特攻死し、当時としては米軍には多大な損害を米軍記録でも検証できるのでそんな腹いせかと思っていた。しかし過去のことより、戦犯を追及していた時代でそんなことはあり得ないので、叔父の実家附近のGHQの動きを調べていて、今の東武ア―バンパ-クライン野田線南桜井駅付近の戦後の様子を春日部市史庄和地区編近現代史で調べてみた。そこでは昭和22年9月のカスリ-ン台風後の南桜井付近のコメの供出割り当てが他の埼玉県の農業地域より圧倒的に少ない様子が見えていた。そこで米軍の埼玉県ライアン少佐が小学校に付近の農民を集め、埼玉県の名誉のためコメの供出割り当ての達成の協力を要請し、従わないと貯蔵している食料の家探しをすると脅した。この結果は翌年に埼玉県のコメは割り当てを達成した。後日談で庄和地域の人はヤミで得た金銭で他の台風被害の少ない地域から米等の供出用食料を購入し、供出したという。庄和地域は東武線と水運があって、無動力でも安易に東京の下町にヤミ物資を運搬できる。ヤミ物資の検問を避けるために、肥え桶や空き醤油樽を積み込んで検問を逃れたと想像できる。今の日本橋の国分は江戸時代に大名相手の商売から、茨城県土浦市で醤油醸造を始め、江戸に供給した。そこで江戸からの帰り荷に空き樽を積んでいたのが、次第に空き樽の流通が本業となった。その様な過去の歴史があったから江戸川の船に醤油樽が積んでいても不思議ではない。。
 紀伊国屋文左衛門のミカン話に似ている。闇市に食を供給する時期で東京市民はタケノコ生活(手持ちの衣服と物々交換)をしていた。東京で配給だけでは生きてゆけない婦女子を比較的に空襲被害のない農村地域に食と住居を求め、血縁・地縁とかのつてで庄和地域には多くの都会の住民が増えた。そこに戦災孤児、大陸等からの引揚者が流入していて、日本の戦後の縮図のような街だった。
 そんな小さな町に戦後まもなく埼玉米軍から兵士が数十名ほど進駐してきた。その理由が南桜井駅前の時計の精工舎江戸川工場に間借りしていた、赤羽の兵器工場を接収するためだった。兵器工場が稼働したのが終戦間際で、米軍には軍需工場と知られず、終戦時にも無傷の工場が残った。精工舎の工場福祉は良く、病院・宿舎も無傷で残っていた。
 そんな街に微かな縁をたどって・縣(あがた)さんと言う人が南桜井に疎開してきた。東京に比べて食料は良かった。味噌・醬油・野菜・卵は自給で醤油に関しては隣接の野田市の知識があって、さらにお茶の焙煎設備もあった。
 栗原家の戦後で時々縣さんの話が出て来る。戸籍謄本に載っていないし、血縁ではないが何か支援しないといけないようだった。そこから来る話から栗原家にとって常識人だった親族の厩橋の漬物業者だった。ここに自分の父は勤めていて養子となり出ていった。厩橋の親族と縣さんとの縁があった。詳細は不明だが縣康さんの親族の人が厩橋にいた。正月の暇つぶし検索で縣康を調べる。
縣康 ウィキペディア(Wikipedia)にも載っている人物だった。そこで調べると戦後にGHQによって立教関係者が11名ほど公職追放された。1945年10月24日である。この11名の追放時期と南桜井駅の精工舎工場に米軍が進駐した時期とほぼ重なる。
 南桜井で疎開していた縣さんのGHQと叔父の特攻話は無関係だが、情報の少ない時代はあわてて叔父の遺品遺書を処分したかもしれないと正月に思った。そこで正月明け図書館へ行って調べてみる。
 立教学院百二十五年史 どんな戦後史があるのだろうか。立教の公職追放史は比較的詳しく縣さんの証言がある。
 開戦後のキリスト教教育と皇国史観とが立教大学でどう対応したか気になる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

正月の自宅ゴミ屋敷

2025年01月04日 | 宅老のグチ
食べて少し外出で世間の風を嗅ぐ。家を出るとすぐに正月を忘れたゴミがある。4日が初生ゴミ出しとなるが去年より期日違いの生ごみ出しが多いと感じる。これは日本人感覚と違った住民が増えていることから来ていると、観察している。
 ゴミ出し文化は日本文化。これをマスタ—した人しか日本人にならないと日本は異国人観光客に占拠され、汚い観光地となり、いずれ観光バブルが崩壊する。今年こそ北海道から日本海寄りが近来にない大雪だが昨年は正月でも雪が無かった。そうなるとニセコも白馬も雪無しでは普通の寒い国。これが二年続けばバブル崩壊となる。油断なさるな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

gooのトラブル

2025年01月03日 | 宅老のグチ
1月2日にGOOブログのトラブルがあって、新規の記事が出せなくなった。そこで思ったのが過去の記事が消えるということで、どこかで再編集し、不要な記事、不適切なもの、そして新しく知った知識と過去の間違い訂正も必要と思った。
昨年は1月1日に大きな地震があって、そして2日には航空機事故でとんでもない年になりそうな不安があった。そこからバブル後の東証株価が4万円を超し、やっと失われた35年の象徴数字を超えたと思った。さらに金利が上がり、賃上げが容認され、さらに日本の人件費がアジアでは低いと公認され、今賃上げできない所は社会から不要な仕事と見なされる時代が来た。
 またまた今年も激変の年になりそう。ただ今年は1月20日からの10日間にどう世の中が変わるかで残りの11か月となる。
 トランプの政策と副反応
 韓国大統領のゴタゴタ 自分の感じでは雨降って地固まるという国になりそう。それは反日教育で育った韓国人が日本より高収入となって日本に来て遊んでいて、飲食店でおもてなしを受け、優越感が出ている。この経験が中国人にも出ると良いのだが。
 昨年の中国のクリスマス映画の興行成績が悪いという。その分析が出ているが、一つの根拠として、デートの場が映画館でない・節約・そもそも婚姻の魅力が消えている。多くの映画が共産党のプロパガンダで内容が同じ。結末は共産党礼賛となる。そこには中国の腐敗の様子は出ない。そこから日本の名探偵コナンがプロパガンダ臭が薄く、人気という。中国街歩きの動画で宣伝臭は日本の戦時下と同じ。それと間も無く開店予告、そこからアニメ絵で風景の変化を出す。どうも落書きのセンスがなく、国を皮肉る絵画が見えない。これではナチス下のドイツ絵画で文化として後世に残るのだろうか。やはり反政府、反体制、反社会という現状否定の文化が心に滲みる。多くの人は人生で体制から排除される。でも自殺しないで生きるテクニックを身に着ける。
 1月末から中国の春節が始まる。多くの中国の富裕層が日本へ脱出の下見となる。先の日本の観光ビザ拡大は、日本のネット右翼には不評だが、これは日本から富裕中国人民に春節用の毒入り饅頭の贈り物と見た。昨年10月の上海と香港株の高騰は中国資産家の投資熱を株に向かわせ、そこから暴落させる中国政府の狙いがあったと見ている。不動産で痛い目に遭っていない富裕層は多数ある。さらに不動産の暴落からワイロの処置に困った人が株に投資し、ロンダリングできなくなっていて、株の上昇でワイロを奪い取る仕組みと見ていた。
 日本へ何回も渡航し、不正な蓄財を日本で明朗化する行為を誘導する日本の外務省の秘密政策と見ていた。中国で不正滞留していた福沢諭吉の帰国手段でもある。まだ渋沢栄一の時代は来ていない。何しろ中国では現金が使えない。従ってドルとか日本円が使えないので中国に不法残留中でもある。この脱出手段が富裕層の観光ビザでもある。これは習体制が終わるまで続くとおもう。
今の中国のワイロの主役はロレックスの時計という。現金が使えない中国のワイロの対策で、福沢諭吉から次は日本でロレックス換金となる。日本の中古品の買取業者の繁盛が続く。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イオン指数・コンビニ指数  中国・ 李克強指数から考える

2025年01月01日 | 宅老のグチ
水増し指数と言われる中国の統計数字で、比較的経済実態を表す指数として、李克強指数というのがあった。
 中華人民共和国第7代国務院総理の李克強が総理に就任する前、遼寧省の幹部だった2007年に国内総生産(GDP)よりも信頼できる数値として挙げた「電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高」の3つをもとに作られた中国の経済指標。2010年イギリスの「エコノミスト」紙によって名付けられた。「チャイナ・モメンタム・インジケーター」とも言われている。
 今の日本の経済統計は中国より正確と思えるが実際の日本の官僚と政治家とによってつくられる政治は過去30年程ほぼ成功していないと感じる。2024年12月31日のネットニュ-スでイオンという日本全国の量販店でパ-トの非正規雇用者を含めて7%程度の賃金上昇と報道されていた。目立つので多分これはイオンと言う日本で一番パートの雇用数の多い企業の公約に近いと思われる。
 日本はいま物価が継続的に上昇していて多くの理由は外部的要因から来ている。いまは株価指数と土地価格の上昇が目立っていて、それでも表面上の物価が諸外国の上昇より少ないように見える。発展途上国ではインフレというのが実感すると、手持ちの資金を物や価値の安定している国の通貨(ドル)や金に変える行動をし、さらに物価が上がる。日本では政府がこのようなことの統計を取っているがどうも日本のマスコミが御用デ―タで論議しているので、ほとんど政府の政策提案と変わらないので実態と合わないと思っていても30年ほど過ぎてしまった。世界の経済学者はデフレがこれほど長続きした国は世界史の歴史で無いとも言っている。
 そんな日本でイオンのパ-ト賃金をネットで調べてみた。今の日本は紙媒体の情報誌が消える時代に来て、それゆえ地方の賃金の情報がネットで見える。さらにイオンのパ-ト賃金情報は昔の職業安定所からネットに変わりつつあって、東京でも九州・北海道のパ-ト賃金情報が見れる。全国でパ-トの賃金情報は求人ではコンビニとス-パ-と思われる。特に役所は地域の広報誌等で節約して求人情報を出しているので最低時給になってしまうと思われる。そこには思惑があるのであわよくば公務員系の仕事に就くという。ところがス-パ-とコンビニは渡り鳥的仕事で流動性が高いと思われる。多くのス-パ-とコンビニの目立つところに求人情報があって、時給と職務内容により賃金が明示されている。
 そこで都内のイオン系の求人の店頭情報では時給1400円、日曜は100円増し。そこで今土地の上昇率が異常に高い熊本県の求人情報を調べてみた。熊本県の2024年10月5日からの最低賃金が時給952円となっている。これは前年の898円から54円上がった。これは台湾の熊本県菊陽町の半導体工場の立地効果と思われる。東京都は10月1日から最低賃金が時給1163円となった。前年より41円上昇となる。地方の賃金上昇は車の普及率の高い地域では容易に高賃金の地域に人材が移動するので、県内賃金が不景気で賃上げできないと人材流出を招き、さらに不景気にする。
 さてイオン系の熊本県の求人情報を調べてみると、時給960円となっている。最低賃金と8円しか差がない。この賃金情報では熊本半導体工場が稼働しても、高賃金の人達の消費は福岡県に流出すると思われる。コンビの求人数は雇用数が少ないので指数化は難しいと思うがイオンの収益状況から徐々に店舗が減ると予想され、全国指数化にはいずれ無理と思われコンビニ賃金指数は研究の余地がある。
 地域の最低賃金と求人価格の指数化には多くの課題があるが研究の余地がある。
 すると2025年イオンの7%は熊本は時給が1027円になるが、求人では1030円となる。そこで熊本での人材移動が生まれる。ス―パ-では商品の価格が8円が好きで、求人は0円が好き。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする