日光東照宮・二荒山神社・輪王寺大猷院の日光山内を参観後、日光の歴史公園100選となっている「日光田母沢御用邸記念公園」に立ち寄ってきました。
日光田母沢御用邸記念公園へ向かう前に、東照宮駐車場前にあるレストラン「明治の館」で昼食を摂ろうと思ったところ、何と一時間待ちと言われて改めてその人気の高さを知らされ断念でした。
日光石で出来た石造りの洋館の外観は素晴らしく、明治の文化ですね。
食事を諦めて日本庭園を散策するとモミジが赤く染まり真っ赤落葉が散歩道を埋めていました。
神橋を経て日光田母沢御用邸へと向かいますが、神橋付近も大混雑でした。
田母沢御用邸は、旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を皇室に献上されて赤坂離宮となった建物で、その後日光に移築し大正天皇のご静養地として造営されたそうで、大正天皇をはじめ、三代にわたる天皇・皇太子がご利用になった由緒ある建物です。
御車寄は、唐破風の格調高いもので東宮御所の玄関だったものを移築したそうです。
御用邸内の部屋数は、106室ありますが、天皇・皇后さまがお使いの「奥向き」23室と補佐官が使用する「臣下向き」83室に区分されています。
書斎や謁見所、御座所、学問所、中庭など陛下のお住まいだった室内が当時のまま保存さており、皇室の生活ぶりがうかがえます。
邸内の和式装飾品の数々も展示されています。
菊のご紋が付された釘隠しと獅子鬼(御所鬼)と呼ばれる鬼瓦です。
笹が生い茂る中庭です。
重文に指定されている樹齢400年のしだれ桜が一際目立っています。
御用邸の複雑に折り重なった屋根は、構造や勾配に絶妙な曲線で継ぎ目無く覆われて一枚屋根となっており、二階から見下ろすその姿は圧巻です。
御用邸の江戸・明治・大正の3時代にわたる日本伝統の歴史的文化遺産に感動し後ろ髪を引かれながら、この日の宿泊所の湯元温泉へ向かいした。
日光田母沢御用邸記念公園へ向かう前に、東照宮駐車場前にあるレストラン「明治の館」で昼食を摂ろうと思ったところ、何と一時間待ちと言われて改めてその人気の高さを知らされ断念でした。
日光石で出来た石造りの洋館の外観は素晴らしく、明治の文化ですね。
食事を諦めて日本庭園を散策するとモミジが赤く染まり真っ赤落葉が散歩道を埋めていました。
神橋を経て日光田母沢御用邸へと向かいますが、神橋付近も大混雑でした。
田母沢御用邸は、旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を皇室に献上されて赤坂離宮となった建物で、その後日光に移築し大正天皇のご静養地として造営されたそうで、大正天皇をはじめ、三代にわたる天皇・皇太子がご利用になった由緒ある建物です。
御車寄は、唐破風の格調高いもので東宮御所の玄関だったものを移築したそうです。
御用邸内の部屋数は、106室ありますが、天皇・皇后さまがお使いの「奥向き」23室と補佐官が使用する「臣下向き」83室に区分されています。
書斎や謁見所、御座所、学問所、中庭など陛下のお住まいだった室内が当時のまま保存さており、皇室の生活ぶりがうかがえます。
邸内の和式装飾品の数々も展示されています。
菊のご紋が付された釘隠しと獅子鬼(御所鬼)と呼ばれる鬼瓦です。
笹が生い茂る中庭です。
重文に指定されている樹齢400年のしだれ桜が一際目立っています。
御用邸の複雑に折り重なった屋根は、構造や勾配に絶妙な曲線で継ぎ目無く覆われて一枚屋根となっており、二階から見下ろすその姿は圧巻です。
御用邸の江戸・明治・大正の3時代にわたる日本伝統の歴史的文化遺産に感動し後ろ髪を引かれながら、この日の宿泊所の湯元温泉へ向かいした。
恥ずかしながら田母沢御用邸を存じ上げませんでした。
この御用邸も素晴らしいですね。部屋数106室にも驚きました。
天皇・皇后さまがお使いの23室。いかようにご使用なされるのかと思いました。
装飾品も素晴らしいものばかりです。ここも一見の価値ありでしたね。
kormanも初訪問でしたが、皇室のお部屋などそのまま保存されていましたので、大変感動しました。
これだけの貴重な文化が見れる機会は、他では無いでしょうね。
この日は、外の日本庭園には行きませんでしたが、防空壕や大きな池や渓流もあるようで四季の様子も観賞できますね。