自慢じゃないが見掛けの割りに力はある
脚力はないが蹴るのも得意だ
ただの乱暴者じゃないか―という形容・表現は3キロ向こうに置いといて・・・
些細な事は気にしちゃいけない
台風の翌日に寄付集めに訪れた豪邸の庭で 横倒しになっていた銅像(もしかしたらブロンズ像かもしれたないけど)を起こしてみようと思ったのも 自分の力試しと 待たされて暇!だったからだ
起こそうとして その重たさに馬鹿な事に手を出したと後悔した
ここで銅像に押し潰されて死んだら 結構大間抜けだと思う
しかし妙に意地になってしまってぐぐっと持ち上げ 腰を入れ 肩を入れして とうとう起こすと 両腕つっぱって仕上げた
ポケットティッシュで汚れもざざっと拭き落とす
何やら難しい顔をした老人
後頭部にかけて僅かに頭髪が残っている
そんな事をしていると屋敷の人間が呼びに来た
ぐるぐる回って案内される
だだっ広い部屋の高そうなでかい机の向こうに 男が一人座っていた
机に両肘をつき 左右の手を組み合わせ 興味深げな目をし こちらを上から下まで値踏みするような視線を投げてくる
そ そりゃ そっちが相手にしてるような女性とは違って 近所の商店街で買った服 サイズさえ合えばいい靴しか身に着けてませんともさ
ふっふん こんな事で気後れしていては寄付集めなんてできやしないもの
つかつかと遠慮なしに机の前まで近付き
背後の窓に目をやって 気が付いた
さっき起こした銅像が見える
「あのドアの向こうに水道があります
手を洗ってきたいでしょう」
そう男は言った どうやら見られていたらしい
手を洗って戻ってくると 椅子へかけるように こちらへ勧めて男は立ち上がった
「あれは祖父なんです あの見掛けで随分お茶目な人でした」
立ち上がった男は背が高かった
「わたしが寄付をお願いしたいのは―」
少し声がうわずった 男の半ば面白がるような視線は わたしの調子を狂わせる
話を聞き終わると男が言った
「何故 うちならお金を出すと判断して来たんだろう」
直球を投げられて わたしは戸惑う
いつもなら次から次に溢れる言葉が何故か出てこない
気を取り直して口を開いた
「まずこの地域にお住まいでありますし―」
じっくり話を聞き また鋭い質問がくる
気を抜けない
「では近いうちに連絡を入れます」
その場はどちらとも返事をくれず 握手だけして別れた
帰り道 また銅像の横を通る
「また おいで」そんな声が聞こえた気がした
つい あの窓を見上げると あの男が立ち こちらを見下ろしていた
事務所に戻ると所長が「さすが凄腕 美也ちゃん 落としたねぇ
おめでと」と言う
「は・・・あ」
驚いた てっきりまだまだ足を運ばないと駄目だろうと思っていたのだ
「話を詰める為に連絡くれるそうだ」
自信過剰そうな横顔が浮かぶ
こちらの都合に合わせて当然とでも言うような態度
セクハラなぞしてこないだけ マシなのかもしれないが こちらが向こうのお相手する基準に達していないだけ―ということもおおいに有り得る
事務所を出る前に洗面所の鏡を見て思った
美容院ぐらい行った方がいいだろうか
伸びるとゴムで括ってバレッタでとめて誤魔化している
でもおろしていると仕事中に鬱陶しいのだ
たまには爪も本職に塗ってもらおうか
邪魔なので爪も短く切ってしまっている
事務所の入っているビルを出て数歩・・・車から降りた人を見てこけそうになった
「話を詰めたい」と男は言ったのだった
パンナコッタ やなこったと答えたかったけれど これも仕事
黒いミニバンの助手席に座った
「ベンツじゃないんですね」
男は面白そうに笑った「国産が好きなんだ ミニバンは運転席が高いから見晴らしもいいし」
「大社長様は運転手付きの車の後部座席でふんぞりかえっているものだと思ってました」
「年取ったら運転手置くのも悪くはないな」
男が車をつけたのは結婚式なども挙げられるホテル
その中にあるレストランでコースは和風と洋風とあり どちらにするか尋ねてきた
わたしが和風を選ぶと「じゃ僕は洋風にしよう
ワイン飲む? 」
これが女性にいいだろう
自分は運転するから要らない―などと 注文を済ませた
席に向かい合い何と言葉を切り出そうか思案するわたしに意外な言葉を投げてきた
「もし予定があったのなら悪かった」
「髪を切ろうかなーと思ってたぐらいだから」
「上げてると見当つかないけど 長いのかな」
「肩甲骨の下あたり 伸ばしっ放しだから」
話しているうちに前菜が届いた ちまちまっとしかない料理を「交換しよう」と互いの皿から ちびっとずつ分け合う
仕事の話はしづらかった
「礼儀に反するだろうけど 料理なんてのは美味しく食べてなんぼだし」
堂々と平然と どの料理も お皿の端に載せて分けてくれる
こちらもお返しのように載せることになる
デザートは季節の果物のシャーベットと一口ケーキ
私の和風のにはカキ氷がついた
欲しそうにじっとこちらを見ている
縦半分にスプーンで割って「食べかけでもいいなら」と 残り半分になった皿を押しやると ひどく嬉しい顔をした
「祖母が 自分は食べられないのに 色々種類とって 少しずつあれこれ食べたい人で そのクセが今でも抜けないんだ」と 男は笑った
食前酒の果物のお酒のせいか 頬が上気するのを覚える
砕いた氷が入っていて甘く美味しいお酒だった
食事が終わり支払いを済ませると 男は店の人間から包みを受け取り わたしにくれた
「食前酒 気に入ったみたいだから」
「いいんですか」
「にこっと笑って 有難うーって受け取ればいいんだよ」
「あ・・・有難うございます」
こちらの住所を訊いてきて 家まで送ってくれ 車を降りがけに 封筒を渡された
「寄付の件 弁護士に書類作らせた チェックしたら連絡してくれ
会う時間を作る それから」
男の手が頭に伸びてきた
器用にバレッタが外され 髪を括るゴムが外される
ばさり 髪が肩に落ちる
「これが見たかったんだ 切るの惜しいな 長い髪 似合ってるのに」
何て別れの挨拶をして車を降りたか覚えていない
好きになってしまいそうだった
ううん もう好きになっていたのかもしれない
男の言動を深い意味に取るまい 取るまいーとして接するようにした
だって これは仕事なのだから 寄付をとり契約すませれば 仕事は わたしの手を離れる
それで終わり
わたしは こつこつ働かなきゃいけない蟻だもの
幻惑されてはいけない
朝一番にメールが入る「今夜は焼き鳥食べに行こう」「○○で待っててくれ 迎えに行く」
昼頃予定を確認してくる
そうしたことに期待してはいけないのだ
目新しいだけだ
それでも 好きでたまらなくなってる自分に気がつく
こちらから連絡とろうとは思わない
勘違い女と思われるのが怖いから
でも好きだった 好きになってしまってた 会いたくてたまらなくなる
早く仕事が終わればいい・・・いいえ終わってほしくない・・・・
苦しい・・・・・
仕事が終われば 気持ちを伝えよう
仕事は終わっているのだから それで気まずい思いをすることだけはない
だから
寄付についての契約が締結されると・・・それでも「会いに行ってもいいですか」とは口に出せなかった
仕事が終わった最初の休日
わたしはジャムを作りパンを焼いた 圧力鍋で得意のビーフシチューを作って
冷めない二重鍋に入れる
違うタレにつけたから揚げ3種類
車つきの鞄に詰めて・・・・・
鏡を見る
ああ美容院へ行っておくのだったーと思った
お礼の気持ちと料理を届けて 留守だったら縁がない・・・そういうこと
受け取ってもらえなくても 怒るまい
神様 少しだけの勇気を どうか下さい
玄関のドアを開けて・・・・・・
一歩踏み出そうとして 部屋の前に立ってた人とぶつかりそうになった
文字通り胸に飛び込む形になる
抱き合った形のまま暫くわたし達は絶句していて 慌てて離れた
「デート?」と男が訊いてくる
「何か」と 同時に私も尋ねていた
へたりこみそうになって玄関のドアに凭れる
「行き違いになるところでした このたびのお礼に もし良かったらーと パンを焼いたものだから」
「君はいつも取引相手にそういうお礼をするの?」
「いえ・・・では あなたは?」
「仕事は終わったからデートを申し込もうと・・・ベルを押す勇気が中々出なかった 付き合ってる相手はいるのか?とか確認してなかったことを思い出し」
言いながら髪に触れてきた くしゃくしゃっと毛先を掴む
「それにお願いもある うちにおいでよ」
そう彼は言った
彼が車に荷物を積み 彼の家へ
彼の家の庭では あの銅像がまた横倒しになっていた
「どうしたって起きないんだ 力を貸してもらえないだろうか」
彼の祖父の銅像は・・・わたしが持ち上げると軽々と・・・起き上がりこぼしのようにきちんと元通りに立った
きょとんとするわたしに 「死ぬ前に祖父が言ったんだ お前の嫁はきちんと見つけてやる 」そう彼が言う
「勝手に選ばれてたまるもんかーって思ったんだけどね 寄付を頼みにきて重い銅像起こそうとする人間なんて男でもいないよなって 興味が湧いた
好きになるまいーと思った時には もう恋に落ちてた
おじいちゃんに言いたい 見る目は確かだった 孫の好みがよく分かってる
有難うって
どうか こんなジジイ・コンプレックス ジジコン男と付き合ってもらえますか?」
銅像を起こす姿に惚れられた女って いないんじゃないだろうか
相手の趣味にかなりな不安も覚えるけれど
そういう相手を好きになったのだから・・・・・・
答える前に銅像を見ると・・・・粋なウインク一つくれた
それに励まされるように「はい・・・」と答えていた
銅像の傍にはテーブルが置かれていて そこはわたしのお気に入りの場所になっている
ある時そこで転寝していると 「孫の趣味は わしと同じだからわかりやすい みかけによらない力持ちで美人のあんたはバアサンの若い頃そっくりだからして」
銅像が屈みこみ そう話しかけてきた気がした「孫をよろしく」と
庭には もしかしたら動くかもしれない銅像がいる
でもゼンゼン怖くない