困った友人がいる
怖がりなのに流行りモノ好きなのだ
彼女の中では ホラー・ブーム
私は そうしたモノを ブームに乗って弄ぶ事は 良くない事に思え サークルには参加しなかった
けれど廃墟となって久しい旅館へ行った友人から 忘れ物をしたと電話がかかってきた
駅で皆と別れてから 気が付いたらしい
「その旅館 すごい恐い感じがしたの
一人で取りに戻れないよ
財布が無いと家に帰れない」
はや びえぇ~っと泣き声になっている
私は財布の中身を確認し 一番大きな明るい懐中電灯を二つ鞄に入れ 机の引き出しから ありったけの御守りを掻き集め 服のポケットに入れた
小柄で愛らしくて 明るくて ちょっとお調子者の友人は 何故か正反対のタイプの 群れの中で一匹狼を気取るような 不器用な私を親友に選び
おかげで私は高校時代 クラスから浮き上がらずに済んだのだ
友人の両親は社員を連れて 東北の方の温泉に泊まりがけで慰安旅行に行っている
こんな事でも頼られるのは悪い気持ちではなかった
若葉マークの勲章 あちこちぶつけて すったりへこんだりしている愛車の運転席に乗りシートベルトを締めてエンジンをかける
バイパスに上がり少し飛ばす
駅が近くなると前もって打っておいたメールを送った
夏の事で5時半はまだまだ明るい
日没までには時間がある
駅から問題の旅館までは20分
完全に暗くなるまでに戻って来られるはずだった
「リコさんありがと 恩にきる」なんて言いながら 友人 真澤 恵琳(まさわ えりん)が車に乗ってくる
緩やかにパーマかけた肩までの髪型がよく似合っている
リコと言うのは 恵琳がつけた私の愛称
花宮碧子(はなみや みどりこ) みどりこ略してリコ
駅から旅館へ行く道は今日の冒険する前に サークル・メンバーでなくていいから一緒に行かないか―と誘ってきた恵琳に聞かされていた
山の入り口の所にその旅館はある
場所もいいし どうして廃業になったのか判らない
車が停められるようになっている空き地には大人の胴三人分ほども太さのある大木があった
旅館は三方を林に囲まれているようだ
僅かに入り口だけが空き地に向けて開いている
入る前 私は塩をまいた
握った手の中に塩を握りこみ それをまきながら歩く
「よ・・・用心がいいのね」恵琳が言う
「財布は何処なの?」
「んっとね 拓也クンが指切った時に 絆創膏出した時に落としたと思うから そこ曲がったとこ」
恵琳が懐中電灯で その方向を照らす
カビ臭い匂いが濃くなる
無人の旅館は何が出てもおかしくない雰囲気だった
庭は雑草が自由奔放にはびこり茂った緑の渦
廊下を曲がった所の部屋
そこは板場 料理作る場所であったようだ
二人で懐中電灯で照らしていると 恵琳が声をあげた
「あった!」
だが その財布は様子が変だった
「恵琳 お金 いっぱい入れてたの?」
恵琳はぶんぶん首を横に振る
財布は膨れ上がり 床の上を移動している
恵琳は取ろうとはしない
凍り付いている
―仕方ない―私は近くに落ちていた木ぎれで それをつついてみた
すると
「ひっ」恵琳が息飲む
ぼびゅらぼびゅらと小さな黒い虫が飛び跳ねるように沸いて出る
次から次に・・・
恵琳は言った「ごめんリコ その財布いらない」
だが財布は恵琳へ向かって移動していた
「恵琳 その財布 本当にいらないのよね」
念を押すと 私はその気味悪い財布を木ぎれにひっかけ流しへ投げた
自分の財布の中のレシートにライターで火をつけ 恵琳の財布の上に落とす
その周囲に塩で円を描いた
「なんで そんなことするの
ひどいよ」
と恵琳が言った
見れば 頭の上に小さな小さな鼠を乗せている
恵琳の顔色が変わっていた
思い切り塩をぶっかけておいて ぶんとお腹あたりを殴る
よろめくのを とどめに頭叩くと 鼠が落ちた
こちらに向かって牙剥き チチチ・・・と鳴いた
ひどぉく嫌な感じがした
構わず 気を喪ってくれた恵琳を抱えるように入り口へ向かう
恵琳が小柄で助かった
絶対に後ろは見ない
振り返らない
そんな余裕は無かった
床から壁から天井から背後から 得体の知れぬ腕が伸びてきている気がする
わけの判らないものが追いかけてきているような ぞわりとした感覚
振り払うように必死に走った
開けたままにしておいた入り口から出る
車が近くなって やっと旅館を振り向くと・・・建物ごと膨れ上がり揺れていた
ずるり・・・恵琳が肩から滑り落ちる
何を考えていたんだろう
私ってば これを倒さなきゃーって思っていたのだ
焦って周囲を見回す
武器になりそうなものは何もない・・・無い・・・・
そこへ
「これを使いなさい!」声と共に 何かが飛んできた
受けて構える
それは いかにも力を持っていそうな・・刀だった
木で出来ている
旅館の入り口から 何かが飛び出してくる
来る!
汚い黒っぽい泥灰色のような蠢く塊
それが向かってくる
刀の力を信じて斬るのみ
迷いは無かった 斬るしかない
凄まじい手ごたえ 重い 重い 必死で斬る
斬り抜く
刀が降りるとがくんと膝を地面についてしまった
それでも私は横目で見ていた
私に刀を投げてくれた あねさん被りに手ぬぐい被った女性が 何かの瓶を構えて 私が斬ったモノを吸い込んでいた
あねさん被りの女性は丁寧に蓋をして提げてる袋の中に仕舞いこみ こちらへやってきた
「刀を有難うございました」
「ふう・・う・・ん」差し出す刀を受け取らず暫くこちらを見たあとで にっこりした
「それ差し上げるわ 刀があなたを気に入ったみたいだから」
「え・・」
「その刀はね 随分持ち主を捜してたの 並みの人間なら使いこなせないのよ
あなたは使い方 分かってるみたいだし
それにあの旅館に入れるようにしてくれたから
欲しい道具があったけど 取りに入れなかったの」
「あの旅館は 一体・・・」
「さあ? よくないモノが力を持ってしまって・・・・それが人間に憑いて殺し合いをさせて
人間がいなくなれば 入ってくる生き物に殺し合いをさせて
妙なのが やたら集まる場になってた
ま そんなところ」
「あのこれ本当にいただいてもいいんでしょうか」
「いいのよ 差し上げる お友達は利用されて災難だったわね」
「利用?」
「ええ こいつらは貴女を呼ぼうとしたみたい あなたは・・・あなたの心は強いから
そういう人間の魂を 人が{魔}と呼ぶ存在は欲しがるの
だから その刀はあなたがずっと持ってていい 必要が無くなれば 刀の方で新しい持ち主捜して消えるから
それは そういう道具なの」
「あ・・有難うございます 私は花宮碧子と言います」
「わたしは 曰くある品を集める わ道具屋
もう大丈夫だから 気をつけてお帰りなさい」
そう言うと わ道具屋の女性は 旅館の中へ入っていった
帰り道 もうじき家というところで目覚めた恵琳は 旅館に入ったとこから先は覚えていなくて 随分不思議そうにしていた
「財布は?」
「結局ね 財布は無かったの 見つからなかったのよ」
「ああ・・ごめん・・・他のところで落としたんだわ きっと
リコ迷惑かけてごめんね」
今となっては あの旅館のことは 夢の中のことのようだ
けれど私の傍には わ道具屋の女性にもらった 刀が残っている