井伊家覚え書きによればー寛永七年申の刻 浪人が表玄関より訪ね来たる
何か不吉そうな音楽流れ 鬼の角のようにも見える鎧兜が映される
タイトル切腹の題字は勅使河原蒼風さんによるもの
監督 小林正樹
改易された福島家中 元藩士・津雲半四郎(仲代達矢)が 切腹するゆえ場所をお貸し願いたいと申し入れてきた
家老の斎藤勘解由(三國連太郎)は 少し前にあった切腹志願者の話をする
やはり福島家浪人の千々岩求女(ちぢいわ もとめ・石浜朗))
このところ 切腹するゆえ建物を貸せと言って金品をゆすりたかりの浪人が増えていた
川辺右馬介(青木義朗)は「ひと風呂浴びて さっぱりなされい 衣服の方は当家で用意する」
それは殿に会えると何か仕官でもできるような期待持たせる言い方だった
なまじ期待して待ってしまっただけに
次に現れた沢潟彦九朗(丹波哲郎)の言葉は求女(に残酷だった 沢潟「もう一度 お召しかえ 願おうか」
運ばれてきたのは 切腹の為の白装束
求女「何かの間違いでござろう」
先ほどの川辺の言葉を告げる求女に 沢潟殿は近頃 誠に見上げたる武士 出来れば召し抱えたいが 自ら切腹するというなら とどめるわけにはいかず
丁重に 家臣一同 後々までの語り草にせよーと聞いておる
と言う
斎藤勘解由らは相談の上 金品目当ての切腹志願者が来てはーと見せしめの為に 何が何でも切腹させようと決めたのであった
ここまで語ったあと 勘解由「いかがかな?今の話」
津雲「流石は赤備えの井伊家」
求めに応じ 勘解由 続きを語る
沢潟 作法通りの切腹をと迫る
求女は一両日の御猶予をと願うも
沢潟 それはならぬと拒否
「武士に二言はない筈 相成らん」
立ち上がり求女が襖開けると 家臣達に囲まれている
矢崎隼人(中谷一郎)は据え物斬りが得意 少しでも動けば胴を真っ二つ なますのように斬り刻まれるよりは自ら腹を切れ
「さ お召しかえ願おうか」と沢潟は言うのだった
勘解由は 鬼のようなシルエット持つ鎧に「当家庭先を浪人者の不浄の血で汚すこと お許し下さい」
矢崎隼人は求女の刀が竹光と知り 陰で仲間うちで嘲笑っていた
「この通り 大根はおろかー」 竹光などで 切腹させてくれなどと いけしゃあしゃあと
さもしくも金品目当てのーと軽く見て 武士の魂の刀までも 紛いものの竹光ー
こやつは既に武士でさえないわーと皆思い 罪人に それ相応の処罰を与える心持ちに 皆 なっている
庭で白装束の求女に言葉がかけられる
「千々岩求女とやら 誠に奇特な心がけ いざ お心静かにー」腹を切れと
求女「何卒 一両日の御猶予を」必ず戻ってくるからと嘆願するも許されぬ
近頃 切腹させてくれと言いつつ 金品目当てのゆすりたかりが横行
人品骨柄 その方がゆすりたかりとは 拙者 毛頭思わぬー
沢潟「未熟ながら 介錯仕る」
彼は続ける
ー近頃は切腹も名目だけのものとなっているが 本日は そのような軽佻浮薄なお手軽でなく 全てを作法通りに行う
十文字にかっさばいた上で介錯致す
十文字にかっさばかなければ 介錯はしないーと 求女の差料 刀が竹光と知りながら言い放つ
沢潟「貴殿の差料だ これほど最後を飾るに相応しいものはあるまい」
周囲は井伊家の家臣達に囲まれている
残酷な見せ物
なぶり物にされているのだった
求女は力任せに竹光を腹に突き刺し ぐぇおお ぐぇいと呻きつつ 必死だ
沢潟に目を合わせ「斬れ」と言うも
沢潟は「まだまだ存分にひき回されぃ」
ぐぁぐぅぐぅと苦鳴漏らしつつ求女苦しむも 沢潟は介錯しない
顛末語る勘解由は 津雲に感想を漏らす 「いや 切羽詰まったとは言え 舌を噛むとは 竹光などで 切腹したいとは見苦しいと言うか
さて そこもとはどうなさる 」
悪いことは言わんーと切腹を止めようとするが
津雲は切腹を止めようなどとは全く考えないと答える
竹光ではないから ものの見事に腹かっさばいてご覧にいれるーと
勘解由
津雲どのに当家庭先をお貸しする
風呂に入って着替えなどをと言いかけるも
津雲
その必要はないと断る
食いつめ浪人の最後に むしろ このままが相応しいと申すもの
ところでご家老 介錯はどなたにーと津雲
勘解由「新免に申し付けてある」
誰か希望あるならーと尋ねられ
津雲は沢潟彦九郎どのにお願いしたい 神道無念流の遣い手と聞いております
だが沢潟は出仕しておらず 迎えをやっても病重く使者に会うことすら出来ないと言う
他に名前挙げた二人 矢崎隼人と川辺右馬介もやはり病気なのだと言う
そんなふうに彼らを呼ぶ間
退屈しのぎにと 津雲 身の上話を語り始める
食いつめ浪人の世迷い言をー 今日は他人の身でも明日は我が身ー
勘解由「それも一興 後学の為に心して聞け 単なる一遍の世迷い言でもあるまい」
ー千々岩求女 いささか拙者の存知寄りの者であってな
千々岩求女の父陣内(稲葉義男)は 津雲の友だった
同じように妻に先立たれ 男やもめとなり子供を育ててきた
彼らは幸せであったが 砂の上に建てた家同様の儚さ
理不尽かつ一方的な幕府により福島家は改易となる
千々岩陣内は主君・福島正勝(佐藤慶)より先に切腹
遺言をのこす
長年の誼により
主君へのお供は拙者一人でじゅうぶん
但し一子求女 行く末くれぐれもよろしく
福島正勝もー半四郎 お前(殉死)は許さんぞ 改易となっては意味がない
お前は生き長らえねばいかん
わしから陣内に伝えることはないかーと尋ねる
白装束の正勝は今から腹を切り死ぬのだ
あの世の陣内に「求女がごと行く末 命にかけても引き受ける」と半四郎
勘解由 出した使者に三人とも会えなかったと聞き 次第にわかってくる千々岩求女と津雲半四郎との繋がりに何かあるなと考える
例の三人について火急に確認せよと命じる
津雲に どんな魂胆があろうと 押して押して 腹を切らねば 押し包んで 斬って捨てる
屋敷の中は何があろうと
世間へ分かりはしないのだ
勘解由 腹を切れと津雲に迫る
津雲が名を挙げた人間は皆来られないのだから
「お前 耳を持たんのか 三名ともが病気で出仕しておらん」
津雲
しかし揃いも揃って三名ともが
奇態なこと 妙なことよと笑う
勘解由 津雲に ゆすりたかり腹を切る気は毛頭なく 金品目当てであろうと決めつける
津雲
しかし ただ腹を切るだけでは冥土へは行けぬ
元々罪咎あっての切腹には非ず
介錯人は こちらで選んで当然
勘解由
かくなる上は 問答無用じゃな
武士の風上にも置けぬカタリ者
腹を切る気など最初からー
慮外者
家臣達 津雲を取り囲む
津雲 刀持ち
「待てい!」
一同の方々へ申し上げる
しばし待たれい
まだ残っておる
拙者の身の上話がな 拙者の身の上話を一応
さもなければ かなわぬまでも 拙者死に物狂い
話を聞いてくれれば
方々に存分に斬られて致そう
とにかく黙って拙者の身の上話を聞いていただきたい
勘解由「武士として二言はないな」
埒もない世迷い言を長々と
聞く耳はもたんぞ
津雲の話
主家の没落と同時に国もと離れ江戸に出て 美保(岩下志麻)十八歳の春 その美貌から清兵衛(松村達雄)が大名への側室となるよう薦めてくる
そうなれば万々歳ではないか 貧乏とも縁がきれると
傘張りの内職を津雲は仕事としていた
その話を津雲 きっぱりと断る
求女と美保の想いに 津雲は気づいていた
寺子屋で教える求女に 津雲は迫る
美保を好きか嫌いか
稼ぎが余り無い求女は妻子を養う余裕がないと断るのを説得し 二人は結婚
やがて孫息子もできて 幸せに暮らしていたが
美保が血を吐く
更に子供の高熱
刀さえ質に入れた求女に 金を作るあてはなかった
それなのに 金を作るあてがある 夕方までに帰るーと求女は出ていきー生きては帰ってこなかった
夜遅く戌の刻を過ぎ 井伊家の家臣 沢潟彦九郎 矢崎隼人 川辺右馬介が 求女の亡骸を連れてきた
返す差料をしかとお確か頂きたいーと彼らは言う
津雲 求女の刀が竹光であったこと
無残にも竹光での切腹を 求女が強いられたことを知る
家には病重き妻 高熱が引かない子供がいて どれほど無念であったろう
悔しく心残りであっただろうかと
にも関わらず 求女を嘲笑った三名
到底 許せるものではない
三名が出ていったあと
こらえきれず美保 求女の遺骸にとりすがって泣く
津雲 妻子の為に刀さえ質に入れた求女に引き換え刀だけはと所持している自分を悔いる
二日後 孫息子が死に 三日後 美保が死んだ
津雲「誰ひとり身寄りのない天涯孤独な身に相成った 」
いかに衣食に窮したといえど 許すべき所業ではない
千々岩求女に対する当家のなさりよう もう少しあったのでは
これだけの方がおられて 思いやりは誰ひとりなかったのか
勘解由「身勝手な言い分は ほどほどにいたせ
いかなるハメになったとしても その口が招いたこと
潔く死に立ち向かう これこそ武士道
血迷うたと言われても仕方あるまい」
津雲「しかしよくぞ血迷うたとほめてやりたい
妻子ゆえに よくぞ血迷うた
笑う奴は勝手に笑うがよい」
死んだ いや殺された求女は 二十四歳 美保は二十歳か
死ぬには 余りに早過ぎる
仮借なき幕府の為 生きる術 職を奪われ 井伊家の方々とて もしや逆の立場となれば 果たしてどれだけのものができる
うわべだけを飾る武士の面目
生きていても何の楽しみもないこの身
このまま手ぶらでいったのでは みんなに顔を合わされぬ
そうではないかな
誰しも 求女へのあの処置が万全とは
それが まるまる拙者の当て外れ
埒もない年寄りの愚痴話か
今更 悔やんでもせんのないこと
勘解由「腹を切ると言うからには 必ず切らしてみせる」
津雲「その前に 当家よりお預かりしている品物を」と懐から出したは まげ三つ
ー念の為ご検分を 姓名が一つ一つついておる
まげは矢崎隼人 川辺右馬介 沢潟彦九郎のもの
矢崎隼人は六日前
川辺右馬介は五日前
二人の事から沢潟は誰の仕業か気付き 津雲を訪ねてきて果たし合いを申し入れる
この沢潟から まげを切るのが一番難しかったと津雲は話す
「しかし さすがは神道無念流の達人 拙者も手を焼いた」
闘いの様子を話し
風を利用されたまではお見事
しかし刀は斬るだけでなく 突くこと 叩き折ることも出来る
所詮は実戦の経験ない畳の上の剣法
(武士がまげを切られるという)不面目 死をもってさえ購えるかどうか
まげが伸びるのを待っているだけとは
赤備えなどと言いながら 所詮は武士の面目など飾り物
津雲を家臣で取り囲む 「乱心者め」
勘解由 座敷で事が終わるのを待つ
津雲 井伊家家臣達と斬り合う
多くを倒すが 自身も傷つく
槍や刀だけでは勝てず 銃を持ち出してくる
津雲 赤備えの鎧抱えて投げる
待つ勘解由の耳に複数の銃の発射音が聞こえる
間もなく
うちとりましたーと家臣
勘解由 厳しく言いつける
津雲は切腹して死んだ
今の騒ぎで死んだ家臣は全て病死である
傷を負ったものは早く手当てしてやれ
これ以上病死を出してはいかん
そこへ まげ切られた三名を調べに行った人間が戻り 沢潟は夜のうちに切腹していたこと
残る二名はまだ生きていると聞き勘解由
人を連れていき無理やりにでも切腹させよと言いつける
江戸城で 津雲を切腹させた果断なき処置について井伊家の当主が誉められたー
井伊家覚え書き 閉じられ
映画は終わる
原作は滝口康彦著「異聞浪人記」
今 見ても全く古さを感じない見事な映画です
白黒映画ですが 迫力 実に見応えがあります
「一命」のタイトルでリメイクされております
津雲半四郎役は市川海老蔵さん
千々岩求女役は瑛太さん