おやまあ、こんなところに菊がきれいに咲いている。
まるで昨日書いたものの続きのようだけれど、びっくりだった。
そのきれいに咲いていた場所とは、この写真で分かるかな?
石灯籠があるということは、菊が咲いていた場所のここは、墓なのである。
季節外れ(?)のようだが、墓参りに来たのであった。
墓に供える花として、わが家の庭にたくさん咲いているいろいろな菊の花を持ってきた。
そして、墓に来てみると、ここにも菊の花がきれいに咲いていた、ということであった。
これが誰の墓参りかというと、この時期何度もここに載せてきたから、分かる人は分かる。
わが父の命日が近いのだ。
その命日には早いのだが、天気がいいのと、命日は都合が悪いことから、今日墓参りとなったのである。
命日あるいはその前後には、毎年のように墓参りに訪れてきた。
その命日から、なんと40年もたってしまった。
今日、墓にお供えしたのは、花や線香だけではない。
以前は、酒飲みだった父の墓前に酒を供えていた。
「ふなぐち菊水一番搾り」が定番だったが、それもいつしかやらなくなっていた。
今日、妻が準備してくれたのは、酒ではなくレンチンして温めてきた「サツマイモ」。
父が亡くなった日のことと関係があるのだ。
家に帰ってきた父は、母に「(サツマ)イモ、あるか?」と聞いた。
実は、ふかしたサツマイモが残っていたのだが、母は、夕飯前だし面倒くさかったので、「ないよ。」と答えたのだそうだ。
それよりも、せっかく手間かけて作ったロールキャベツを食べてほしかったらしい。
イモをあきらめた父は、何も食べずに、いつもの習慣である夕食前の風呂に入ることにした。
そして、浴場で倒れ、そのまま帰らぬ人になった。
母は、父の死後、「あのとき、イモを食べさせなかったのが心残りでしようがない。」と、よく口にして自分を責めていたのだそうだ。
そんなことで、今日は、1本のサツマイモを、墓前用と墓参りに行った3人の4つに分け、私たちも、墓前で少しいただいた。
それにしても、40年か。
父が亡くなったときの年齢を、もう10歳以上も上回ってしまった。
だからこそ思うようになったなあ。
いつ自分も「Xデー」を迎えるか分からないぞ、…とね。