松尾芭蕉は、松島では俳句を詠んでいない
あの、「松島や~」 を連呼した俳句は芭蕉の句ではない
ビックリ&ポン です
長い間、芭蕉の句だと思ってたのですが
松島の雄島に上がると、俳句を刻んだ石碑がいくつかありました
” 朝夜さを誰まつしまぞ片心”
(あさよさをたがまつしまぞかたごころ)
この句は「桃舐集~ももねぶり集」 で詠んでいる句で、
松島で詠んだわけではない
奥の細道に旅立つ直前の春に詠んでいる
解釈は
『朝も夜も松島への思いが心に浮かんでならない。
それは、私を待つ人が誰かその島にいて私のことを思っているからであろうか』
古来和歌にも詠まれている名勝松島を見たくてたまらない気持ちの句
” 松島や鶴に身をかれほととぎす ” 曾良
(まつしまやつるにみをかれほととぎす)
解釈
『これ程までに壮大で感嘆させる松島なのだから、松島には鶴が一番似つかわしい
いっそのこと鶴の姿になって飛んでみてはどうだ』
とホトトギスに語りかけている曾良が松島で詠んだ句
芭蕉は奥の細道の松島の段で、
『抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。
東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。
島々の数を尽くして欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。
あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。
負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。
松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。
其気色、よう然として美人の顔を粧ふ。
ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。
造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ。』
という文で簡潔に松島を絶賛し、このように最後には
『 天地万物をつくられた神の働きは、いかに技を振るっても、
うまく描きも、言い表しもできるものではない。 』
と記し、これ以上は語っていません
句を入れないことが、松島を絶賛する気持ちだったかも
でも、のちに
” 島々や千々に砕きて夏の海 ”
と松島を詠んでいる
やはり、芭蕉さんは期待通り松島に感動を受けておられたのですね

雄島は少し離れていて、そこに赤い橋「渡月橋」が掛かっていました
この橋を渡って、雄島に上陸








雄島の近くの、砂浜です
普通に貝殻やら、海藻が打ち上げられていました

松島のイメージを壊すようで申し訳ありませんが、
ペットボトルがプカプカと…

砂浜が飛び出したところがありますが、女の子が座っています
この子、雄島に行く道でずっと一緒の方角向いて歩いていて、途中で
離れたのですが、こんな所にいたのですね
私が雄島を巡っている間、ずっとここにいたことになりそう
何か考え事でもあったのか…
松島湾は、多少のペットボトル、沢山の遊覧船などがあるとは言え、
島と、青い海、青い空のとても美しいところでした
芭蕉さんの見たのもこんなだったのか、知る由もありませんが…
また、津波による傷あとも感じられませんでした
本当は、まだまだ復興していない所あるのでしょうが
東北の海~津波
この連鎖を持ったまま今回行ったのですが、
強いなあ~復興している
折しも快晴で、文句なしの松島でした
” 被災せり松島の今日小春凪 ”
(ひさいせりまつしまのきょうこはるなぎ)