おんな城主 対 おんな大名
直虎 対 寿桂尼
昨年の真田丸でも、何度も聞いた事ですが、
戦国時代は何事も、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる訳で、
策略、謀略、計略、ま、区別はつきませんが、まかり通ることであり、
生きるためにはどんな策をも仕掛けるのでした。
直虎も城主となったからには、井伊谷の皆を守るためなら、手段は選んでられません。
思い起こせば、直虎は少女だった「おとわ」の時代、
お寺に入った「次郎法師」の時代、
何度となく思いも寄らない行動に出る女性でした。
寿桂尼は二度も今川からの沙汰に背いた直虎に
申し開きに来るよう命じてましたね。
そこで、直虎はどんな手段に出るのか!
これが、今回の大事なところ。 シケンニデマセンガ
直虎は、傑山さんや昊天さんはじめ屈強の僧をお供に、申し開きをするため、
駿府に向います。
腕の立つ家臣の中野直之ですが、直虎の考えに反対で、
後見を小野政次に託せ、と言い張り、お供に来ません。
本職の武士は無しで、今川氏の館へと向かいました。
小野政次が同行しますが、この方お供の者と言えるでしょうか。ソコガワカラナイ
懸念していた事態、直親の時と同じことが起きました。
駿府に向かう途中で直虎一行を、何者かが襲ってきた!
政次は木の陰からその様子を見ている!
傑山たちは敵に立ち向かい、直虎は駆け出すが追い詰めらる、南無三!
その時、どこからか矢が放たれた!
直虎が今川の館に行くことに反対だった、「中野直之」 でした。
あとから付いてきていたのですね~ ソウコナクッチャ
直虎はこれ以上お供の者を巻き添えには出来ないと考えたのでしょう。
後見を政次に託すと皆に告げ、井伊谷に引き返します。
そして、井伊谷に戻った直虎は何やら策があるらしく、中野直之に依頼し…
…
今川の館には直之に変装した直虎が寿桂尼の前にひれ伏していた。
ここでもう一度、確認しておきたいことがあります。
寿桂尼が、腹を立てて直虎を申し開きに今川の館に来させた訳ですが、
その一 瀬戸村、祝田(ほうだ)村に徳政令を出すこと
その二 井伊虎松の後見を小野政次に渡すこと
このふたつでしたね。
直虎はなにひとつ解決できていません。
寿桂尼は、改めて徳政令を行うよう告げた。
それを聞いた直虎は
寿桂尼らが編纂した「仮名目録」を引合いにだし、
「瀬戸村」と「祝田村」は寺領地であるので、如何なることも不入である
と、申し開きをする。
それに対し寿桂尼は、下知があれば従うことの方を先行させる事
と改められたことを伝え、徳政令を強く命じた。
にっちもさっちも行かなくなった直虎。
そんなところへ井伊谷の村人たちの嘆願書が届く。グッドタイミング♪
覚えたばかりのたどたどしい文字で、各々の名前が並んでいた。
更に、南渓和尚の文が添えられて、
村人が直虎に虎松の後見になってほしいと願っている。
『かつて義元公は、己の力量をもって国を納むるとのたまわれり
比ぶべくもない小さき力量なれど、直虎にもそれをお許し願い度存知奉り候
何故ならば、それが井伊の民が望むところである故
その旨お伝えいたし度お目汚しとは承知の上差し出したる次第にて候』
南渓和尚(小林薫サン)の声が、この文を読み上げるシーンが最高で、
全文書かせていただきました
この文を読んだ寿桂尼は
『後見となって、井伊をどう治める?』
と直虎に問う。
直虎は、民を潤すことが、井伊を潤すこと、それが今川を潤すことになる、と。
いいですね~、今の政治家さんのお口から聞きたいねえ~
『後見を許す』
寿桂尼の返答に直虎、安堵の顔でした。
一方、政次の表情は?
何故か、ほっとした表情に見えたのですが、
政次は直虎に、『後見を降りれば命は助かる、井伊家は今川家から守れる』
と言ってましたが、どの様な気持ちから?
直虎を今川から守りたかったのか、政次が井伊を乗っ取りたかったのか?
分からない
あの幼なじみの頃の政次の心は残っているのなら…
鶴の心が読めない
読めないな
ではまた