『是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、
「短冊得させよ」と乞。やさしき事を望侍るものかなと 、
野を横に馬牽むけよほとゝぎす』(おくのほそ道)』
馬方のおもわざるみやびな願いに感心してこの句を懐紙にしたため渡しました。
後日、蕉門十哲の森川許六(きょりく)(彦根藩士)はこの懐紙を馬方からおそらく買い取り、馬上の翁を描きそれに真蹟を貼りました。
遠方の馬方からどうやって手に入れたのでしょうか。
みちのくの旅は進み金沢を過ぎ山中温泉で曾良と別れます。金沢の北枝を連れた翁は小松へわざわざ引き返します。
これは生駒万子(いこままんし)(金沢藩士)に呼ばれた為らしい。
なんとこの万子が許六が持っていたあの懐紙を保持していたそうです。
今から330年の昔どういういきさつがあって万子の手に渡ったのでしょうか。
願わくば隠れた古文書が発見され、解明されることを期待しています。