四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

万葉集の酒を讃める歌

2021-09-30 05:07:51 | 歌の花束

万葉集 大伴旅人(おおとものたびと)の歌

 今から約1300年前、九州太宰府の長で斜陽貴族の大伴家を率いた方です。もともとは天皇家を守る親衛隊筆頭の家柄でしたが、藤原氏が権力を握りジリジリと追い落とされて行きました。奈良の都から事実上九州へ飛ばされたのでしょう。夫人を帯同した転任でしたが、現地で愛妻を亡くされました。

どうしようもない悲しみをいっとき癒やしたのはどぶろくの宴会と山上憶良や沙弥満誓らとの歌会だったようです。仏教の無常観でない現実重視のドライな歌です。万葉集を編さんした大歌人、大伴家持(おおとものやかもち)の父です。


○験(しるし)なき物を思はずは

    一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし    

○中々に人とあらずは

    酒(さか)壷(つぼ)に成りてしかも酒に染みなむ

○価(あたい)なき宝といふとも一坏の濁れる酒に豈(あに)勝らめや

○生まるれば遂にも死ぬるものにあれば

    今生なる間は楽しく有らな
○この世にし楽しくあらば

    来む世には虫にも鳥にも我はなりなむ

○生けるひと遂にも死ぬるものにあれば

    この世にある間は楽しくあらな

○吾妹子(いも)が見し鞆の浦のむろの木は

    常世(とこよ)にあれど見し人そなき

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人生は「運・鈍・根」

2021-09-14 06:58:52 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『頭の回転が速く、どんな仕事もてきぱきと処理していく人を見ると、「あの人に比べて、自分はなんでこんなに鈍いんだろう」と、うらやましくなってしまいます。しかし、才に走りすぎると、つい人を見下したり、先が見えすぎて一つのことに打ち込むことができなくなったりしがちです。

 「人生、成功のコツは、運・鈍・根」といいます。一つのことをねばり強く、うまずたゆまず続ける根気を保つのには、鈍さも大事なのですね。その努力の積み重ねが、運を呼び寄せるのです。

 孔子のもとには大勢のすぐれた門人が集っていましたが、師のあとを継いだのは曽子という人でした。その自分のあとを継いだ弟子の曽子について孔子は、「参や魯なり」と言っています。

参とは曽子のことで、彼の魯鈍なところがいい、それが曽子のすぐれているところだ、というのです。

賢も鈍も、一つの能力なのですね。ないものねだりをするのでなく、自分に与えられた資質をどう生かしていくか、そこが大事だと思うのです。』

         庭野日敬著『開祖随感』より

 

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『おくのほそ道』はスルメの味

2021-09-10 15:59:12 | 生かされて今日

 5ヵ月間2400キロ(日本の南北に相当)、未知の地へのわらじの旅を原稿用紙だと30枚程度に凝縮したこの作品は、叩けば叩くほど、噛めば噛むほど滋味が生まれて驚かされます。

お経と同じで受け手の心境に応じて反響が違うようです。昭和十八年発見された「曽良旅日記」と併読すると、翁のリズム豊かな名文もさることながら、ポエム一巻に仕立てるために書き出しから掉尾まで創作(嘘)をまじえた構成力には感嘆します。

 それを証明出来たのは生真面目な秘書役の河合曽良であり、その旅の実録が見つかった賜物なのです。石川県山中温泉で曽良と別れた為にそこから結びの地大垣まで旅の実録がなく学者に苦労させるのも面白い。

 大輪上智大名誉教授によると『おくのほそ道』に載る翁の50句のうち、旅で作った原句のままは18、旅の後で修正した句は21、旅の後で作った句が11もあるそうで6割以上は実録と異なる脚色の由です。

『おくのほそ道』は記録紀行文でなく創作ポエムなのです。

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