四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

突っかかる人の対応

2019-03-26 05:18:57 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『人間を練るのにいちばんいいのは、自分に反発する人、こっちの言うことを聞かない人にぶつかったときです。そういう人に出会うと、「人というものは一筋縄ではいかないものだ」と思い知らずにいられません。

なんでも「はい」「はい」と言うことを聞いてくれる人と違って、いちいち突っかかってきたり、こっちのアラばかり探しだそうとしているような人に真正面から取り組んで、「なんとかしてこの人に分かってもらいたい」と真剣になると、その突っぱっている態度の裏に隠された、その人の寂しさや弱さが、だんだん見えてくるようになるのです。その相手の心が見えると、もう他人事ではなくなるのですね。

実際に、さまざまな人とぶつかり、取り組んでみて、「なるほど、人の心というものはこういうものだったのだ」とつかめると、腰がすわってきます。どんな人に対しても、たじろぐことがなくなります。それが、懐の深さになるのです。

人間の本当の心の中が分からなくては、本当の思いやりは生まれません。それでは、人がついてきてくれないのです。』

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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感激の力で実行

2019-03-23 07:24:45 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『「法華経の一偈一句でも聞いて一念でも随喜する者は、必ず最高の悟りを得て仏になれることを、私が保証します」と「法師品」で仏さまは約束しておられます。

信仰は不思議なもので、ほんのわずかしか教えを知らなくても、「ありがたい、ありがたい」と言っている人は、次から次へ功徳を頂戴できます。

ところが、あれこれ理屈をこねる人は、隅から隅まで教えを諳(そら)んじているようでも、なかなか功徳がいただけません。どこに原因があるのかというと、理屈だけの人は感激がないのです。それで打ち込み方が違ってくるわけです。

教えの一句でも、感激を持って受け止める人は、その教えを行じることに自分を燃やし尽くします。自分を燃やし尽くせる人は、周囲の人をも燃えさせることができるのです。ですから、まわり中が功徳だらけになってしまって、もう、ありがたくてたまらなくなるのです。

素直な心で一瞬の感激ができるか、いたずらに理屈をこねまわして、行がおるすになってしまうかの違いで雲泥の差がついてしまうわけです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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60点でOKです!

2019-03-20 08:32:59 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『お姑さんにどこからも文句をつけられないようにとがんばりすぎて、ノイローゼになりかけたお嫁さんが、「家事は完全になんかできるものじゃないの。六十点満点でいいんです」と教えてもらって気が楽になり、「なるほど、そうだ」と心を決めてしまったら、お姑さんと気持ちが通い合うようになった、と話してくださる方がおられました。

ボロを出すまいと気張っていたときは、知らず知らずお姑さんに対して身構える姿勢になっていたわけです。それでは努力すればするほど、お姑さんとの間はおかしくなってしまいます。

人の上に立つリーダーの場合も同じなのですね。「下手なことを言って、揚げ足をとられてはならない」と、いつも身構えてばかりいるのでは、部下がついてきてくれません。少しの隙も見せないという人は、冷たそうで、近づきがたい人に見えてしまうのです。

六十点か七十点満点でいいのだ、と腹の中をさらけだせるようにならないと、本当に大勢の人の信頼を集めるリーダーにはなれません。』

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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教養とは

2019-03-16 06:51:40 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『カルチャー教室が大はやりです。カルチャーとは教養や文化のことで、「耕す」という言葉が語源だそうです。心が柔らかく耕されていてこそ教養ある人といえるのではないでしょうか。

よく耕された土は、すべてを受け入れてはぐくみ育てるように、豊富な知識を具えるのは、それによって偏見や固定観念を離れて、ものごとをさまざまな角度から見られるようになるためなのです。ところが、うっかりすると逆に、たくさん詰め込んだ知識をこれみよがしに振りかざして、それで人を見下したり、人の言葉には耳も貸さないという態度をとってしまう人がいるのですね。

『法華経』には「諸の有ゆる功徳を修し柔和質直(にゅうわしちじき)なる者」という言葉があります。本当によく耕された人となるためには、知識を学ぶのと一緒に、人に奉仕する実践が必要です。それが功徳を積むことです。

人の幸せのために働くことなどなにひとつしようとせず、ただ自分を偉く見せるための勉強であっては、心を耕すどころか、博識で武装した独善的な人間になってしまいます。

「学んだことの証は変わることである」という言葉があります。

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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好かれる人になるには

2019-03-13 07:42:56 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『春四月は、新しい出会いが多い時です。とりわけ若い人たちは、職場での新しい上司や同僚との人間関係が心配で、「人に好かれる方法はないものか」と苦心している人もいると思うのですが、いちばん確実な方法は、こっちが相手を本当に好きになってしまうことです。

よく「私はどうして異性にもてないんだろう」と悩んでいる人がいますが、そういう人は、自分のいいところだけを見せようと格好ばかり気にしているのですね。すましこんだり、高尚な話をしたりして、肝心な相手を少しも見ていないのです。それよりも相手を好きになってしまうほうが早道です。人は自分に好意を持ってくれる人を自然に好きになるものなのですから。

法華経には、三十三身を現じてどんな人も救わずにおかない観世音菩薩が登場しますが、その名の「観世音」とは、相手の心、相手の願いを見通すという意味です。

「私は口下手でお上手を言えないから」とあきらめている人がいますが、「愛語」とは、多く話すより聞くことを多くすることといってもいいでしょう。だれの、どんな話にも親身になって耳を傾けられるようになったら、だれからも好かれる人になります。』

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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よき習慣を身につける

2019-03-11 06:49:15 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『たとえば柔道の投げ技にしても、また野球のバッティングやゴルフのスイングにしても、「こうやるんだ」と教わって、すぐ、そのとおりやれるものではありませんね。毎日、繰り返し繰り返し練習して自分の身について初めて、試合でその技が出てきます。

信仰も同じで、理屈は一度聞けば分かりますが、それを本当に自分のものにするには、毎日毎日の行が欠かせません。とかく人は、その気さえあればなんでもできるように錯覚しがちなのですが、習慣の力の大きさを忘れてはならないのです

よい習慣も悪い習慣も、それが身につくと、人の意志も、判断力も、その人の人生までも支配してしまいます。よい習慣が身につくと、ことさら意識して努力しなくても、やすやすと事が成っていきます。逆に、悪い習慣がついてしまうと、自分の意志に反してずるずると引きずられていってしまうのです。

毎日出会う人、出合うことに対する見方、考え方、行動が自然に教えにかなうようになっていく習慣づけがどんなに大切であるかが分かります。習い性にしてしまうその訓練の場がサンガであり、道場なのです。』

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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出来事はすべてプラスと受け止める

2019-03-05 19:20:50 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『何か事が起こると、「さあ大変」と言うのが口癖になっている人がいますが、いつもお話しするように、私は逆に、難問がくると「これは、おもしろくなってきたぞ」と自分に言い聞かせるのです。そこの紙一重の差が大事だと思うのです。

さあ大変と思うと、腰が引けてしまいます。反対に、「ようし」と心を決めると、すぐ行動が起こせるのです。行動を起こせば、必ずどこかに道が開けてきます。それで自信がついてくるわけです。

創立記念日を迎えて心によみがえってくるのは、恩師の新井助信先生に「仏教は苦滅の道」であると学んで、「どんな苦も救うことができる教えを見つけたぞ」と、躍り上がらんばかりだった当時の感動です。

その苦滅の道のかなめは、自分に不利なこと、つまり逆縁をも仏さまのご功徳であり、善縁なのだと受け取れるようになることにあります

その考え方で、私はなにごとにも対してきました。それができなくては、本当の宗教者とはいえないと思うのです。とりわけ幹部のみなさん方に、そこのところを、しっかりと心に刻みつけておいてもらいたいのです。』

庭野日敬著『開祖随感』より

PS 釈尊のお慈悲なのだと肚に決めましょう。ピンチこそ自分の殻を破る好機です。

 

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芭蕉さんのお気に入り女弟子

2019-03-02 14:01:23 | 俳句

  園女(そのめ)を愛でる翁の二句がある。身分制度が頑丈な江戸時代にいかなる女性であったのか関心をそそられる。

暖簾(のうれん)の奥ものゆかし北の梅  芭蕉

    「ものゆかし」は、なんとなく上品なたたずまい。「北」は、北堂で主婦の居間だそうです。園女宅に招かれた際の挨拶句で、弟子の優雅さを梅の花に託してある。園女は伊勢山田の医師の妻で当時二四歳、師の芭蕉は四五歳。本名は斯波(しば)渡会(わたらい)と云い、父は神官、夫は医者。

白菊の目にたてゝ見る塵もなし  芭蕉

    翁逝去の二週間前、大坂北浜の園女亭歌仙の発句である。園女三十歳。伊勢から夫婦して大坂へ転居していた。彼女の人柄を清らかな白菊になぞらえている。女流俳人は、かおるような才女と想像が膨らむ。いかな髪型で、冬の召し物はどうだったのであろうか。

園女五句  おおた子に髪なぶらるゝ暑さ哉

        蝉の羽のかろきうつりや竹のなみ  

        涼しさや額をあてて青畳   

        ふじばかま此の夕ぐれのしめりかな

        行秋や三十日の水に星の照り

 夫と死別し41歳の時に同門の榎本(えのもと)其角(きかく)をたより江戸へ出て、富岡八幡宮の門前にて眼科医を開業している。寡婦の身で新興都市江戸へ乗り出していく力強さ、生活力に敬服します。富岡八幡宮に三十六本の桜木を奉納、園女桜、歌仙桜と呼ばれ、二世園女が建てた石碑がある。享年六三歳、お墓は江東区白河の霊巌寺雄松院にあり、お参りしました。

50年後、与謝蕪村の「俳仙群会図」の十四人の一人として師芭蕉とともに描かれています。

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