四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

芭蕉翁のお墓

2007-05-31 14:03:23 | 生かされて今日
 滋賀県大津市膳所(ぜぜ)に木曽義仲の愛妾・巴御前が庵を結んだのが義仲寺(ぎちゅうじ)。悲劇の武人を慕う翁の遺言から、大坂御堂筋でなくなった遺骸を川舟で運び葬りました。享年51歳。ケータイも電報もない時代なのに門人80人、会葬者300余人が参集したそうです。膳所藩士・曲翠や暮らしの面倒をみた女弟子・智月などは泣いて泣いたそうです。
翁の句碑「行春をあふみの人とおしみける  芭蕉」

 墓の字は元犬山藩士・丈草(♪うずくまる薬の下の寒さかな で「丈草でかした」と死の床の芭蕉にほめられた)の筆。
 持参したお線香を手向けて合掌しました。寺の隅に、幻住庵を提供した曲翠の墓もありました。昔は琵琶湖の岸辺へすぐ近かったそうです。
♪木曽殿と背中合せの寒さかな  又玄
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歴史の跡

2007-05-30 08:01:50 | 生かされて今日
 地下鉄今出川下車、同志社大学には昔薩摩藩邸が在り、西郷や大久保利通が出入りしていました。歩いて妙顕寺へ。都ではじめての日蓮聖人のお寺です。開基、日像(にちぞう)上人はみかどの居る京への伝道を師・日蓮に遺言されました。その時わずかに13歳だったそうです。
25歳で京へ上り、既成教団(延暦寺)の圧迫により追放三度を含む28年間の労苦を撥ねかえして、後醍醐天皇から土地を頂いた寺と言う。以降京都の経済力・芸術文化の中核である町衆に絶大な信仰者を獲得してゆきました。
まさにその歴史の跡に立ちました。
 何ごとも初めて事業を興す方、初代は凡人とは異なる信念と努力の生涯でしょうね。
法華経の力、先人古人のパワーに厚く拝礼いたしました。南無妙法蓮華経
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嵯峨路

2007-05-29 08:00:33 | 生かされて今日
 嵯峨は藤原定家など貴族たちの別荘地帯だった由。芭蕉翁や去来らが歩いた竹の小道です。春しぐれがパラと来る中を脚を引きずり愛宕道を清涼寺へ。大阪城落城の炎に消えた豊臣秀頼の首塚がありました。
この大寺のお目当ては国宝の清涼寺式釈尊像で、五月は開帳の時季。ガイドしている横浜称名寺の釈迦堂のお像はこの流れなのです。薄暗い広い本堂にひとりぬかずくと何故か古里のなつかしきご尊顔です。
 裏の枯山水の庭を畳に眺めて脚を揉んでいると、俄かに春雷と雨が激しくなりました。半時を青時雨の音にひたります。しぐれが大好きな芭蕉翁はよろこんでおられたでしょう。元気快復、今日中に大津の義仲寺の芭蕉翁の墓参りへみ輿を上げます。
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かなしい恋

2007-05-28 06:47:16 | 生かされて今日
 奥嵯峨の祇王寺の隣りは、ここも平家物語にある結ばれない恋をひめた滝口寺(たきぐちでら)です。横笛との恋を身分の違いから武家の父の反対を受け、懊悩して仏門に入った滝口入道が修行していた寺。
この寺を横笛がようやく尋ね当てるのですが、修行中の青年僧はそのような者はいないと追い返したそうです。気弱な私なら迷わず恋の為に仏道を捨てるなぁ。
横笛は絶望して苔むす石段に崩れ伏したことでしょう。
 写真は寺の入口にある鎌倉幕府を倒した新田義貞の首塚で、愛人の勾当内侍(こうとうのないし)がさらし首を盗んで埋葬したという。愛のために命を賭ける美女の物語です。
後醍醐天皇から義貞がプレゼントされたのが勾当内侍です。人権蹂躙だぁ。
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美人あわれ

2007-05-26 07:13:33 | 生かされて今日
 平清盛の愛妾、白拍子の祇王(ぎおう)は新しい愛人の為に追い出され、母親と妹と黒髪を断ち尼さんになって称名一途な生涯を送ったそうです。吉川英冶「新平家物語」によると、清盛の命令で新しい愛人の為に舞を強いられて涙する場面があります。
その庵が山すそにある祇王寺です。新しい愛人も自責の念と無常を悟り黒髪を下ろしてこの庵に一緒に暮したそうです。
苔むす庭が男の慰みもでしかなかった平安時代の女の悲しさが滲んでいました。
左側が祇王達の石塔で小さい方が清盛の五輪塔です。
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嵯峨を行く

2007-05-25 07:26:35 | 俳句
 ♪君が手もまじるなるべし花芒(はなすすき)  向井去来

芭蕉翁の高弟・去来(きょらい)の遺髪塚が、落柿舎の裏にありました。持参した線香を立てて挨拶をいたしました。彼は長崎、私は鹿児島の九州人同士です。
 古典『奥の細道』は芭蕉翁の死後に、去来の手で出版されました。芭蕉さんは自ら出版したのは実質的に無く、売名はしなかったのです。

 ♪凡(およ)そ天下に
         去来程の
           小さき墓に参りけり  高浜虚子
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小倉山(おぐらやま)

2007-05-24 06:13:19 | 生かされて今日
 山陰本線の踏切を越えるとうっそうたる竹林の小道を抜けます。ほとんど人通りはありません。
紅葉の名所で藤原定家の別荘(時雨亭)があった小倉山が望まれます。あんこの小倉餡の生れたところと説明板がありました。
右に詩文の秀才・有智子(うちこ)内親王の塚が見えて、その隣りが落柿舎(らくししゃ)です。長崎出身の向井去来の別荘で、芭蕉翁が滞在して「嵯峨日記」を遺しました。
早朝で門が閉まっていましたが、偶然に管理の方の厚意で案内していただきラッキーでした。柿の花と藁屋根の雫が肩に降ってきました。

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京の旅・嵐山

2007-05-23 06:22:41 | 生かされて今日
 東京京都間を初めて夜行バスを使ってみました。さすがに青年・壮年が中心で、女性客も多いです。マナー良く静かで、朝6時前に京都駅に到着しました。
 山陰本線で嵯峨嵐山駅で下車して、歩いて5分。桂川の音がしてきます。久しぶりの嵐山には薄い雲が昇っています。渡月橋を渡るバスが川もに写っていました。
ベンチでお弁当と缶ビールのぜいたくな朝食となりました。清滝道三条には「酒肆」なんて看板もあり、古都の雰囲気です。
五山第一の天龍寺から、芭蕉翁の落柿舎、高弟向井去来の墓さらに悲しい白拍子の祇王寺の嵯峨路を歩きます。
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京の旅・三十三間堂

2007-05-22 06:47:34 | 生かされて今日
 清盛が寄進した国宝・三十三間堂は、修学旅行や外国人で賑わっていました。平氏にあらずんば人に非ずの並外れた権力財力の凄さに驚きます。800年前の庶民には、極彩色の大伽藍は近づくこともはばかられる威圧感が想像されます。
運慶の長男達の作った仏像も国宝だらけです。観音様は1001体あるそうです。
奥には秀吉が作った屋根の土壁も。
 裏の柱が鉄の板で囲ってあるのは、24時間弓矢を打ち合う武芸競技で傷つけぬよう徳川家光が貼らせたとか。よく遠距離を矢が届くものです。
蜂の巣状に矢じりが食い込む柱が展示されていました。おっかない。やはり京都は千年のみやこで、絢爛精緻でかつ艶である。
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キング・カズ、三浦良知選手

2007-05-18 07:40:28 | 生かされて今日
 40歳の現役サッカー選手の三浦良知(キング・カズ)が、自民党からの立候補要請を蹴っ飛ばしたのは痛快だ。
「私の仕事はサッカーだ」というそのセリフもさすが並みの人間とは思えない。一芸に秀でると天狗になりそうですが、チヤホヤされても乗らない自制心が素晴らしい。
過日、見事なループシュートを決めていましたね。
全国のサッカーフアンを取り込もうとする自民党のセコイ安易な作戦は失敗した模様。
 シュロの花があふれていました。仏さまの光背、後光のようです。
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芍薬におぼれる

2007-05-16 18:46:16 | 生かされて今日
 芭蕉さんが「奥の細道」へ出発された今日は、素晴らしい五月晴れでした。大船植物園で満開の芍薬に半日おぼれてまいりました。170種、2000株は日本一の芍薬園とか。
多くのフアンが詰め掛けて来ます。弁当と缶ビールを持参、薫風のベンチで先ず腹ごしらえ。園内の芝生や木陰ではグル-プがゆるやかな時間を楽しんでいます。
あちらこちらで美しい花に歓声が上がりました。
水爆を何千発作り得ても、スペースシャトルを飛ばしても、自然の創造主には足元にも及ばない感じです。
白頭の夫が妻の写真を撮るのを見ると、「かっての激しい恋」が見えてきてほほえましい。私も思い出します。バーゲンセールの癖でしょうか、「おばさん達花に触らないでよ」。
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地域デビュー歓迎会

2007-05-14 06:13:21 | 生かされて今日
 ボランティアガイドの所属支部に6名の新入会員が増え、歓迎会が開かれました。皆リタイアされた男性ばかりです。横浜金澤ボランティアガイド協会の1年間の研修を乗り切った意欲ある方々で、頼もしい。協会の会員は105名とか。
新人には古希に近い方もおられます。農業研修や森林ガイド、少年野球の審判、介護を抱えている人もいます。
どこの会でも女性が有力なのに経験豊富で好奇心の強い男6人の加入はたいしたものだ。俳句の方、同じマンションの住民もいました。
団塊世代の地域デビューが大いに期待されます。
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ハンミョウ

2007-05-13 07:13:40 | 俳句
 ♪草の戸を立出づるより道をしへ   高野 素十(すじゅう)

ミケランジェロがデザインしたようなあざやかな虫、はんみょう(斑猫)です。
「道おしえ」とも云います。自転車を押して沢を歩いていると、タイヤの前に飛んできました。あわててカメラで追いかけると、興奮してファインダーが息で曇りました。
バチカンの衛兵のまとう服のようです。
この虫の本性はどう猛で、噛み切る顎がたくましい肉食です。

 ♪斑猫の恋見とどけぬ水源地   駿
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あたたかい句会

2007-05-11 10:26:45 | 俳句
 地区センターで月一回、13年も継続している句会があります。「楷(かい)の木俳句の会」と云います。楷(かい)の木は、植物分類学の父・牧野富太郎博士による命名では孔子木(こうしぼく)。儒学に縁のある湯島の聖堂や足利学校などに有り、葉脈の端正な姿から書道の楷書のもとになった由。
 さて、今月の句会で心温まる出来事がありました。ある女性が、奥様を亡くされた句会仲間がスーパーで「カートいっぱいに」花を買っていたのを見たと云って下記の一句を披露されました。 ♪なき妻へカートいっぱいの夏の花  
思わざる句のプレゼントに白頭の句友は目頭を拭いておられました。「しばらく墓参りをしなかったので」と。
 亡き妻への愛情の大きさと、その景を十七文字の詩にする心とが融合してあたたかい句会となりました。ふたりとも有難う。
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ヨットハーバー

2007-05-10 08:15:40 | 生かされて今日
 わが町にヨットハーバーがあります。薫風にさそわれてサイクリングのついでに尋ねてみました。数え切れないマストが整列、折々きしむ音にも「夏来る」の感です。小さな鯉幟をなびかせている艇も。連休にはほとんど出港していたのでしょう。
 10艇ほどが展示されているヤマハ店の販売価格に驚きました。
クルーザーの最高価格は7600万円。並でほぼ700万から1千万円です。わが国の富裕層のレベルを再認識しました。口惜しいですが、私は芭蕉翁の簡素で行きます。
 ♪先ずたのむ椎(しい)の木も有夏木立  芭蕉
       (ドングリさえあれば飢え死にすることはないや)
膨大な借金を抱える国と富裕層の対比が面白いが、消費税の引き上げは所得層別にしたいものです。
 
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