昼前より南からの強風が吹きつけて、東京圏は妙な暖かさに見舞はれる。空の色は鈍く、向こふの町並は霞んで映り、やや蒸した空氣のため春を先取りした氣分にはなり難し。この南からの強風が春一番となる可能性もあったやうだが、昼過ぎには落ち着いて、鈍色の隙間から時折のぞく青空が置き土産となる。そして何気なく部屋の卓子を触って指先がザラリとして、隙間程度でも窓を開けてゐたことを後悔する。私にはお土産の気遣ひなど、 . . . 本文を読む
ラジオ放送で、觀世流の「忠度」を聴く。一門ともどもいよいよ都落ちと極まった平忠度は、和歌の師匠である藤原俊成を訪ねて今度の勅撰和歌集に自分の一首を加えてほしいと託したのち一ノ谷の合戰で討死するが、その後完成した「千載和歌集」に一首は撰されたものの時世を憚った藤原俊成の判斷で“詠み人知らず”とされた無念さに、靈魂は今なほ現世を彷徨ふ──和歌の雅味と合戰の酷味を、剛柔を鮮やかに使ひ分けて織り込んだ修羅 . . . 本文を読む