今日は亡き師匠の誕生日にあたる。
舞台公演の初日に体調不良となり、本人は不本意であったが二日目から休演し、そのまま闘病生活に入った。
それから九ヶ月後の誕生月、二十一世紀を目前にして師匠は急逝した。
師匠の場合と似た病ひに侵されつつも、本人の不屈の精神力と、なによりも抜群の醫療体制が全面的に後押ししたおかげで現場復帰を果たした役者のドキュメンタリーを、投稿動画でチラリと見る。
師匠には、この“抜群な醫療体制の後押し”と云ふものがなかったのだと、今さらながら気が付く。
師匠の不屈の精神力は折り紙つきだが、それだけでは克服出来ないのが大病と云ふもの。
弟子は私を含めて三人ゐたが、そろって役立たずだった。
師匠を昔から贔屓にしてゐた人たちが、時おり訪ねては世話をしてゐたやうだが、師匠の心からの訴へにはちゃんと耳を傾けてゐないやうだった。
師匠はまわりに本當の意味での理解者を得られないまま、たった独りで闘病しなければならなかったのだ。
──しかしそれも、今や二昔前の話しになってしまった。
誕生日には相應しくない話しだ。
しかし、命日と誕生日が同じ月である以上、私はこれからもずっとこの皮肉に向き合っていく。
役立たずなお弟子だったのだ。
これくらゐの責めは、
あって然るべし。