「ところで、かつて子役だっと云うそのお知り合いの方は、今は何をなさっているんですか?」
それだけはちょっと気になったので、訊いてみた。
「そいつさ、高校に入ってからミュージシャンに憧れて、仲間とバンド組んで活動を始めたんだ」
「ミュージシャン」
「そいつはヴォーカルでね。自分達でCD出したり、PV撮ったり、そこそこファンも付いたりして、けっこう順調にやってたらしいけど、結局最後は仲間割れして、終了」
「それから…」
「失踪中」
「わからないんですね」
山内晴哉は乾いた笑い声を上げた。
「運に恵まれないって言うか、徹底的に縁がないんだな。アーティストの世界と」
僕もアーティストの端くれを自認しているだけに、その単語には敏感に反応して、ドキッとなった。
「当然、そういうヤツらの方が圧倒的大多数なんだけど。神が微笑んでくれるのは、ほんの一握り、マジで。それだって、いつまでも微笑んでいてくれるわけじゃない…」
山内晴哉は、僕が横顔をじっと見詰めていることに気が付いて、「…と、消えたそいつを見ていて、感じたワケさ」
僕の目を見返すその瞳(め)に浮かぶ、やるせない色は、なに?
暴風雨は、まだ治まりそうにない。
駅構内には、電車の運転再開はまだ未定であることを告げるアナウンスが、コンスタントに流れている。
同じことを繰り返し聞かされていると、しまいにはイラッときたりする。
情報が流れないと怒り出す人もいるからそうしているのに、自分勝手な事を考えてるよなぁ…、と内心で苦笑。
まわりを見ると、床に座っている人々のなかには、居眠りを始めた人も。
この荒天候が僕にもたらしたのは、いま僕の隣りで壁に寄り掛かり、あぐらをかいて座っている山内晴哉と云う人物が、だんだんと立体的に見えてきたと、云うこと。
バイト先で仕事内容を教えてくれた同い年の“先輩”から、一人のナマの人間への、見方の変化。
「この駅の広場で、よくストリートライヴとかやっているじゃないですか」
昨夜、山内晴哉がここでやっていたバンドの演奏から、明らかに逃げるように立ち去った情景を思い出しながら、話し掛けた。
「あのなかから、もしかしたら将来、チャンスを掴む人が出てくるかもしれませんね」
「確率は限りなく低いけどな」
やっぱりそう言うよね…。
「近江さんが将来なにを目指しているのかは知らないけど、“夢”はあくまでも夢って、割り切って考えた方がいいよ」
「?」
「夢は“見る”から、夢であってさ。形にするとか、そいうもんじゃないんだよ」
山内晴哉は、宮嶋翔と顔の雰囲気が何となく似たイケメンであることは、これまで何度か話してきた。
でも何かが違う、と云うことも。
その違いが、ようやく見えてきたような気がしたのが、この時だった。
“ゆめ”
宮嶋翔は、自分の仕事に“ゆめ”を抱いて、それを形に表そうとずっと頑張っている。
そして東北で出逢った、彼と同じ名を持つ“はるや”さんも、“ゆめ”に前向きな眼差しだった。
僕だって、先祖の「遺産」を現代に生きる形で受け継いでいくことが、“ゆめ”だ。
山内晴哉からは、そんな“ゆめ”へのオーラといったものが、全く感じられなかった。
彼の瞳(め)がいつもかったるそうなのは、そのためなのかもしれない。
彼は何を目指して生きているのだ?
そう思うと、僕はこの同い年の男のコが、とても哀れな存在に思えてきた。
考え方が、あまりにも醒めている。
過去に何か、ヒドイ目にでも遭ったのだろうか。
見た感じ、全くのフリーター君、と云う雰囲気ではない。
それこそ、いま彼が散々にこき下ろしたゲーノーカイに、片足でも突っ込んでいたか。
ルックスだけで云えば、それも有り得そうな。
彼が何者であれ、どうやら“神に微笑まれている”ヒトでは、ないらしい。
世の中の、裏も表も全てを見尽くして、悟りきったような。
まだ若いのに。
歩もうとしている方向性が、どうやら僕とは違うみたいだ。
彼とのこれ以上の会話は、意味が無いかも…。
僕がもう一度山内晴哉の横顔を見ると、彼はじっと目をつぶっていて、いま何を思っているのか、読み取ることは出来なかった。
そのうち彼は、パッと目を開けて立ち上がった。
「なんか寒くなってきた…。どっかその辺で店見つけて、入らない?」
「ありがとうございます。でもあの風では危険な気がしますから、僕はもう暫くここで頑張ります」
「そっか。気をつけてな。じゃ」
「お疲れ様です。また明日」
「会えたらな」
山内晴哉は向こうを向いたまま片手を上げると、改札口の外へ、消えて行った。
姿が見えなくなると、僕は思わず、ふーっと大きく息を吐いた。
そして、体が重くなったような気がした。
疲れた、と思った。
そして、眠気が襲ってきた。
いま、こんな場所で…?
と、戸惑う間もなく、僕の意識は忽ち遠退いて行った…。
〈続〉
それだけはちょっと気になったので、訊いてみた。
「そいつさ、高校に入ってからミュージシャンに憧れて、仲間とバンド組んで活動を始めたんだ」
「ミュージシャン」
「そいつはヴォーカルでね。自分達でCD出したり、PV撮ったり、そこそこファンも付いたりして、けっこう順調にやってたらしいけど、結局最後は仲間割れして、終了」
「それから…」
「失踪中」
「わからないんですね」
山内晴哉は乾いた笑い声を上げた。
「運に恵まれないって言うか、徹底的に縁がないんだな。アーティストの世界と」
僕もアーティストの端くれを自認しているだけに、その単語には敏感に反応して、ドキッとなった。
「当然、そういうヤツらの方が圧倒的大多数なんだけど。神が微笑んでくれるのは、ほんの一握り、マジで。それだって、いつまでも微笑んでいてくれるわけじゃない…」
山内晴哉は、僕が横顔をじっと見詰めていることに気が付いて、「…と、消えたそいつを見ていて、感じたワケさ」
僕の目を見返すその瞳(め)に浮かぶ、やるせない色は、なに?
暴風雨は、まだ治まりそうにない。
駅構内には、電車の運転再開はまだ未定であることを告げるアナウンスが、コンスタントに流れている。
同じことを繰り返し聞かされていると、しまいにはイラッときたりする。
情報が流れないと怒り出す人もいるからそうしているのに、自分勝手な事を考えてるよなぁ…、と内心で苦笑。
まわりを見ると、床に座っている人々のなかには、居眠りを始めた人も。
この荒天候が僕にもたらしたのは、いま僕の隣りで壁に寄り掛かり、あぐらをかいて座っている山内晴哉と云う人物が、だんだんと立体的に見えてきたと、云うこと。
バイト先で仕事内容を教えてくれた同い年の“先輩”から、一人のナマの人間への、見方の変化。
「この駅の広場で、よくストリートライヴとかやっているじゃないですか」
昨夜、山内晴哉がここでやっていたバンドの演奏から、明らかに逃げるように立ち去った情景を思い出しながら、話し掛けた。
「あのなかから、もしかしたら将来、チャンスを掴む人が出てくるかもしれませんね」
「確率は限りなく低いけどな」
やっぱりそう言うよね…。
「近江さんが将来なにを目指しているのかは知らないけど、“夢”はあくまでも夢って、割り切って考えた方がいいよ」
「?」
「夢は“見る”から、夢であってさ。形にするとか、そいうもんじゃないんだよ」
山内晴哉は、宮嶋翔と顔の雰囲気が何となく似たイケメンであることは、これまで何度か話してきた。
でも何かが違う、と云うことも。
その違いが、ようやく見えてきたような気がしたのが、この時だった。
“ゆめ”
宮嶋翔は、自分の仕事に“ゆめ”を抱いて、それを形に表そうとずっと頑張っている。
そして東北で出逢った、彼と同じ名を持つ“はるや”さんも、“ゆめ”に前向きな眼差しだった。
僕だって、先祖の「遺産」を現代に生きる形で受け継いでいくことが、“ゆめ”だ。
山内晴哉からは、そんな“ゆめ”へのオーラといったものが、全く感じられなかった。
彼の瞳(め)がいつもかったるそうなのは、そのためなのかもしれない。
彼は何を目指して生きているのだ?
そう思うと、僕はこの同い年の男のコが、とても哀れな存在に思えてきた。
考え方が、あまりにも醒めている。
過去に何か、ヒドイ目にでも遭ったのだろうか。
見た感じ、全くのフリーター君、と云う雰囲気ではない。
それこそ、いま彼が散々にこき下ろしたゲーノーカイに、片足でも突っ込んでいたか。
ルックスだけで云えば、それも有り得そうな。
彼が何者であれ、どうやら“神に微笑まれている”ヒトでは、ないらしい。
世の中の、裏も表も全てを見尽くして、悟りきったような。
まだ若いのに。
歩もうとしている方向性が、どうやら僕とは違うみたいだ。
彼とのこれ以上の会話は、意味が無いかも…。
僕がもう一度山内晴哉の横顔を見ると、彼はじっと目をつぶっていて、いま何を思っているのか、読み取ることは出来なかった。
そのうち彼は、パッと目を開けて立ち上がった。
「なんか寒くなってきた…。どっかその辺で店見つけて、入らない?」
「ありがとうございます。でもあの風では危険な気がしますから、僕はもう暫くここで頑張ります」
「そっか。気をつけてな。じゃ」
「お疲れ様です。また明日」
「会えたらな」
山内晴哉は向こうを向いたまま片手を上げると、改札口の外へ、消えて行った。
姿が見えなくなると、僕は思わず、ふーっと大きく息を吐いた。
そして、体が重くなったような気がした。
疲れた、と思った。
そして、眠気が襲ってきた。
いま、こんな場所で…?
と、戸惑う間もなく、僕の意識は忽ち遠退いて行った…。
〈続〉