茨城縣日立市の日立シビックセンターで、喜多流による演能會「第二十四回 初秋ひたち 能と狂言」を觀る。
そのためだけに何もわざわざ常州まで……、と思はなくもないが、私には魅力的な番組であり、また常磐線に乗って鐵道旅行もいいなァと思ったら、その自分の氣持ちを正直に實行するのが、嵐悳江(わたし)である。
「弱法師」は“舞入”と云ふ小書(特殊演出)が付いて中之舞が挿入され、話しの舞薹である四天王寺の謂れ因縁云々の件りが省略されたぶん、囃子と謠の華やかさが前面に出て、心で世界を映し見る盲目少年の清眼ぶりを際立たせる。
狂言は和泉流野村萬藏家の「萩大名」、相變わらず演技はつまらないが、東京狂言としての品格がそれを補ふ。
喜多流宗家預かりの友枝昭世師が「實盛」の仕舞をつとめ、これぞ人間國寶の藝たる枯練な味はひ、キリだけで曲全體の世界を魅せる。
もう一番の能は「黑塚」、竹を割ったやうな藝風の喜多流らしい、さっぱりしたなかにも重厚感溢れる好舞薹、これでこそはるばる常州まで旅行したかいがあると云ふもの。
見物席には東南亞細亞人の團体がゐて、ニッポン人の一部と同じく演能中でも黙って座ってゐられないやうなのはゐたが、面々も今日はニッポンの最高の傳統藝を目に出来たわけで、これはニッポン滞在中の思ひ出として、大いに誇ってよい。
日立驛東側の高薹より、太平洋を望む。
そして東北方面を向いて、いつかまたあの先まで旅をしたい、と願ふ。